アウグストゥス

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アウグストゥス(羅: Gaius Julius Caesar Octavianus Augustus、ガイウス・ユリウス・カエサル・オクタウィアヌス・アウグストゥス 紀元前63年9月23日 - 紀元14年8月19日)とは、古代ローマ時代の詐欺師である。詐欺に詐欺を重ねローマの初代皇帝へと上り詰めた。

名前[編集]

一般にアウグストゥスと呼ばれることが多いが、アウグストゥスはラテン語で「神聖な」を意味する形容詞であり称号で、名前ではない。本名ではなく称号で呼ばれるのは本人が頻繁に名前を変えたためである。幼少にはガイウス・オクタウィウス・トゥリヌスを名乗ったが、青年期にはガイウス・ユリウス・カエサル・オクタウィアヌスと名乗っている、壮年期にはインペラトル・カエサル・アウグストゥスとなり、最終的にはガイウス・ユリウス・カエサル・オクタウィアヌス・アウグストゥスもしくはインペラートル・カエサル・ディーウィー・フィーリウス・アウグストゥスと名乗った。これ以外にも複数の名前を名乗ったと言われるが正確には分からず、多くは詐欺師であることから過去の経歴を消すため名前を頻繁に変える必要に迫られてのことであろう。殆ど変わらないファーストネームのガイウスは当時のローマではとりあえず付けられる名前であり、日本で言えば「太郎」にあたるため、この名前で指名手配されようが誰も気にしない名前である。

アウグストゥスの称号は、この後も歴代の詐欺師に受け継がれていったため、混同を避けるため仕方なく「オクタウィアヌス」と呼ぶこともある。本記事においても以降はそれに習いオクタウィアヌスと記述する。

活躍[編集]

様々な詐欺行為により権力を手に入れていったオクタウィアヌスだが、その中でも特に鮮やかで時代の流れを決定づけた詐欺が二つある。

宗教詐欺[編集]

紀元前42年に、自分の大叔父であり養父であったローマの英雄カエサルを神格化することを元老院に求め認められた。著名な故人の神格化自体は多神教のローマでは珍しいことでもなく、誰も疑問を持たずに受け入れたが、これが大きな布石であったことは当のオクタウィアヌス以外は知らなかった。

数年後にアントニウスクレオパトラ連合を倒し、プトレマイオス王朝のエジプト支配を終焉させたオクタウィアヌスは、そのエジプト全土を自分の私有財産にすることを発表する。

まずオクタウィアヌスは元老院に、エジプトは神の子孫である王が代々支配してきたから統治者は神の子孫でなくては民衆を納得しない、そのため国民が統治者を決める共和制のローマが統治するのではなく、神であるカエサルの子の自分が統治するのが適切だと説いた。そしてエジプトの民衆には自分は神の子であるから、これまでの王と同じように自分に従えと説いたのである。これによってオクタウィアヌスは、当時交易や鉱山、農業によって莫大な金を生み出していたエジプトを、ローマの税金で働かせた兵士を使いながら、全て自分の財産として手に入れることになった。

もちろん、カエサルはエジプトで信仰されていた神とは全く違う神であるし、神話が源流にあると自称する王の国は他にも打倒したがローマが統治出来ている、ましてやカエサルはオクタウィアヌスの養父で実の親ではなく、血のつながりも母方の祖母の兄であるため子孫でもなく親戚という程度であるが、この二重三重にも嘘がある説明に元老院や民衆は頭がこんがらがり仕方なく納得することになった。

共和制詐欺[編集]

紀元前27年、国内のライバルを全て打倒し、ただ一人の有力者となったオクタウィアヌスに元老院議員達は独裁政治が始まるだろうと言う恐れを抱いていた。しかしオクタウィアヌスは全ての人々の予想を裏切り、今まで自分が好き勝手に決めてきた、軍事、政治、外交の決定権を元老院に返すと発表し共和制の回帰を宣言したのである。

これに元老院は感激し、オクタウィアヌスのシンパであった議員から提案された、オクタウィアヌスへ「アウグストゥス」の尊称を贈る決議を一切反対もなく賛成してしまう。さらにオクタウィアヌスを信頼しきってしまった元老院は、まだまだ平和が戻ったとは言い難い状態であるため戦争を打ち勝ってきたオクタウィアヌスに軍事を任せたいと提案したのである。オクタウィアヌスは了承し、法的に決定することになる。これによって元老院は返してもらったはずの軍事を即座に自分達からオクタウィアヌスへと合法的に手渡してしまったのであった。

さらに紀元前23年オクタウィアヌスは、政治の最高決定権をもつ役職であった執政官を辞任して、昔と同じ1年交替で執政官を決める方式に戻すと宣言する。これまた元老院は感激してしまい、その代わりに護民官特権を与えて欲しいと言うオクタウィアヌスの提案を異議もなく賛同し法的に議決することになる。この護民官特権には、拒否権というものがあり、これは執政官が決めたことだろうと拒否権を発動すればなかったことに出来ると言うものであった。つまり、オクタウィアヌスは自分の敵が執政官に就任しようが、自分の思い通りの政治をさせることが出来るようになった。これによって元老院はまたも返してもらったはずの政治・外交の決定権を自分達の圧倒的な賛同でオクタウィアヌスへ合法的に手渡してしまったのである。

