アルベール・カミュ

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アルベール・カミュアルジェリア出身のコメディアン、戯作家。ジャン・ポール・サルトルとコンビを組み、不条理演劇を展開したが、相棒サルトルからの不条理な扱いに憤慨して決別。その後は単独で活動を行った。癇癪起こしたサルトルから殴られるのが主な仕事。都合が悪いことは全て太陽の所為にするので、周囲からは顰蹙を買っていた。

目次

[編集] 人物

ボケのサルトルに対して彼はツッコミを担当した。その芸風は、天真爛漫で自分勝手なサルトルに一方的にカミュが振り回され悲惨な目に合うというもので、漫才の中ではカミュばかりが水の中に突き落とされたり、積み上げた積み木をサルトルに崩されたりと散々な役回りをさせられることが多かった。驚くべき事に、その漫才の台本やネタの構築はほとんどがカミュ一人で練り上げたという。この辺りはダチョウ倶楽部上島竜兵と通底するところがある。私生活の面においても、自活能力が皆無に等しいサルトルの代わりに家事一式を一身に担っていた、サルトルの保母のような存在であった。

しかしサルトルのほうはカミュのことを便利君程度にしか思っておらず、これほど献身しているのに感謝の意を僅かにも表さない傲倨なサルトルの態度に対して、度々「納得いかねぇ!」と愚痴を零したり、「飯がまずい」と文句垂れたサルトルに激怒し「じゃあお前が作れやボケェ!」とちゃぶ台返しをかましたなどのエピソードが残っており、あまり仲は良好ではなかったようだ。しかもサルトルの内縁の妻であるボーヴォワールからはどういうわけか尋常ではない嫉妬と敵愾心を抱かれており、事あるごとにサルトルとアナルセックスをしているのではないかと難詰されたり、しつこくイビられたりした。そういった境遇の中でカミュは不条理を強く感じるようになり、「ペスト」「異邦人」などを執筆する。

その後、サルトルとはついに決別。決別の理由は「サルトルのデコが眩しかったから」という、彼らしい何とも不条理な理由であったが、この頃のカミュは、手間のかかるサルトルの世話やボーヴォワールからのイビリによって既に若干精神を病んでいたと思われる。後に「彼との友情関係は、私が一方的に搾取、酷使される、何とも不条理なものであった」と述懐している。これ以降、かつての親友サルトルは不倶戴天の敵となり、折々激しい論争を論壇で交わしたが、その八割までが中身の無い罵詈雑言の応酬だったという。これについてサルトルは、「俺は実存主義者だ、論争にテーマを求める事自体がナンセンスである」とはぐらかし、カミュは「何故俺はこんなくだらない議論に貴重な時間を費やしたんだ、ナンセンスだ!」と逆切れした。

カミュは「ペスト」という作品を執筆し、世に出したが、このせいで医者だと勘違いされ、「私の息子の病気を治してください」など、彼の家には度々いたずら電話とも本気の電波とも分からぬ電話が殺到した。絶え間なくかけられてくる頭の悪い電話はカミュの精神を著しく疲弊させ、カミュは「それもこれも全部サルトルのせいだ」と、全てサルトルが嫌がらせの電話だと解釈した。

1960年、沿岸を車で走行中「俺はイカロスになる!」と発狂してガードレールを突き破り崖下へ転落して死去した。驚く事に救助隊が駆けつけるまで存命しており、「これぞナンセンスだ」と末期の台詞を残して事切れた。異説として、シーシュポスが崖の上から転がしてきた岩に押しつぶされて死亡したという伝承がある。

[編集] カミュとサルトル

サルトルがカミュの鼻にひっついていたショウジョウバエを善意で叩き潰そうとして、蝿には逃げられカミュの鼻に強烈な一撃を食らわせるだけに終わったというのが、サルトルとカミュが出会った切欠である。二人は暴力を切欠として出会った。その後もサルトルは善意からカミュに暴力を振るい続けた。カミュは決別後、サルトルに言及して、「あのロンパリ野郎は子供の用に素直で、その素直な行動の結果人を酷い目に合わせる。悪意のある犯罪者なんかよりもよっぽど悪質で、そのことに気づかず奴を思想家として崇拝している連中は頭がおかしいとしか言いようがない」と評している。

