クレオパトラ7世
この記事はフィクションです。
実在の人物、団体、企業、クレオパトラ7世とは一切関係ありません。
クレオパトラ7世(Cleopatra VII)とは、絶世の美人。それはそれは美しく、名だたる英雄・豪傑のハートをとろけさせ、その容貌だけで古代オリエントの勢力分布を変えたと言われる。
同時に、現代に至るも多くの女性の嫉妬を招いた事でも有名である。そのため「クレオパトラは実はブスだったんだよ」というトリビアは、現代に至るまで飽きるほど語られている。
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[編集] 生涯
幼少時より絶世の美少女とされ、宮崎勤や小林薫も気後れして手を出せなかったとされる。近隣諸国より王室や大商人の子息が群がり求婚を求めたがこれに応じず、その評判だけが地中海全域に広がった。
成長すると一層艶やかになり、その声価はいよいよ高く、はるか中国にも伝わった。中国の高僧までもが、一夜だけでもクレオパトラと過ごしたいと願うようになったと言われる。またクレオパトラを一目見ようと、エジプトへの海路を賭けてトルコとローマはしばしば会戦した。
長きにわたる戦争に勝利したユリウス・カエサルはついにクレオパトラに会うことに成功。そのあまりの美しさに我を失い、「ローマが潰えてもあなたの美貌のためにエジプトを守る」と公約した。その後毎日のようにクレオパトラと添い寝をしていることに嫉妬したブルートゥスは、クレオパトラを奪おうとカエサルを暗殺した。
しかしクレオパトラはブルートゥスに心を開かず、ブルートゥスは絶望して遁世した。その後クレオパトラは、「命を賭けて、美しいあなたとエジプトを守る」と約束したマルクス・アントニウスと婚約。しかしそれに嫉妬したオクタヴィアヌスとの決闘に敗れ、アントニウスとクレオパトラは敗走し、以後不遇を嘆くこととなった。
最期はコブラに胸を噛ませて自ら命を絶ったが、その遺体引取りに3千人のエジプト人が集まったと言われている。
[編集] 美しさの秘密
世紀の美男プトレマイオス12世を父に、無名ながらエジプト随一と謳われた后を母に持つ。王室にいたために、当時から風呂・マッサージ・食事などにこだわりを持ち、肌の手入れには余念がなかったという。さらに白い肌が焼けるのを嫌い、昼間に市街に出ることはめったになく、中庭でも木陰を好んだと言われている。
詳細は不明だが運動も好み、適度な筋肉と張りのある体を維持し続けた。特殊な整体やヨガに似た修行も行い、均整な体つきをしていた。
[編集] 後世の評価
後世の歴史学者たちからもクレオパトラは極めて高い評価を受けている。そのためか、「一目でいいからクレオパトラに会いたい」という学者も多い。しかし実際に彼女の生涯や業績に関する研究はほとんどなされていない。20世紀に書かれたクレオパトラに関する論文の内訳は以下のとおりである。
- 顔の推定に関するもの:48%
- 文理問わず広く研究されている
- 性的魅力に関するもの:25%
- 全身プロポーションに関するもの:18%
- 恋愛歴に関するもの:6%
- 子孫探索に関するもの:2%
- ハリウッドや雑誌社による研究がさかん
- 生い立ちや業績に関するもの:1%
[編集] 実はブスだったんだよ説
- 古代ローマ時代の歴史家プルタルコスは、クレオパトラ7世を、複数の言語(ギリシャ語・エジプト語・シリア語・パルチア語・アラビア語・ラテン語など)に通じた政治・軍事・外交に長けた高貴で知的な女性として伝えている。その一方で容貌については「美貌も若さもオクタウィアに適うものではなかった」と評している。
- 夫の浮気に悩んでいたユリウス・カエサルの妻は、クレオパトラの鼻が高すぎるのを見て、溜飲を下げたと伝えられる。
- 2007年2月14日付の英タイムズ紙は、クレオパトラは実はブスだったと報じた。それによると、ニューカッスル大学が発見した銀貨に描かれていたクレオパトラの顔は、とがったあごに薄い唇で、鼻も鋭角。同大学の考古学博物館のアシスタントディレクター、クレア・ピッカースギル氏は「クレオパトラの一般的なイメージはローマの政治家や軍人を魅了した美しい女王というものです。クレオパトラとマーク・アントニーの関係はこれまで長い間、作家やアーティスト、映画製作者によってロマンチックに美化されてきたのです」と語った。
歴史上に美人は多いが、ここまで嫉妬の対象となり、現代に至るもけなされた例は皆無である。