オクタウィアヌスによって復活した元老院による共和制が、オクタウィアヌス以外誰も気がつかないうちに元老院の手によってオクタウィアヌスによる帝政になっていたのである。

オクタウィアヌスは法的根拠のない危うい独裁制を嫌い、一旦全ての権利を元老院に返すことで、元老院を味方に付けたうえで全ての権力を合法的に手に入れる一世一代の詐欺に成功したのであった。あまりに見事な騙しの手口に、当時の元老院議員達は死ぬまで誰一人気がつかなかったと言われ、民衆も「共和制が復活したら共和制が終わってた」とでも言うような虚に包まれた具合であった。

自らも騙す[編集]

オクタウィアヌスは生来身体が弱かったと伝えられている。それを自覚していたオクタウィアヌスは、無茶をせずに騙し騙し生活していくことを決める。一種の自己暗示であるが、自分よりも頑丈な体躯を持つ相棒のアグリッパや、妻の連れ子で活発であったドルーススが死んでいく中、体が弱かったはずのオクタウィアヌスは一人76歳という当時としては長命での大往生を遂げる。

当代一の大詐欺師であるオクタウィアヌスであれば、自らを騙すのも強力な効果があったと言うことである。

もっとも、そもそも将来身体が弱かったという事自体、詐欺師のアウグストゥスが流した嘘であるという疑惑も根強い。この嘘によって、彼は軍事や土木工事といった身体を張った仕事をアグリッパやティベリウスに押しつけて、自分は安楽な生活を送って長生きしたと噂された。

欠点[編集]

上記のような卓越した詐欺師であるアウグストゥスであるが、全てにおいて万能だった訳ではなく、欠点もあった。それは恋愛沙汰が苦手であり、結婚詐欺の才能は皆無だった事である。

養父であるカエサル は、アウグストゥスを詐欺の道に誘った張本人であり、常に十人以上の女性と同時に付き合いながら、どの女性からも恨まれなかったという稀代の結婚詐欺師であった。カエサルを見習い、それ以上の詐欺の才能を示したアウグストゥスであったが、結婚詐欺の才能だけは片鱗すら受け継がなかった。

アントニウスはカエサルのもうひとりの詐欺の弟子であり、アウグストゥスのライバルであった。アントニウスはカエサルがアウグストゥスに遺した遺産を騙し取ろうとし、壮絶な詐欺合戦を繰り返した。アントニウスの詐欺として特に有名なのは、アウグストゥスの姉オクタウィアと結婚した事である。アウグストゥスは姉弟そろってこの結婚詐欺師に騙されたのである。

もっともアントニウスがオクタウィアを捨てた件は、同じくエジプトの稀代の結婚詐欺師であるクレオパトラに騙された結果であるとの説も根強い。何せ彼女は、あのカエサルすら騙した、さらに上をいく結婚詐欺師であった。アウグストゥスはクレオパトラを非常に恐れ、彼女の色仕掛けには一瞥すらくれず、逃げ出したと伝えられる。もっともこれは恋愛沙汰が苦手なアウグストゥスの純情さによるものでもあるが、自分の色気が通じなかったと誤解したクレオパトラは激しくプライドを傷つけられ、自殺している。

またアウグストゥスの詐欺が唯一通用しなかった相手として、キケロが存在する。キケロは古代ローマの歴史においてもっとも知性に優れたひとりであり、姑息な詐欺が通用する相手ではなかった。もっともこの時はライバルのアントニウスも存命中であり、アウグストゥスとのふたりがかりの詐欺でも通用しなかったというのが正解である。そのためキケロを排除するために、アウグストゥスは暗殺という荒っぽい手段を取らざるを得なかった。もっとも暗殺を主導したのはアントニウスであるが、アウグストゥスは終生に渡って後悔している。「彼は教養はあった。教養があって、真に国を想う人だった。」とは、晩年のアウグストゥスが孫に対して語った、キケロについての評価である。

アウグストゥスの称号[編集]

アウグストゥスはラテン語で元々「神聖な」を意味する形容詞であるが、初代皇帝のオクタウィアヌスがアウグストゥスの称号を付けたことから以後の皇帝も後継者であることを明示するためにアウグストゥスを名乗り、アウグストゥスが皇帝を意味するようになる。

ちなみに、アウグストゥスの称号とは多分関係ないが、当時のローマはローマ・ギリシャ文明と呼ばれるほどギリシャ文化の影響を大きく受けており、芸術や神話などもギリシャ文化と類似性が多かった。そしてギリシアで美しい物と言えば全裸であり少年であり、包茎であった。古代ギリシャ彫刻の全裸像を見れば全てが包茎を備えていることが分かるだろう。そしてギリシャで全裸は尊く美しい物であるため、全裸で彫刻を作るのに相応しいのは神か神話の人物だけと考えていた。そのため包茎を公表出来ることとは即ち一種の神聖さを持っていたのである。オクタウィアヌスも死後に神格化されており、死後のオクタウィアヌス像は全裸で造られ、それはもちろん包茎であったと考えられているが、割礼こそ美しいと考えるキリスト教徒達によって殆ど壊されてしまった。

神の子をアピールしていたオクタウィアヌスは包茎であることも公言していただろうと考えられるが、やはり恐らくは「神聖な」を意味するアウグストゥスの称号とは関係ないだろう。