オンダル

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オンダルとは、鮮卑族とモンゴル系遊牧民の混成国家高句麗に生まれた世界最古の女向け育成アドヴェンチャー物語の主人公である。本国には及びもつかない朝鮮の三国志において唯一その名を全地球に轟かす有名な逸話を持つ。

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ウィキペディア専門家気取りたちも「オンダル」については執筆を躊躇しています。そのような快挙を手際よくやりおおせたことは、我らの誇りです。

姫との出会い[編集]

時は6世紀後半。鮮卑族など北方の非漢民族とモンゴル系遊牧民族の混成国家高句麗平壌に遷都して以来土着民の影響を受け、その国力は転換点を迎えていた。宮廷では土着勢力が次第に発言力を強め、無謀な出陣を繰り返しては領土を縮小させていた。

オンダル(温達)はそんな政争で父を殺された直後に生まれたため、すぐに鮮卑の名門だった貴族の家格を失った。オンダルは実年齢より年を取っているように見せる貴族の風習を簡単には捨て去ることができず、おまけに貧民的な行動様式を受け入れることもできなかったため、その行動にはおかしさがうまれ、土着の民は彼を平壌一のうつけものと呼び、パボーンダル(馬鹿のオンダル)とあだ名した。しかし、彼は土着人の官僚に目を潰された母への孝行を絶やすことはなく、それがオーラを作り出していた。

一方、当時の国王平原王は愛娘のピョンガン(平岡)姫を可愛がっていたが、姫が泣きやすい性格だったので泣いていると、「泣いてばかりいると、あのパボーンダルと結婚させるぞ」と何度も注意した。姫はそう言われるとなぜか泣き止んだ。

やがて姫は大きくなり、土着系の貴族の嫁に行くよう命じた。姫はしかし、このように応じて王の要求を拒んだ。

「父上様はいつも将来あのオンダルと結婚させるとおっしゃっていたではありませんか?正義の王道に嘘はないものです。先の王命は明らかに誤っています」

王は怒って姫を王宮から追い出した。姫は高級腕輪を数十本腕にかけて宮殿を出ていき、オンダルの家に向かった。母がいないと断ったので姫はオンダルが薪を採りに行った山に向かい、オンダルを見つけて求婚した。しかし、オンダルは拒んだ。

「そんな幻想文学のような物語が我が身に実際に起きるはずはない。貴方は何かの妖怪に違いない。真に人間なのなら翌朝来てくれ」

だが、その返事に真の実直さを感じた姫は翌朝本当に家にやってきた。オンダルと母は富が足りないと言って拒んだが、そこで姫は手持ちの高級腕輪を売って豪邸を建て奴婢まで用意して親子を出迎えた。豪邸には特殊な暖房施設まで付いていた。親子はさすがに驚嘆して姫を天使と呼び、求婚を受け入れた。土着人は大いに嫉妬した。

ピョンガン姫のオンダル育成日記[編集]

×月×日

夫が馬を買いに行くことになったので、次のようにアドバイスしておいた。「商人が育てている馬は所詮土着人の育てたものです。買うのなら病気になった王家の馬を譲ってもらいなさい。あれは偉大なる鮮卑族の育てた馬なので、病気で弱っても遥かに優れているのです」

夫は言うとおりに従い、病気を治して立派な馬に育てた。

×月×日

夫は文字を知らないので、私が代わりに文字を教えてやることになった。まずは自分の名前を書けるようにしなければいけなかったが、温達という字をどうしても覚えてくれない。どう教えようか。

Nemurineko.jpg この節を書こうとした人は途中で寝てしまいました。
後は適当に頑張って下さい。(Portal:スタブ)
×月×日

やはり出世のためには武器の扱い方を教えることが必要だ。私にはある程度の才を授かっていたのである程度は訓練できた。しかし、夫は気優しい。貧乏人育ちだけに動物を殺す腕はなかなかだが、あまり人殺しができる性格ではなさそうだ。まあそれが長所でもあるのだが。

