カニバリズム

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カニバリズム

カニバリズム(英:Cannibalism)とは、ご飯がなくなってしまった人々の最終的なご飯の総称である。

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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディアの専門家気取りたちが「カニバリズム」の項目を執筆しています。

目次

[編集] 概要

人類の歴史における様々な民族や国家の攻防の中で、常に大きな存在であったのが「食料」の二文字である。第一、農耕の歴史が始まったのですらここ数千年の話でしかないため、人間の最低限の欲求である食欲という存在を満たす行為には、どうしても運、不運がつきものであった。その結果、どうしようもない事態に陥ることはきわめて当たり前の話であり、最終手段としてカニバリズムが出てくることはやはり当たり前の話であった。それは、現代においてもまったく同じ話である。

この項目では、人類の歴史上、よく考えてみればごくごく当たり前の話であるカニバリズムについて記述する。意味は自分で調べてね。多分、知ってるだろうけど。

[編集] カニバリズムの歴史

インターネット上において知的であることに有名である某辞典におけるカニバリズムの項目は、その名に恥じず、大変に知的で興味深く、事例も豊富で内容も充実、いろんな意味でとてつもなくろくでもない

そのため、アンサイクロペディアンとして以前に、人間として、この項目の内容はウィキペディア以下にとどめる。

[編集] 世界史におけるカニバリズム

[編集] ヨーロッパにおける3つの事例

一般的に、もっともカニバリズムを禁じているのがキリスト教を国教とする国々であるが、これは、カニバリズム自体が許されざる行為として明確に規定されたため、死んだほうがマシという、人間の生存本能を脅かすような教えが浸透してしまったためである。そのため、19世紀におけるアイルランドジャガイモ飢饉において、100万人以上の人々が何も食わずに死んでいったのは、アイルランドが、生粋のカトリック国家であることが大きい。なお、死にたくない人間がアメリカオーストラリアに逃げ出したことも、その後の世界を大きく変える一因となっている。ちなみに、飢饉の最中、小麦は豊作だったが、全部イギリスに輸出された

同じように、20世紀、ウクライナではスターリンによる農業の集団営農化政策によって2度の大飢饉が発生。特に、ホロドモールと呼ばれる1933年から始まった飢饉では、数百万人におよぶ餓死者を生み出すこととなった。この場合も、実は人々が生きていけるだけの収穫はあったのだが、スターリンが食料を輸出して外貨を稼ぐために、住民から食料を強奪。結果、20世紀最悪とされる飢饉を引き起こしたと言われている。もっとも、ウクライナではアイルランドとは違い、カニバリズムが行われている。これは、共産主義が宗教を否定したおかげであるといえる。

その罰が当たったといえるのが、第二次世界大戦におけるレニングラード攻防戦である。こちらは、はっきりと、カニバリズムの存在が隠されることもまったくないままに史書に刻まれている。もし、共産党が宗教を禁じてなかったら、独ソ戦の結末は大きく変わった可能性もある。

結論として、人はパンのみで生きるわけではないが、神の言葉だけでも生きていけないということである。

[編集] アジアにおける2つの事例

ヨーロッパ、西欧のように宗教が最後の一線にまで出張ってくる世界とは対照的に、カニバリズムの歴史に燦然と光り輝く偉大な存在として挙げられるのが、食の大国としても知られる中国である。様々なレシピまで存在する時点ですでに世界中のいかなる文化も足元におよばない。しかも、その詳細な記録は春秋戦国時代から三国時代、さらには水滸伝で有名なを経てもまだ存在し、を経てもいまだに記録されているんだからどうしようもない。もっとも、あの国の恐ろしいところは、飢饉のときに当たり前のようにそれができるという点で一致する。戦乱でもまたしかり。ちなみに、第二次大戦中や文化大革命においても発生したとされているが、特に否定する必要はない

どうしたところで、死ぬよりはマシ。

同じような考えは、当然日本においても存在し、有名な事例として1833年より始まる天保の大飢饉によって、東北地方が壊滅的な打撃を受けた際に、座して死ぬよりもおいしくいただくことを選んだ人々が続出したことが挙げられる。他にも、豊臣秀吉による「三木の干殺し」、「鳥取の飢え殺し」といった逸話には、狭い空間に閉じ込められた人間がやはり死ぬか生きるかの選択を迫られた結果、死ぬよりはマシということで生き延びるほうを選ぶという記録が残されている。そのため、20世紀に入っても、同じように餓島やら白骨街道といったこれまたどうしようもない現実においても、死ぬよりはマシの法則が見事発動、生き残るやつは生き残ることになる。そして、気のふれるやつは気のふれるという、これまたどうしようもない法則も見事に発動する。その点は、大岡昇平による小説、「野火」に詳しい。気のふれた例としては『ゆきゆきて、神軍』も分かりやすい。

[編集] 現代

第二次大戦後、世界におけるカニバリズムの発動は、上記のような死ぬよりはマシではなく、一種の快楽的な側面が強く、正直なところ、本来なら文字に写すこと自体はばかられる事例が多い。本当にウィキペディアはどうしようもない。しかし、日本におけるヤクザ映画の傑作、仁義無き戦いでも描写されるように、火葬場で焼いたアレをせんべいのように食べる例(骨せんべい)が存在し、実際に勝新太郎プロレスラーミスター珍といった、いろんな意味で面白い人間がカニバリズムを行っている例が多々ある。もっとも、このような行為にはカニバリズムというよりも、他の儀礼的な側面が強いと思われるが、食っている以上、仕方ないといえば仕方ない。

併せて、1972年に発生したウルグアイ空軍機571便遭難事故のように、生き延びるために食べたのなら、それは教義に反するものではなく、キリストの体だから気にする必要はないという、カトリックお墨付きのトンデモない事例も存在する。

[編集] 本場ニューギニア

カニバリズム最後の聖地と言われたパプア・ニューギニアでは、1960年代においてもまだ普通に行われていたとされ、中には世界的大富豪、ロックフェラー一族が現地でいなくなってしまった事件も存在する。これは、たんぱく質が不足する山中において、ごく当たり前である話であるが、当時はそのような常識は知られていなかった。ちなみに、現在でも行われている。という話である。地域の実情を鑑みると、仕方ないといえば仕方ない。

[編集] カニバリズムの弊害

その後、1990年代に世界中で恐慌を引き起こした狂牛病の研究により、カニバリズムおよびある種の移植手術によってクロイツフェルト・ヤコブ病という、がスポンジ状に変化する不治の病が伝染することが判明する。これは、異常プリオンと呼ばれる特殊なたんぱく質が原因であり、その解明にニューギニアにおけるカニバリズムを行っていた民族の調査が大変に役立った。彼らの体内に蓄積されていた、この異常プリオンが、最終的にクロイツフェルト・ヤコブ病の原因を究明するきっかけとなり、最終的に、この異常プリオンが人間の体内に入った後、10年後から数十年後にこの病気が発病することが解明された。

ちなみに、狂牛病以前になんでこの病気がヨーロッパに存在したかはよく判っていない。初めてこの病気が確認されたのは1910年代であるが、それ以降、どうしてヨーロッパで何人もの患者が出てきたかについては判ってはいない。

判ってはいけない。

[編集] 著名な人々

[編集] 関連項目

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