はるひ野駅

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はるひ野駅(はるひのえき)は、横浜県川崎市麻生区黒川にある、小田急多摩線である。

この駅に停車する列車は、朝7時台と夕方18時台の各1往復の、計2往復(上下合わせて4本)のみであり、それ以外の全ての列車は通過となる(2019年11月現在)。また、駅舎の周辺は金網などで封鎖され、警備員が24時間体制で常駐しており、所定の許可証(後述)を所持している利用客と関係者以外は、駅舎やホームなどに近づくことは一切できない。

概況と利用方法[編集]

はるひ野駅(2019年8月撮影)。金網で囲まれており、駅舎にこれ以上近づくことはできない。乗降用の階段の位置も傍目にはわからないようになっている。[1]

はるひ野駅での乗降を希望する場合は、事前に小田急電鉄に申請し、所定の「はるひ野駅利用許可証」を入手しておく必要がある。申請は新百合ヶ丘駅のみで受け付けており、本人であることが確認できる顔写真付きの書類と、「はるひ野駅周辺に居住していること」もしくは「はるひ野駅周辺に通学先や勤務先があること」のいずれかを証明できる書類が必要である。

許可証の発行そのものは無料であるが、有効期間は3ヶ月間のみであり、更新の都度同じ書類を新百合ヶ丘駅に提出しなければならない。また、発行にあたっての審査も大変厳しく、営業キロで僅か0.8キロしか離れていない隣駅の黒川駅や、至近にある京王相模原線若葉台駅、あるいは小田急バスの「駅入口」停留所などが利用可能であると判断された場合は「不許可」となり、許可証は発行されない(なお、係員が申請者を不審であると判断した場合には、踏み絵が行われる場合もある)。

このように利用のための事前の手続きが余りにも面倒であり、更に停車本数も少ないためか、近隣の住民は殆ど、徒歩10分ほどの距離にある若葉台駅を利用している(若葉台駅までの道は平坦だが、黒川駅への徒歩は20分ほど掛かる上に長い坂道を登らねばならないため、後者は余り利用されていない)。小田急電鉄の職員は当然ながら職務上必要があれば乗降可能なため、現在この許可証を所持しているのは、駅に常駐している警備会社の警備員だけではないかと言われている。

現在、はるひ野駅周辺では宅地開発が行われているが、不動産会社の分譲広告にも「若葉台駅から徒歩○分」などと掲載されており、はるひ野駅の存在には全く触れられていない。

駅構造[編集]

相対式ホーム2面2線の地上駅である。改札口は元々北口と南口の2か所が設けられていたが、現在は両方とも封鎖されており利用できない。その代わりにホームの最後端(下りホームは新百合ヶ丘側、上りホームは唐木田側)に新しく階段が設けられており、乗降の際はここからホームに出入りすることになる(当然ながらここにも警備員がおり、許可証を所持していないと階段から中に入ることはできない)。

ホームは10両分程度の長さがあるものの、現在は扉1枚分のみのスペースが鉄柵で区切られており、それよりも奥に入ることは一切できないようになっている。また、停車した列車の扉も一切開けられず、乗降客がいる時のみ、最後部車両の後端の扉1ヶ所を、車掌が非常コックを用いて開閉している(かつての風祭駅と同様の扱いである)。

警備員が常駐しているものの駅員は原則として不在であり、また警備員は出札や運賃精算などの業務は行っていない。乗車する場合は、乗車後に車掌から必要な切符を購入することになる(車掌が簡易端末を所持しているので、PASMOの利用も可能である)。このため、鉄道教においては当駅は「無人駅」に分類されている。

降車時には、車掌が許可証を確認し、切符を回収する。当然ながら、許可証を所持していない者は降車することができない。

駅舎の屋根には太陽光発電パネルと風力発電機が設けられており、これにより当駅で使用される電力の全てと、黒川駅で使用される電力の一部を賄っている。また、エスカレータ、エレベータ、トイレなども設置されているが、なにぶん封鎖されているため、これらの設備は現在のところ完全に遊休化している。

