お花畑

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お花畑(おはなばたけ、alpine meadow)は、中世ヨーロッパ発祥の故事成語の1つ。現在の日本で最も盛んに用いられる。 尚、秩父鉄道の御花畑駅とは関係がない。

故事[編集]

元は、神聖ローマ帝国からの独立運動が盛んに行われていた中世スイスでの出来事から来ている。1648年、既に独立は事実上のものになっていたのにもかかわらず、ローザンヌ近郊の魔女であったフロレンスは皇帝と霊的な交信を図ることでスイスの再併合を画策。高山植物カルドゥースで作った大冠を頭の上にのせ、エーデルワイスのお花畑の上で体育座りをし、「皇帝陛下万歳!」と三日三晩唱え続けた。すると三日後、スイスの独立が承認されたヴェストファーレン条約のお触れを持った官吏が現れ、彼女の目論みは見事に外れた。しかしそれでもフロレンスは諦めずに、今度は頭の上のカルドゥースを一本ずつ生食しながら、またしても「皇帝陛下万歳!」と叫び続けた。当時、魔女狩りが盛んに行われていたのにも関わらず、あまりの時代錯誤ぶりに住民は呆れ果て、誰も相手をする者がおらず、ついにフロレンスは餓死した。遺体は葬られることすらなくそのまま放置され、朽ち果てていった。

初期の用例[編集]

以上の故事は、まず君主に忠誠を誓う美談としてヨーロッパ中に広まった。絶対王政期には王権神授説と並ぶ君主の権勢の拠り所となった。また、この時期に初めて人のことをお花畑と呼ぶ風潮が生まれていった。当時の意味は、従順でロマンチストであることを示す、女性にとって最高のほめ言葉であった。「君はお花畑だね。」という一言はルイ15世ポンパドゥール夫人を我が物とした口説き文句であった。

否定的な用例の盛衰[編集]

しかし、革命が相次ぐご時世になるとお花畑という言葉は徐々に怠惰で退廃的な貴族女性の象徴として扱われるようになった。これが決定的になったのがリアリズムの台頭で、お花畑はヨーロッパ中で気違い妄想癖のあること、そして時代錯誤の象徴となった。しかしそれも長くは続かなかった。国民主義の気運が高まると、上述する故事と同時に、ばら戦争による国内分裂を想起させるこのお花畑の用法は、一部のアナーキストニヒリストを除いて忌避されることとなった。かくしてこの否定的な語法はヨーロッパでは近代初期から帝国主義の到来直前にかけての一時にしか使われない語法となった。

日本での利用[編集]

日本において最初にこの言葉を訳したのが夏目漱石である。当時上述した用例が全く使われなくなっていた時代にも関わらず、夏目は自身の臨死体験からこの用例に親近感を覚えた。そしてこの語は夏目の手で「お花畑」と訳され、広く人々の耳に入る語となった。第二次世界大戦後は一旦忘れ去られたが、1980年代頃からサブカルチャーの普及とともに再び広がり、公の単語としての地位を復活しつつある。

注意事項[編集]

一方でエーデルワイスは、皇帝に心酔する者、ひいてはオーストリアの象徴となった。よってオーストリアではこの「お花畑」を上述のような意味合いで使用することは、一般的に使用されていた時期であっても禁則事項とされ、利用した者は禁錮3ヶ月の刑とされた。現在でもお花畑という語を否定的な意味で用いると軽度の国家反逆罪が適用されるが、罰則はない。

関連項目[編集]