サイレンススズカ

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サイレンススズカは、JRA所属の元競走馬で、一級フラグ回収士。逃げて逃げて逃げまくるスタイルは、日本競馬に革命を起こし、フジテレビアナウンサーにして一級フラグ建築士・青嶋達也とのコンビネーションは右に出る者がいなかった。GI勝利数は宝塚記念の1勝だけだが、そうした功績から今もなお名馬として語り継がれている一頭である。

生涯[編集]

~3歳・デビューまで[編集]

後の大種牡馬となる父・サンデーサイレンス(直訳すると「沈黙の日曜日」)だが、1993年冬の段階では産駒がデビューしておらず気性が粗いというネガティブイメージが先行していた。そんな人間どもの事情も知らずに、繁殖牝馬・ワキアがのうのうと発情。この時期を逃すと一年間を棒に振ることになるが、お目当ての種牡馬は他の女との種付けの先約があったため、やむなくサンデーサイレンスとの繁殖に至った。その結果1994年に生まれたのがこのサイレンススズカである。

牧場では一頭次元が違う動きを見せたため将来を嘱望され、駄馬ばかりの関東・美浦トレーニングセンター(茨城県)ではなく、関西・栗東トレーニングセンター(滋賀県)に入厩することとなった。

4歳春・クラシック戦線へ[編集]

入厩するとたちまち評判となったサイレンススズカ。デビューが4歳1月ながらも、陣営は4月から始まる生涯一度の晴れ舞台・クラシック戦線への出走を決断した。新馬戦は大圧勝に終わったが、続くGI・皐月賞トライアルの弥生賞(GII)は父譲りのゲート難と気性の粗さを披露し8着。皐月賞が厳しくなったことから目標を変更、日本ダービー(GI)トライアルのプリンシパルステークス(オープン)に出走し勝利、ダービーへの挑戦権を掴んだが、ダービーでは9着。この競馬を見た陣営は、大逃げを打たせる戦法に切り替えることを決断した。

秋初戦は菊花賞(GI)トライアルの神戸新聞杯(GII)。逃げたいように逃げて一時は15馬身ほどの大差をつけた。これを見てよりにもよって油断・慢心をかましたのが他でもない鞍上の上村洋行、その人である。消耗を抑えるためにムチで叩くも控えていわゆる「持ったまま」でゴールしようとしたところから、次の月に菊花賞を制すこととなるマチカネキタルに差されての2着。さすがに陣営が激怒し、上村はこのレースを最後にサイレンススズカに跨ることはなかった。

4歳秋・過酷なローテ[編集]

神戸新聞杯では3着以内に与えられる菊花賞への優先出走権を与えられたのだが、次走は3000mの長丁場となる菊花賞ではなく、古馬との対決にはなるが距離は神戸新聞杯と同じ2000mの天皇賞・秋(GI)を選択。鞍上は当然ながら乗り替わって河内洋が騎乗することとなり、とんでもない大逃げを打ったが、当然ながら逃げる者は捕まって6着。ひとまずここで休養、となるはずがどこの名馬と間違えたのか、香港のGI競走から招待状が届いてしまったので中2週間でマイルチャンピオンシップ(GI)に出走。大逃げすらも打てず15着に終わる。

さらにまたまた中2週で迎えた香港カップ(G1)。このレースに向けて武豊が乗せてくれと直談判したため、初のコンビを組んだが、体調不良を押しての出走だったこともあり6着。4歳秋は勝てるレースを一つ落として、あとは掲示板にすらも入れない結果となった。

5歳春・覚醒[編集]

勝てたGIIを落とした弊害は大きく、賞金が確保できないとGIへの出走が抽選になってしまうため、5歳春は賞金稼ぎに奔走することとなった。まずはオープン特別のバレンタインステークスを快勝、続くGII・中山記念も完勝、GIII・小倉大賞典(と言いながらもこの年は小倉競馬場が工事中だったたため中京競馬場開催であり、虚偽記載に他ならないが気にしてはいけない)も楽勝した。

勝ち方の表現一覧を作る勢いだったサイレンススズカは、5月終わりのGII・金鯱賞に出走する。このレースには昨年の神戸新聞杯でポカをやらかしたために負けたマチカネフクキタルも出走したが、今度の鞍上は天才なので安心だった。2コーナーまでで大逃げをかますと、3コーナーで少し緩めると、最終4コーナーカーブ後の直線で再加速する戦法を確立、その結果として付いた馬身が11。爆笑爆勝に至り、中京競馬場は半ば呆れたかのような笑いに包まれた。

この4戦を終えて秋へ向け休養に至る手筈だったが、予想外に調子が良かったため上半期の総決算・宝塚記念(GI)に出走することとなる。このレースでは、武豊がGI2勝しているエアグルーヴの先約があったため南井克己との初コンビ。いつもの大逃げとはいかなかったが、それでも十分な逃げを打ち、かのステイゴールドの猛追も凌いで1番人気に応えるGI初勝利を果たした。

5歳秋・「どこまで行っても逃げてやる」[編集]

晴れてGIホースとなったサイレンススズカの秋初戦は、武豊とともにGII・毎日王冠となった。このレースでは前々年の3歳GI・朝日杯3歳ステークスを制し、故障からの復帰戦となるグラスワンダーが出走、NHKマイルカップ(GI)を制し、のちに凱旋門賞(G1)で2着になるエルコンドルパサーは4歳馬ながら出走ということもあり、フジテレビ・青嶋アナが「もう二度と見ることができないかもしれない対決」と評するほど。そのレースを見ようと、東京競馬場には13万人もギャンブル中毒者が集結した。

その三強の中でも圧倒的な1.4倍で一番人気となったサイレンススズカは、例によって1000m57.7秒という大逃げを打つ。体育の授業で一人はいる、持久走で最初のうちに飛ばして後で死にそうな顔をするバカと同じことである。しかしサイレンススズカはエルコンドルパサーに2馬身半差をつける圧勝劇を披露、青嶋は「どこまで行っても逃げてやる!」と叫んだ。

5歳秋・沈黙の日曜日[編集]

次走は二年連続で天皇賞秋。だが、外国産馬の出走ができない当時の規定から毎日王冠の二強が出走できず、他の馬もサイレンススズカには勝ち目がないと判断、GIながら12頭しか集まらないという異常ともいえる状況となった。それを受けて、11月1日の天皇賞で1枠1番のサイレンススズカは1.2倍の一番人気に推される。単勝を100円で買っても120円、1000円でも1200円にしかならないのにもかかわらず買う方も買う方だが、それほどまでに誰も馬券が紙くずになるとは思っていなかった。

ファンファーレが鳴り各馬がゲートイン完了。その2分後、サイレンススズカが大逃げを打ち圧勝すると疑う者はいなかった。しかし、その1分半後にサイレンススズカはどこまで行っても逃げ続け、三強の対決は二度と見られないことになったため、府中の舞台は沈黙の日曜日と化したのである。これほどまで見事なフラグ回収がかつてあっただろうか。そんなレースを、6番人気でレースを制したオフサイドトラップの鞍上・柴田善臣は「笑いが止まらなかった」と形容した。

関連項目[編集]