のりば[編集]

1 小田急多摩センター唐木田方面
2 新百合ヶ丘方面

利用状況[編集]

2007年度(2007年4月-2008年3月)と2006年度(2006年8月-2007年3月)の乗降客数は、ともに1日平均約0.2人で、これは当然ながら小田急電鉄全駅のなかで最下位である。なお、2006年7月以前の乗降客数は、現在では非公開となっており、封鎖されていなかった頃の利用状況を窺い知ることはできない。

(※注意:封鎖以前の客数の統計資料をお持ちの方も、アンサイクロペディア上には公開なさらないようお願いします。(かつてこの統計資料はアンサイクロペディア上で公開されていましたが、この数値が記載されている版について小田急電鉄から「当駅における迷惑行為を助長する惧れがある」として特定版削除依頼があり、管理側がこれに応じたという経緯があるためです。))

駅周辺[編集]

上述のように殆ど利用することができない駅であるため、駅の周辺の施設や地理的環境などについて記すことは、無意味である。勿論、徒歩や路線バス(後述)などで駅の近くまで行くことは現在では可能となっているが、開発中の新興住宅地であるにも関わらず、住民は余所者に対して異常に警戒しているため、無用なトラブルを避けるためにはできるだけ訪れないことが望ましい。

……ん、ああ、書いてしまったな。

では、やはり書くことにしようか。書かないで謎のままにしておくと、気になって現地に行ってしまう読者がいないとも限らない。ここで書いておき、用も無いのにこの地に訪問する価値は一切無いことを知らしめておくのが、公器たるアンサイクロペディアの使命であろう。

当駅の周辺は、その殆どが、現在既に住民のいる住宅であるか、入居者募集中の空き住宅であるか、あるいは住宅を建設中の宅地であるか、もしくは住宅の建設が予定されている宅地である。また、診療所やスーパーなどもあるが、それらの名称には、忌まわしき「はるひ野」という地名は一切用いられていない。勿論、住宅や電柱などの住居表示板、各種の広告看板類なども同様である。

従って、駅舎以外で「はるひ野」という地名の場所を探そうとしても、全く無駄である

路線バス[編集]

駅から徒歩5分ほどの所に、小田急バスの「駅入口」停留所があり、上述の若葉台駅と、小田急小田原線柿生駅とを結ぶ路線(柿24系統)のみが通っている。この停留所も元々は「はるひ野駅入口」という名称であったが、現在は「はるひ野」の部分が黒ペンキで塗り潰され、駅名を読み取ることはできないようになっている。

なお、このバス停を通るバスは、1日4~5往復のみである。実際にここを訪れる際には、やはり若葉台駅から歩いたほうが良――、いや、勿論、不要不急の用で訪れてはならない

ちなみに、このバス停の周りには飲食店がいくつかあるが、それらは全て既に「サイゼリヤ京王若葉台店」とか「華屋与兵衛若葉台店」などの無難な名称への改称を済ませている。従って、ここにおいても「はるひ野」という文字を目にすることは一切できない。

歴史[編集]

