さかなクン
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
さかなクン(1975年8月6日-)とは、日本語を理解するものとしては最も魚のことを知っている生物。人間ではない。
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[編集] 上陸まで
さかなクンはハコフグであり、長く海中で暮らしてきた。もともとは珊瑚礁に棲んでいたが、旺盛な知識欲から回遊魚になることを決心し、以後日本近海を中心に世界中の海を泳ぎまわる。ハコフグは越冬することが難しく成魚になることが稀であるが、さかなクンは日本で冬が来る前に赤道近辺やオーストラリアまで泳いで行くなどして越冬を重ねて生き延びた。2008年2月、ハコフグとしては驚異的とも言える33回目の越冬を経た。
大航海時代のオウムと同じように、世界の海を巡ったさかなクンはいつしか人語を理解するようになった。とりわけ日本近海にいることが多かったため、専ら日本語を話す。またルドルフとイッパイアッテナのように絵や文字を書くことを覚えた。12回目の越冬を迎えたころには魚類界ではかなりの高齢であり、その人生経験ならぬ魚生経験を生かして、気難しいカブトガニの育ての親にもなった。
また見識の高いさかなクンは人間との交渉が出来る数少ない魚類であることから、在陸特命全権大使として日本の千葉県に上陸した。もともと魚類であるため肺呼吸はできなかったが、全長1hyde強の生命維持装置の上に乗ることで陸上生活が可能となった。
[編集] 魚知識
特命全権大使としてさかなクンが先ず取った行動は、知名度を上げることであった。1993年にはTVチャンピオンの「全国魚通選手権」に出場する。水産庁や全国の水産試験場の研究員、水産大学の教員、水族館の学芸員など全国屈指の魚通が行く手を阻むが、長く回遊魚として四六時中魚を見てきたさかなクンに勝てるわけがない。かくして同選手権5連覇を達成する。唯一苦手としたのが魚の調理法であったが、これも猛勉強して数々の魚を食した結果その旨さにはまってしまい、現在ではハコフグを共食いするまでになっている。
圧倒的な魚の知識を買われて水産庁水産政策審議会特別委員を務める。TVチャンピオンで完敗した彼らはその借りを返そうと、審議会では様々な無理難題を突きつけるが、魚の知識で彼らがさかなクンに敵う訳がない。小泉純一郎首相(当時)も臨席した特別会合で首相は「へ~え、すごいね。もしかして前世は魚だったんじゃないの?」とコメントしたが、前世ではなく今現在が魚であったというエピソードが知られている。
さらに東京海洋大学客員准教授も務める。本来客員ならば教授でいいはずだが、同大学の規定には「(前略)本学学生の教育にとって有意義と認められた場合、その人を客員教授に任命することが出来る」と書かれている。魚であるさかなクンはこの規定に引っかかってしまったため、大学ではもともと規定がなかった客員准教授という肩書きを新たに作って任命した。
[編集] 行動
さかなクンの行動はオーバーアクションで知られる。奇声を発し床を転げまわることは日常茶飯事であるが、海の中では3次元的に動いていたことを考えるとおとなしくなったほうだと言うことができる。
絶叫ともとれる甲高い奇声は最大の特徴である。もともと海にいたころは超音波で仲間との連絡や敵の探知を行っていたため、現在はかなり努力して周波数を下げて人間の可聴音域にしているらしい。我々から見るとまだまだおかしな声だが、さかなクンなりに頑張っているのだから大目に見てあげなくてはならない。
また、さかなクンは高地が苦手であり高尾山(標高:599m)に登山をした際、呼吸器官を損壊。それ以降は高地に上ることは無くなった。普通の道の上り坂ですら「この勾配は平気か…」と考えながら歩いているという。
[編集] 偽さかなクン
横浜市長の中田宏がさかなクンと同一人物であるといわれているが、よしもと水族館オープンの折に、二人で顔をあわせ別人である事が判明している。ところが、中田市長はたまたま見たIWC総会での反捕鯨団体の変態行為に激怒して、以来非常に感情的に捕鯨再開を訴えているが、これは「自然の事だから…」と鯨を間引くのに慎重な姿勢を示している、さかなクンと対極の姿勢である。つまり二人は闇と光の対極の関係にある。これは中田宏市長の正体はさかなクンの生命維持装置の失敗作で、放置されていたところをテラーマクロに回収されて、知事になった事実が推測され、今後さかなクンと成り代わる可能性も秘めている。

