サイモン&カーバンクル

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サイモン&カーバンクル(Simon & Carbuncle)とは、人間と召喚獣とが組んだことで非常に有名な、ロックミュージシャンのコンビである。

[編集] 略歴

左がサイモン、右がカーバンクル

サイモンは1941年にアメリカの召喚術師の息子に生まれた。幼い頃から召喚術の英才教育を受け、22歳にして大学を主席で卒業、期待の新人として注目を浴びた。

卒業後1年と経たない1964年、召喚獣カーバンクルと契約するやいなや一切の召喚術を止め、周囲の説得にも一切応じず、カーバンクルとユニットを組んでミュージシャンの道を選んだ。しかし、デビューアルバム『水曜の朝、午前3時(Wednesday Morning,3A.M.)』の売り上げは惨憺たるもので、それが元で実家から勘当されるが、アルバム収録曲『サウンド・オブ・サイレンス(The Sound of Silence)』をエクストリーム・アレンジしてシングルで出したところ、これが大ヒットを記録する。

軌道に乗った彼等は『スカボロー・フェア/詠唱(Scarborough Fair/Canticle)』『ミセス・ロビンソン(Mrs.Robinson)』などの有名タイトルを次々と発表、ロックミュージック界に旋風を巻き起こす。そして1970年、アルバム『明日に架ける橋(Bridge Over Troubled Water)』においてロックミュージシャンとしての地位を不動のものとし、グラミー賞の最優秀レコード賞・最優秀アルバム賞を受賞したものの、音楽一筋なサイモンとカレー大好きなカーバンクルの、活動に対する意見の食い違いが起こり、このアルバムを最後に『サイモン&カーバンクル』の活動は終了した。

[編集] カーバンクル

サイモンと契約した召喚獣。カレーが大好きで、ぷよぷよの神としても知られる。その愛らしい外見と、額のルビー型マテリアから発射される悩殺ビームで、サイモンと共に当時のロック界を席巻した。なお、一時期、パセリでもセージでもローズマリーでもタイムでもない葉っぱに興味を示したため、PTAの陰謀によりコンパイルごと存在を抹消されたことがある。

『サイモン&カーバンクル』解散後、歴史の表舞台から姿を消す。サイモンが元の時空に戻したのだと言われていたが、1999年に恐怖の大王アンゴルモア」の降臨に際し、聖女アルル・ナジャと共に異次元へと消える姿が確認されている。しかし、FFで活躍しているのが発見された。

[編集] ディスコグラフィー

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  • 土曜日の夜、午前三時(Saturday Evening: 3 AM)
  • 四月に彼女はイク(April, cum she will)
  • サウンド・オブ・サイレンサー(The Sound of the Silencer)
この記事は、他言語版のアンサイクロペディアから翻訳されたものです。
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