  • 2004年12月11日 - 開業。
    駅周辺は元々「黒川」という字(あざ)名であり、誰も住んでいない森林地帯であった(現在の唐木田などとほぼ同様である。詳細は当該記事を参照)。が、住宅・都市整備公団(現:都市再生機構)がこの地域を「黒川はるひ野地区」として宅地開発を行うことになり、2001年頃に公団が小田急電鉄に新駅設置を依頼した。これを受けて、はるひ野駅が現在の位置に設けられた。
    2019年11月現在、小田急電鉄の全ての駅のなかで、最も新しい駅である。上述のように太陽光発電パネルが設けられるなど、当時の先端技術と流行(エコ)を取り入れた駅として開業した。――尤も、宅地開発のほうが遅れていたため、開業当時はまだ周辺は造成がようやく終わったか終わらないかといった状態であり、1日あたりの乗降客数は多いときでも2桁であったという。(なお、当然ながら、当時は現在のような封鎖などは一切行われておらず、誰でも自由に当駅で乗降することができた。)
    2005年から、この地域の地名は「黒川」から「はるひ野」に改められた。なお、現在、はるひ野という地名は既に都市再生機構においても闇に葬られているため、どのような経緯で命名されたのかは現在となっては永遠の謎である(考案者が責任を感じて自殺したとの噂もある)。
  • 2005年8月下旬頃 - 住宅の建設がまだ殆ど進んでいないにも関わらず、この頃から、徐々に乗降客数が増え始める。
    当時は、小田急電鉄はこの増加の原因に全く気付いていなかった。この後、翌2006年1月頃まで乗降客数は漸増していったが、周辺地域においても小田急電鉄においても、特に問題とはならなかった。
  • 2006年2月上旬頃 - 突然、1日あたりの乗降客数が異常に増加し、列車のダイヤに影響が出るようになる。
    それまでは、駅員は日中の一部時間帯に1名が配置されているのみだったが、この増加に対応するために駅員が増配置され、初電から終電まで常時2~3名が常駐するようになった。また、ホームに降り立っただけで駅舎から出ずに次の列車に乗ったり、あるいは逆方向に折り返したり[2]した客も相当数いたと見られている。
    この時、乗降客の大半が、特定の雑誌単行本などを所持し、写真や動画などの撮影を行っていたことから、小田急電鉄では小田急商事(小田急の駅売店などを運営している子会社)の雑誌・書籍部門の担当者を現地に来させ、調査を命じた。
    その結果、『涼宮ハルヒの憂鬱』という小説作品の主人公の名前が「ハルヒ」であり、この作品が同年4月からアニメ化されることに伴って作品の知名度が上がったため、その影響で多数の信者聖地巡礼の一環として「はるひ野駅(≒ハルヒの駅)」を訪れているようである、ということがわかった。
  • 同年3月頃
    調査結果を受け、小田急電鉄では、このような原因での客数増加は、多摩線の他の利用客の迷惑になると判断し、聖地巡礼をやめるよう呼び掛けを行うことを決定した。(当時はまだ はるひ野駅周辺の住宅は少なかったが、それでも多摩線の列車の混雑度は、既に他の乗客から苦情が出るレヴェルにまで達していた。)
    具体的には、「『涼宮ハルヒの憂鬱』は兵庫県が舞台の作品であり、当駅とは一切無関係です」といった告知を、自社の公式サイトやウィキペディアなどに掲載したり、あるいは現地に同内容の掲示をしたり、角川書店などの協力を得て誌上での呼び掛けを行うなどの施策がとられた。しかし、小田急電鉄の努力も空しく、巡礼者数は日に日に増加の一途を辿っていった。
    巡礼者が撮影したと思われる画像(2ちゃんねるアニメ2板より転載)。
  • 同年4月上旬頃
    『涼宮ハルヒの憂鬱』のアニメ放映開始とともに、巡礼者数は爆発的に増加した(上述の理由から、この頃の統計数値については、アンサイクロペディア上では公開することができない)。巡礼者たちは写真や動画の撮影に留まらず、駅名表示板や、付近の電柱の住居表示板などを持ち帰ったり、あるいは周辺の宅地(数は僅かだが既に入居している住民もいた)へも無遠慮に侵入して「ハレ晴レユカイ[3]を踊るなど、傍若無人な振る舞いを繰り返した。このため、駅の周囲は一気に無法地帯と化し、既に入居していた住民からは都市再生機構に対して損害賠償請求の訴えが起こされる(後に和解)など、全てが完全なるカオスに包まれてしまった。
    なお、小田急電鉄と都市再生機構は、事態の収拾を図るために警察の出動を要請したが、この地域は都県の境界線が非常に入り組んでいるため、警視庁横浜県警神奈川県警の三者で管轄の擦(なす)り付け合いになり、結果的に警察の協力を得ることはできなかった。
  • 同年4月24日~
    警察が当てにならないことを再認識した小田急電鉄は、ゴールデンウィークを前に、はるひ野駅の全列車通過(臨時駅化)に踏み切った。また、都市再生機構も、地名の変更について川崎市との協議を開始した(同年5月8日から、この地域の地名は「はるひ野」から「黒川」に戻され、電柱や住宅などの住居表示板も5月中に全て新しいものに変更された)。
  • 同年5月上旬頃
    全列車通過としたところ、今度は巡礼者たちが若葉台駅や黒川駅から歩いてきたり、あるいは自家用車などで乗り付けて違法駐車をするようになるなど、ますます無法化が進んだ。前述の理由から、この駅周辺において警察は介入して来ないことを見切った小田急電鉄は、ここにおいて、本来は土地収用の際に活躍している暗殺部隊を当駅に配置し、巡礼者たちの殺害に乗り出した。
    この作戦は最初は効果が無かったが、1日で死体が山積みになったため、この時点で小田急電鉄では駅周辺の空き地を有刺鉄線等で囲って封鎖し、同時に駅舎へも立ち入ることができないようにした。
    翌日以降も数日間、死体の山を放置していたところ、VIPなどを中心にこの死体の山の画像がインターネット上に広まり、それとともに「はるひ野に行くと小田急に殺される」という噂(事実であるが)も広まったため、この頃をピークに巡礼者数は減少に転じた。
    なお、この頃、小田急電鉄の社内において、「駅名を改称してしまえば良いのではないか」という案も検討されたが、幹部会議において「せっかく警察が介入して来ないのだから、社会の浄化のために少しでもゴミを減らすのが、企業としての使命であり、それは『お客さまの「かけがえのない時間(とき)」と「ゆたかなくらし」の実現に貢献』するという経営理念にも合致する」という結論に達したため、この時は改称は見送られた。
  • 同年8月頃
    『涼宮ハルヒの憂鬱』のアニメ放映が概ね終了し、巡礼者も殆ど来なくなったため、暗殺部隊は はるひ野駅から引き上げられ、代わりに一般の警備会社の警備員がここに配置された。また、全列車通過の措置も緩和し、1日1往復のみ停車させることとした(同年12月からは2往復に増加)。但し、周辺住民と都市再生機構との協議により、駅の封鎖は当面継続されることとなった。

