シリア

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シリア・アラブ共和国(しりあ・あらぶきょうわこく)通称シリアとは、地中海連合に属する国である。間違ってもアジアの田舎ではない。

概要[編集]

この国は地中海の出口の一つスエズ運河の近くのイスラエルの北に存在し、地中海の東側としてトルコと肩を並べる存在である。トルコの場合はアジアであるがシリアは他の地域とは一線を画しヨーロッパの地域に収まっている。日本ではアジアと一括りにしているものの、歴史を見ればヨーロッパであることは確定的に明らかである。

歴史[編集]

この国は大きな王朝に統治された歴史が多く、ペルシアローマ帝国、イスラム帝国、セルジューク朝、十字軍国家、モンゴル帝国など歴史を動かしてきた国にいくつもいくつもかかわっている。さて、第一次世界大戦においてオスマン帝国の支配下に置かれていたシリアだが、この時「自分たちはヨーロッパなのになぜ大戦に関われない!独立させろ!」と内乱を起こす[1]。その甲斐もあり1920年には独立を為すが1920年[2]にはフランスが占領、フランス領となる[3]。が、統治に際していざこざがあり、自治州が乱立、第二次世界大戦後には再独立を果たす。しかし今度は財政不足によりエジプト主導の共和国に吸収[4]。だがクーデターにより懲りずに再独立。様々な危機を乗り越えながらも粛清される人もいながらも、独裁体制の多民族国家となった。

政治[編集]

1971年からシリアは独裁体制に入る。独裁体制に入ってからというものの大統領は全てを統治するようになる。ところが司法権に関してはヨーロッパという意思がまだあるからなのかフランス式を採用、国民に「一応ヨーロッパなのだな」という意識を植え付けている。また軍事はこの国の主な産業であり、他国をつぶすためにはゲリラに資金援助を惜しまないという積極的な姿勢を見せている。空軍が主であり、徴兵制も敷かれている。ロシアとの結びつきが強いため、アメリカ文化を追い出そうとしている。この動きは欧米としては異色だが、欧米の特徴とされるケンタッキーがあるところはヨーロッパらしさをアピールするためとも言われている。

絶えぬ火種[編集]

この国は難民を多く受け入れたりするからか、多民族国家として名前を馳せている。主はスンニ派のアラブ人だが、他にはトルコからやってきたクルド人、イスラエルから追い出されたキリスト教アラブ人、イスラム教少数派のアラブ人もいるなどいじめられっ子が集まっていることもある。その影響か、この国は何か事件があるとしたらクーデターもしくはクーデター、他にはクーデター、あとクーデター、最後に内戦である。この衝撃のクーデター率はロシアも舌を巻くほどであり、空前絶後と言って過言ではない。その原因は国そのものの運営から人種差別まで多岐にわたり、クーデターに対処するという行為はすなわちモグラ叩きを敢行することと同じことになる。その結果この国は内戦を無視する方向になっている[5]。この対策はヨーロッパに有るまじきと言われているが、欧米の人々は「どうせアジアでしょ?」とたかをくくっているのもまた事実である。

風習[編集]

この国には、拳銃はもちろん、自動小銃が広く出回っており、ラマダン明けなど、お祭りのときには、空に向かって実弾を撃ちまくる習慣がある。 いくら直撃ではないとはいえ、頭上から実弾が降ってきて、毎度の事の様に、死傷者が出ている。怪我をしたくなければ外出は避けたほうが良いだろう。


関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ これが一度目であるが、唯一正しい方法によって反乱を起こした。
  2. ^ たった三ヶ月であった。
  3. ^ ただし、ヨーロッパになったので国民は満足。
  4. ^ この時の国民は「アラブになった」と憤ったという。
  5. ^ ただし、大統領が引き下ろされる事態になったら勿論対策するのだが。



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