たけし城

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「こんな げーむに まじに なっちゃって どうするの」
たけし城 について、ビートたけし
「やっちゃおうか?」
たけし城を侵略しようとする兵士 について、ビートたけし
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たけし城( - じょう)とは、戦国大名・北野武の命により、武蔵国緑山に築城された。近世大名・志村康徳の作り上げたバカ殿城と並ぶ、難攻不落の名城の一つとして取り上げられる事が多い。本城は近世城郭としては異例なほど防御施設に凝っている事で有名であり、楠木正成の千早城・赤坂城に匹敵、あるいは凌駕するとも言われた。

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主要防御施設[編集]

  • 城壁
    • かなり強固に設計されており、尋常の破城鎚での破壊は困難である。しかしながら実際には、普請奉行が手抜き工事をした箇所がいくつかあり、そこを狙えば突破可能であり、後述する通り何度も落城する原因のひとつとなっている。
    • 門をくぐると迷路状態になっており、六角形の狭い部屋まで誘導される。そこに特に選抜された精鋭の守備兵が待ち受けており、来襲する者を阻んでいる。
    • 景観用ではなく、防御施設の一環として設計されており、敵が攻めてくることを想定に深く掘りぬいてある。無数の小さな石が置いてあるが、これの一部は実は池の中に浮いており、攻めてきた敵がうっかり踏んでしまうと、池の底へ沈んでしまうようになっている。
    • 渡ると自動的に大砲が撃ち出される、からくりが仕掛けられており、渡ってくる者を粉砕する。
  • 二の丸
    • 五つの落とし穴が掘られている。実はそのうちの三つが本丸に通じる抜け穴になっているが、探し出すのは容易ではない。
  • 本丸
    • これだけの防御施設に囲まれた城でありながら、本丸自体は極めて簡素なつくりとなっている。本丸まで敵に攻め込まれる状態になったら落城は決定との覚悟を城主に強いる、つまり背水の陣的な効果を狙ったものと思われる。しかし本丸まで攻め込まれた例は多く、攻城側と、北野武とその精鋭な部下からなる少人数で形成された親衛隊との、壮絶な決戦が展開された。

第二たけし城[編集]

本城があまりに優れている事から、これを模した、いわば「第二たけし城」が作られたとの伝承がある。しかし記録は曖昧であり、現代においてはどこに築城されたのか不明になっている。某ゴルフ場建設の際に遺構が発券されたものの、文化財として保護された場合に建設中止に追い込まれる事を危惧したゴルフ場運営会社が、これを隠蔽したとのまことしやかな噂がある。

沿革[編集]

  • 1986年4月
    • 4月。北野武の命令により、谷隼人が普請奉行として築城。だがその谷隼人が北野の命に背いて、自ら城主として居座ってしまう。北野武は多大なる犠牲をもって、何とか攻略して取り戻す。
    • 5月。谷隼人が城を再奪還しようとし、全国から有数の兵士たちを集い、攻略をはじめる。
    • 6月。谷隼人が負傷のため戦線離脱。代わって円谷国の英雄・卯留虎萬が攻城の指揮を執る。
    • 8月。谷隼人と卯留虎萬が幼い少年、さらには南蛮人まで動員し、なりふり構わない攻城戦を展開する。
    • 10月。最初の落城。しかし北野武は忠誠心に満ちた家老や兵士たちと共に奮闘し、再び城を取り戻す。
    • 12月。北野武と多数の守備兵が撮叡山の金曜寺に対し一揆を起こし、閉門蟄居を命ぜられる。
  • 1987年
    • 1月。城主不在の穴を埋めるべく影武者を仕立てる。以降細川城主・細川たかしを初め、他国の城の主や姫君、南蛮の王等と交流を行う。しかし度重なる攻略によりたけし城の兵は疲弊し、2度目の落城。しかし城主の影武者は100万両の賄賂を使って谷隼人配下の兵士を籠絡し、再びたけし城を奪還する。
    • 4月。歌謡武将・舟木一夫親子の奮戦。
    • 7月。疲弊した攻城側・守城側が、停戦協定を結ぶ。双方が一緒になって盆踊りをし、束の間の休息を楽しんだ。
    • 8月。蟄居していた北野武が城主復帰。
    • 10月。3度目の落城。しかし北野武は特殊武装を施した忠臣たちと、清国・南蛮・円谷国等から招集した無数の妖怪、怪獣等による軍勢を率いて再度城を奪還する。
    • 11月。度重なる失敗の責任を取り、萬画武将・水島新司が剃髪し、仏門に入る。
  • 1988年
    • 2月。4度目の落城。しかし北野武は2度目と同じく、100万両の賄賂を使った籠絡により、城を奪還。
    • 4月。5度目の落城。しかし(以下略)
    • 7月。6度目の落城。しかし(以下略)
    • 8月。攻城側・守城側による2度目の停戦協定を結ぶ。
    • 10月。谷隼人。中国人、南蛮人、紅毛人の傭兵を集めて、攻城戦を展開。
    • 12月。7度目の落城。しかし(以下略)
  • 1989年
    • 1月。8度目の落城。しかし(以下略)
    • 2月。9度目の落城。しかし(以下略)
    • 3月。谷隼人の撃った火縄銃が、北野武の乗馬を狙撃成功。10度目の落城。しかし(以下略)
    • 4月。原因不明の落雷により城炎上。
    • 10月。城復興。
Nemurineko.jpg この節を書こうとした人は途中で寝てしまいました。
後は適当に頑張って下さい。(Portal:スタブ)

こうして俯瞰すると、名城との評判とは裏腹に、頻繁に落城しているのがわかる。むしろ落城してもなお速やかに奪還する、北野武の調略の手腕が光っている。

Chn13051007310002-p1.jpg この項目「たけし城」は、姉歯さんがビックリしちゃうほど欠陥だらけです!警察沙汰にならない内に、震度7の地震もへっちゃらである位の耐震工事をして、「大改造!!劇的ビフォーアフター」の匠達をも魅了するように仕上げて下さい!! (Portal:スタブ)