某年3月2日

そうだ明日は父上が楽浪の丘で市民たちと共に狩猟祭に勤しむ日だ。そうだ夫を馬に乗せ、父上の部隊の先頭に立つよう誘導し、イノシシやシカを彼らの前で大量に獲らせよう。

翌日

私の作戦は大成功。やはり馬と鹿と呼ばれていた夫の索敵性能に敵う者はいなかった。夫は父上から直々に名を尋ね、その腕を讃えられて莫離支にならないかと勧誘された。その名を聞いて驚いた父上は、すぐさま私のこともきいた。そして私の夫を発掘し育てる手腕を大いに認められ、私をお許しになられたのよ。

外征での活躍と殉死[編集]

こうして高句麗王室に取り入れられたオンダル夫妻は、土着民に支配されていた宮廷を立て直す勢力の筆頭として活躍し、中国のが攻めてきた時も様々な策を進言して見事撃退した。

主君の平原王は590年亡くなり、嬰陽王が即位した。ちょうどその頃南方では新羅が妖女ミシルの指導で大和王朝の傀儡国家としての立場から大きな発展を遂げ、北部侵攻を進めていた。オンダルは女の扱いに強いという評判が立っていたので、それに備えて南方へ出陣した。

決戦場は阿旦、現在のソウルとなった。決戦前にオンダルは自らの立身出世前に奪われた南東部の返還を求め、幼児の真平王を尻目に王座にどっしり居座るミシルと折衝した。

「お前が噂に聞く妻コンの泰斗オンダルか。なるほど、莫離支の癖に人を殺すのを楽しむ趣味はなさそうだな。しかし、私は天啓の美貌の魔手で多くの男たちを籠絡してきた。どうだ、今日はや ら な い か?」

「変なことを言うな!私はピョンガン姫様に一心不乱の忠誠を捧げる身だ。私が土着人の如く男の本分を吸い取られるような者だと思ったら大間違いだぞ!貴様が領主を籠絡して奪い取った鳥嶺竹嶺を高句麗に返せ!」

「ふふふっ、なかなかだな。私のこの美貌に屈さぬとは。さすがは私の精鋭イケメンホモ集団に入隊させたいと思わせただけの器だ。お前の瞳は常にピョンガン姫を見つめているようだな。しかし、半島の全男子はすべてこのミシルに愛を捧げねばならぬ。よってお前は私の敵となる」

発言が終わるとミシルは精鋭イケメンホモ集団に命じてオンダルを刺殺するよう命じた。オンダルは殺人を厭いながらも応戦し、本職が歌謡曲集団だったその多くを倒したが、そこでミシルが天文的呪いをかけたので動けなくなりついに討ち取られた。

新羅の兵士たちはオンダルの遺体を柩に入れ、高句麗に移送しようとしたが呪いが解けたというのにどうしても動かすことができなかった。そこでピョンガン姫を特別招請し、解呪の言葉をかけてもらったところようやく動いた。ミシルは姫の才能に感化し、「愛とは惜しみなく奪うことだ」と発言して、互いの才能を認め合った。

現地の民衆はこの物語に大いに熱狂した。ピョンガン姫の建設した暖房設備を備える住居をオンドルと呼ぶのは、オンダルの訛りである。

没後の反響[編集]

上の内容の7割はキム・ブシク三国史記に基づく説話を再現したものである。ブシクが儒学の価値観に合わない前代の記録を抹殺しようとしたことはよく知られているが、それでもこうした母権的、妻権至上主義的な物語が入選してしまうところに、ブシクの生きた高麗の社会的価値観が現れている。

オンダル物語の価値観は儒学至上主義の支配した朝鮮王朝においても根底で社会を支え続けた。そして、男性至上主義が貫かれた朝鮮総督府の時代においてもこの説話は完全否定されることはなかった。現在彼の名は時代劇オープンセットに冠せられ、現代の韓国人は、オンダルの物語こそが日本の退廃的傀儡女権文化真の起源と呼び、自分達の恨の精神こそがオンダル物語の良き部分を継承していると大真面目に主張している。

関連項目[編集]