エクストリーム・源平合戦

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

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エクストリーム・源平合戦(エクストリーム・げんぺいがっせん)とは12世紀半ばに源氏と平家の間で行われたエクストリームスポーツオリンピックみたいなものである。

目次

[編集] ルール

  • 試合に敗北する=死
  • 勝者は敗者の首を撥ねられる権利を持つ。
  • 反則は3度まで許される。あまりに反則行為をやりすぎたりスポーツマンシップに背くもの(例・壇ノ浦での平宗盛選手、鹿ヶ谷事件の首謀者)などは味方の手で成敗される。

[編集] 主な参加選手(敬称略)

[編集] 平家側

前半では殆ど単独の力で平家側を優位に導いたが、主将が重盛から宗盛に変わった頃から平家側が劣勢に転じ、急病で途中で退場、そのまま死去。
前主将。トップクラスの実力派だったが、同じく途中で病の為死去。ヤシマ作戦や壇ノ浦と言うメインの競技に参加する事は無かった。
主将だがヘタレ。いっそ裏方の方が良いという声が味方からも聞こえる。ただし泳ぎの才能だけは一流。
ヘタレ主将宗盛を支えて地味であるが着実に得点を稼ぎまくった陰のリーダー。力量はややコンパクトながら絶妙のバランスを持っている。虚弱体質傾向にも拘らず、責任感が強過ぎるが故にワーカホリック気味なのが欠点。
活躍を期待されたが反則行為をやらかした、と源氏側に罪をでっち上げられ一ノ谷の混乱の中捕縛された。
しかし捕縛されても「俺は反則行為をやらかしてなぞいない」と堂々とした態度を示し、頼朝をはじめとする源氏側選手たちを感心させた。
マスコット的存在。顔立ちはジャニーズ系っぽいが実力はイマイチ。やはり裏方が良いとささやかれている。
審判団の一人であった藤原頼房に対して傲慢な態度が目立ち、乱闘事件を引き起こす。兄維盛と瓜二つの容姿だが、兄とは対照的にかなりの実力派。
惟盛とは違い美形の上相当な実力者。しかし一ノ谷での義経の反則行為(奇襲)によって非業の死を遂げる。
平家随一の猛将。ヤシマ合戦では那須与一に継ぐ点数を稼いだ。
平家の切り札。彼を止めるために頼朝自らが出場するほどであったと言う。
老将。白髪を真っ黒に染めて若作りして参加。敢闘したものの、寄る年波には勝てず死亡。
だがその敢闘精神は源氏側選手たちに感動を与えた。

[編集] 源氏側

源氏棟梁。主に統率力で知られ表に出てくることは殆ど無かったが実力は最高峰。実は義仲に次ぐ美形。
運動神経抜群の天才。一ノ谷と壇ノ浦ではあまりに鮮やかな反則行為を行った。
反則行為がすぎた為審判の後白河法皇の命で討伐された。源氏№1の美形として名高いイカす伊達漢。平家と比べ美形率が圧倒的に低い源氏にとって、頼朝と双璧をなす貴重な存在。
主将。ヘタレの仮面を被った腹黒野郎。反則スレスレのプレイを何度もやらかして源氏を勝利に導いた。
勝つためなら多少の反則行為や騙し討ちは必要悪だと考えているいぶし銀。しかし一ノ谷と壇ノ浦で義経があまりに画期的な反則行為を行った時は彼を強く非難した。
弓の名手。あまりにも百発百中がすぎるのでドーピング疑惑がかかったほど。狙撃直前に「狙い撃つぜ!」と啖呵を切る行為は、彼が始めたもの。
義経の妻。
義仲の妻。男顔負けの実力者。


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