しかし、このサルトルの理不尽な暴力なくして、カミュの不条理を軸とした思想は完成し得なかった。死後、あの世でサルトルはカミュに「俺が振るった暴力のおかげでお前は不条理芸人として成功出来たんだ。感謝されこそすれ恨み言を言われる筋合いはない」と放言し、カミュから赤い洗面器で殴られ、生前より患っていたロンパリが更に悪化した。

[編集] カミュと地中海

カミュは地中海が好きであった。特に地中海でオナニーして精液をその清らかな青い塩水の中にぶちまけるのが大好きであった。著書「シーシュポスの神話」の中で彼は語る。曰く、海の中でオナニーをする、それは全く無意味な行為なのに、私はやった後顕著な達成感と幸福感を得ることが出来る、なのだという。カミュがオナニーをしまくってばら撒いた精子は、今なお地中海を漂っており、そこからプランクトンや魚を通して我々の口へ運ばれている。つまり、我々は間接的にカミュに対してフェラチオをやっているのである。いくら文豪・思想家とはいえ、オッサン相手にフェラチオなんかやっても嬉しくもなんともない。ただただ理不尽である。しかし、その理不尽さこそがカミュが求めていたものであったのだ。

[編集] 思想・信条

カミュはコミュ障だったので、所属するあらゆる集団で孤立した。しかし、本人はハンフリー・ボガート似のイケメンで、頭も良かったので、男も女も寄ってきた。魅力的な人間だと周囲からは思われていた。容姿も頭脳も圧倒的に常人より優れていたにも拘わらず、コミュ障であるカミュは、ついに友人や仲間たちと円滑な関係を構築できなかった。この辺り現代のアスぺ・コミュ障呼ばわりされるうだつの上がらない人々にも共通している。容姿の優れたイケメンで頭脳の明晰だったカミュですら孤立したという事実が、カミュほど優れた容姿も頭脳も持たないうだつのあがらない人々に至っては本当に救いようがないという事実を突きつけ、彼らを絶望の底に落とし込んでいる。カミュの罪は重い。

[編集] フランス文学かアルジェリア文学か

アルジェリア生まれでフランスで活動した人物であるため、その著作や活動について、フランス文学に分類すべきかアルジェリア文学に分類すべきか、論争が起こっている。ノーベル文学賞を受賞した一種の権威であるため、「俺の国の文学者だ」とフランスもアルジェリアもカミュを取り合っているのが実情である。代表作である「異邦人」「ペスト」は共にアルジェリアを舞台としているのでアルジェリア文学のカテゴリに入れるのが適切なんじゃないのと一般的には言われている。

[編集] ノーベル文学賞

カミュはノーベル文学賞を受賞した。そして受賞後数年で事故死した。因果関係は不明だが、ノーベル文学賞を受賞したせいでカミュは事故死したと主張する阿呆が湧いた。彼らに言わせればノーベル賞は一種の呪いで、これを受賞すると須らく不幸に見舞われるらしい。当然陰謀論として相手にされなかった。その後、喧嘩別れした旧友ジャン・ポール・サルトルも受賞の機会を得たが、サルトルは受賞を拒否した。曰く、こんな権威に依存するほど俺は二流ではない、とのことらしい。明らかに受賞したカミュへの当てこすりであった。

[編集] カミュとカフカ

共に不条理を題材として作品を作った作家として、カミュはしばしばフランツ・カフカと並列して言及され、あるいは比較される。しかし、カフカが引きこもり的インドアな作風であるのと対照的に、カミュはアウトドアな作風である。「異邦人」のムルソーも「ペスト」のリウーも、一応リア充である。虫に変身する穀潰しも仕事なんてないよと突っぱねられる測量士も出てこない。カミュの作品は美しい太陽や海などの自然描写に力を多く注いでおり、外に出るのも億劫なカフカ的な世界を愛する引きこもりとは親和性が低いと文芸評論家は口を揃えて指摘する。

[編集] 著書

  • ペスト
    • 疫病に立ち向かう術なんて無い、講じるだけ金と時間の無駄。だから医者なんていらねぇんだよ!という、カミュの医者嫌いが如実に表出されている。
  • 異邦人
    • 「何故こんな小説を書いたのかって?太陽がまぶしかったからさ」
      異邦人 について、カミュ

[編集] 関連項目

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