これから3年間、はるひ野駅は封鎖され続けた。

脚注[編集]

  1. ^ なお、川崎市の条例で、公道での写真撮影は原則として禁止されている。本記事で使用している画像は、予め川崎市に届け出て許可を得た上で撮影したものである。
  2. ^ 当該駅までの有効な切符類(乗車券など)を持っていない状態で、改札から出ず、駅員や乗務員にも申し出ずに逆方向に折り返すのは、違法行為である(これは小田急電鉄に限ることではない)。このような場合は必ず改札から一旦出て、改めて乗車券を買い直すことが必要である。なお、寝過ごしなどのように故意ではない場合は、乗務員に申し出れば“無賃送還”として無料で下車駅まで戻れる扱いを受けることができる。
  3. ^ アニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』のエンディングテーマ。踊念仏の流れを汲む斬新な舞曲で、放送期間中には多くの信者が全国各地で踊り狂ったことで知られる。

関連項目[編集]

  • 春日春日町 - 「春日野」と駅名を漢字表記にしなかった理由について。
注意
 繰り返しますが、「はるひ野駅」やその周辺への、不要不急のご旅行は、近隣住民の皆様や小田急電鉄(株)様などへのご迷惑になりますので、絶対におやめ下さい
 皆様のご協力をお願い申し上げます。