まわり将棋

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まわり将棋とは、一介の歩兵が賄賂によって立身出世していく模様を再現するシミュレーションゲームである。

成立[編集]

勝つも負けるも金(カネ)次第!

日本で古くから行われてきた将棋は、戦争の様子をそのままゲームに仕立てあげたものであり、実際に戦争が行われていた戦国の世においては非常に現実感のある遊戯であった。現代の本将棋の形が固まったのも戦国時代の頃と言われている。その後戦国の世は終りを迎え、江戸幕府の下で平和な時代が到来したが、いかに主君(王将)を守り、敵地に攻め入るかを競う将棋というゲームは、当時の幕府が推し進める儒教道徳や武士の理想像と重なる部分が多く、好ましいものとして認められていた。江戸時代、将棋は囲碁と並んで幕府公認の遊戯となり、将棋所が立てられ、プロの棋士による御城将棋が指されるようになった。将棋に下克上的な要素が含まれていないことも儒教的に好ましいとされた一因と言われている。[1]

しかし、太平の時代が長く続き、戦乱の世が過去のものとなると、戦争を題材にした将棋というゲームは現実世界と乖離し、しだいにリアリティを失っていった。命を顧みず敵陣に乗り込み、首を取ることを誉れとした時代はとうの昔に過ぎ去っており、いつの間にか首の代わりに、上司に差し出す賄賂の額によって出世の有無が決まる時代になっていた。儒教的には卑しいものとされる商業が目覚しい発達を遂げ、貨幣が社会的に重要な役割を果たすようになると、武士といえども金の力と無関係では居られなくなった。18世紀後半、田沼意次が老中になった頃、賄賂政治は頂点に達し、その後風紀の引き締めを図った松平定信でさえ、田沼時代には意次に賄賂を贈っていたほどである。定信以降も幕府は改革を続けたが、大名でさえも商人に借金をする時代となり、「金を持つ者が偉い」貨幣経済への移行はもはや止めることの出来ない歴史の潮流であった。

このような時代を背景に、実社会の情勢とかけ離れた儒教道徳や儒教的武士道、および幕府の官学と化した本将棋を風刺し、金(カネ)の力で勝敗が決まる社会の実態を反映させた裏の将棋が登場した。これがまわり将棋の起源である。1830年(文政13年)序の「嬉遊笑覧」には既にまわり将棋についての言及があり、この頃には広く普及していたものと考えられる。

ルール[編集]

まず、各プレイヤーは将棋盤の四隅に歩兵を配置する。プレイヤーは金将を4枚盤上に投げ、その出方に応じて点数を計算し、その点数分だけ盤の外側のマスに沿って歩兵を進ませる。言うまでもなくこの金将が金(カネ)=賄賂を意味しており、賄賂が多ければ多いほど先に進めるのである。これを順番に行い、すべてのプレイヤーが、同じ向きに回るように歩兵を動かしていく。一周してスタート地点に戻ってきたら歩兵を香車と交換し、以下戻ってくる毎に桂馬、銀将、金将(成銀で代用するが飛ばすことも多い)、角行、飛車、王将と取り替えていき、最も早く王将をスタート地点に戻したプレイヤーを勝者とする。

点数計算は金将が表向きなら1点、裏向きなら0点とするのが基本である。また、横に立てば5点、縦に立てば10点、下に立てば20点(50点等とすることも)。このように金将が立った時に点数が高いのは「小判が立つほどの大金」を意味する為である(一枚の小判を立たせるのは困難だが、数枚まとめて横にすれば立つ)。今でも「札束が立つ」という表現にその名残が見られる。

そして、4枚の点数の合計分、駒を進めるが、一枚でも盤外に出たり、金将同士が重なるとそれだけで合計0点という扱いになる。賄賂が外に露見するという意味らしい。

なお、地域によるルールのバリエーションが多く、一周ではなくいずれかの角にぴったり止まれば昇格、というルールを採用する事も多い。

まわり将棋では、金(カネ)=賄賂を多く出すことで歩兵が香車、桂馬…と上位の駒に出世していく。これだけでも相当に危険な内容だが、歩兵が最終的に王将(君主)に成り上がるという点で、従来の「王将を守る」儒教倫理と結びついた本将棋を真っ向から否定する内容となっている。

まわり将棋に由来する諺[編集]

本将棋は様々な格言や諺を残しているが、まわり将棋に由来する諺もある。「金は天下の回もの」がそれである。金将の出方に応じて駒が盤上をぐるぐる回ることから、金将=金を「回し者」と表現したのである。諺としての本来の意味は、人間は金に踊らされやすい、世の中は金を中心に回っている、というようなものである。

ところが、この諺はいつのまにか「金は天下の回もの」と変化して広まっており、しかも「金は人から人へ回って行く」という意味に変わってしまっている。しかしまわり将棋では金将は(基本的に)「回らない」のであり、由来的には明らかな誤りと言えよう。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ しかし、よく考えてみると取られた駒が相手に使われ「二君に仕える」ことになるなど、本将棋には儒教的忠孝の精神と相容れないルールが取り入れられている。そもそも将棋は日本に儒教が定着するずっと前から遊ばれているので、江戸幕府といえどもルールを変えることは出来なかったようだ。


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