あずまきよひこ

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あずまきよひこは、兵庫県高砂市出身の漫画家男性であり漢字では東清彦と書く。今日の漫画およびアニメ界に、様々な意味で影響を与えた人物として知られている。

人物概要[編集]

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彼は幼少期からこの世界を志していたのではなく、元は普通にスポーツ等をしていた一少年であった。中学生のこと、オタク系の友人の影響を受けて中二病となってしまい、遂に漫画アニメの世界へ入っていくことになってしまったのである。

そして高校生で同人サークルへ入り、彼は同人誌の世界に完全に染まっていく。卒業後は大阪芸術大学に入るものの、すぐ熱が冷めて中退、専門学校を経て神戸芸術工科大学に再び入るも講義には熱心になれず遊んでばかり・・・と、卒業するまで紆余曲折あったものの、絵好きと熱しやすく冷めやすい彼の性格は変わることはなかった。

卒業後に遂に漫画家を目指すことになるものの、大成はなかなか出来ずにゲームの原画書きや、アンソロジー漫画、挙句はエロ漫画を書いたりして、小金を稼ぐ日々を送った。

そんな彼に、すばらしい立身出世をもたらす出来事が1999年に起こった。この年、メディアワークスが刊行する『月刊コミック電撃大王』に掲載された彼の4コマ漫画作品、『あずまんが大王』が脅威的なヒットを計上したのである。この作品は後、萌えの概念を4コマ漫画界に広めた一役者であると世間からは看做されるようになり、ゲーム化やアニメ化といったメディアミックスも実施されるなど、漫画界の伝説に残されることとなった。この作品の影響を受けて、漫画家を志す人々も出たほどである。2006年には日本のメディア芸術100選にまで選定された。

しかし彼は、この出世作に支えられた面がありながら4コマを余り気に入っておらず、やはりストーリー漫画を書きたいと思っていたようである。そのためこの『あずまんが大王』が発表される前年、ひっそりネット上で『Try! Try! Try!』の名で公開していた作品を焼き直すことにし、それを『よつばと!』として2003年に発表した。現在ではこの道が気に入った模様で、以後今日に至るまで同作品の掲載を継続している。

一貫して、登場人物や舞台に関する設定を細かく定めない主義であるため、『あずまんが大王』『よつばと!』共に登場人物や作品舞台のバックグラウンドをめぐってファンの間で論争が頻繁に勃発する。おかげで2ちゃんねるの作品関連スレッドは、常にどれかが荒れている。

彼の人生を模倣した人物[編集]

上記したように、1999年に掲載開始された『あずまんが大王』は漫画・アニメ界に甚大な影響を与えたが、このような「萌え4コマ」を書ければ同じように出世できるのではないか……と、全国にいる漫画家に変な希望も与えてしまったといわれている。

そのためこの後、同作品を模倣したような作品が世にあふれかえるようになった。しかし「柳の下の鰌」はそういるものではなく、その作品の多くは作家もろとも短期間で消え去っていった。

だが、稀有であるがその鰌をうまく捕えてしまった人もいた。代表的なのは2003年から『らき☆すた』を連載している美水かがみ2002年から『スケッチブック』を連載している小箱とたんなどである。この両氏の作品は今日まで連載が続いており、『あずまんが大王』と同様にメディアミックスも果たしている。

彼の黒歴史[編集]

前述したように、彼は漫画家を志したときはヒット作に恵まれず、アンソロジーエロの作家として小金を稼ぐ日々を送っていた。しかし、『電撃大王』では珍しく子供も読む作品としても知られている『よつばと!』を描いている今日では、この時代の作品は彼にとっては黒歴史となっている面がある。

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