ジャンヌ@ダルク

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ジャンヌ@ダルク(Jehanne@Darc,ユリウス暦 1412年1月6日 - 1431年5月30日)はフランス国民的英雄であり、魔法少女である。

ジャンヌ@ダルク

目次

[編集] 生い立ち

ジャンヌは1412年1月6日にフランスのロレーヌ地方に生まれた。一日中原っぱを駆け回り、お空に浮かぶ雲や木の上で鳴く小鳥さんとお話をして過ごす、かわいいけれどとてもとてもあれな女の子だったという。インターネットにはまってからは、「ジャンヌ@ダルク」と改名し、自分は魔法少女ではないかと思うようになった。

その頃フランス北部(ノルマンディー)は、ブルゴーニュ派と連合したイングランドに占領されており、1422年以来国王が不在だった。

[編集] 覚醒

ジャンヌは1425年初めて「oracle」を聞いた。彼女によるとそれは聖女カトリーヌとマルグリットと大天使ミカエルの声で、「オルレアンの包囲を解き、フランスを救いなさい。そうすればあなたは聖なるステッキを手に入れ、魔法少女ジャンヌ@ダルクとして生まれ変われるのです。」と言ったという。ジャンヌは「oracle」に従い1428年5月にヴォークルールの守備隊長ロベール・ド・ボードリクールの元を訪れ, 「オルレアンの包囲を解いて!お願いっ!」とかわいらしく頼んだが追い返された。

彼女を一目見た男たちは口々に言う。「とにかくツインテールで可愛かった、あんなに猫耳が似合う幼女は他にはいない。」と。

ジャンヌが面会を求めているとの知らせを聞いたシャルル7世は、生意気な百姓娘を困惑させようと小芝居を打つ。側近たちの中に紛れて王太子らしくない服装でジャンヌの前に現れたのだった。ジャンヌは困惑するどころか得意満面で己の痛々しい推理を披露し、たまたま自分の一番近くにいた側近の腕をつかんで「シャルル七世はあなたね!」と叫んだ。もちろんとんだ見当外れであり、それを知ったジャンヌは赤面して黙り込んだ。それを見て大いに興奮したシャルル7世は「二人きりで話をする」と言って側近たちを遠ざけ、ジャンヌとともに自室に篭った。数分後に出てきたシャルル7世は実に晴れ晴れとした顔をしていたという。ジャンヌは後の処刑裁判でこの時のことについて証言しなかったため、現在ではどのようなことがあったのかは不明である。いずれにせよ、シャルル7世はこのことによりジャンヌを信用するようになった。ジャンヌを疑っていた聖職者たちも、ポワティエで3週間に渡り会議室に閉じ篭って審理した結果、ジャンヌを認めた。

[編集] 活躍

1429年4月、ジャンヌはロワール川沿いの都市オルレアンに向けて出発した。当時オルレアンはイングランド軍に包囲されていた。ジャンヌはオルレアンの総司令官であったジャン、後に熱心な支持者となるアランソン公、オルレアンの隊長ラ・イール、変態紳士ジル・ド・レイたちとともに、イングランド軍と戦った。勇猛果敢に丸腰で突撃したジャンヌは左肩に矢を受け、「ぎゃああああっ!死んじゃうよおおお!」と泣き叫び、地面をのたうち回った。ジャンヌは「人殺したくな~い」とほざいていたにもかかわらず、戦場においてテンションが上がり過ぎ、軽率な行動に出たのだった。傷の手当てを受ける際、ジャンヌが「痛くしないで…お願い…」と涙を浮かべて懇願するのを見て、オルレアンの兵隊たちの士気は一気に上がった。その1ヵ月後にイングランド軍が撤退し、オルレアンは7ヶ月以上に渡る包囲網から解放された。

その後、ジャンヌはランスでシャルル7世の戴冠式を挙げることを強く主張した。ランスまで行くにはイングランド軍を打ち破らねばならず、反対する者もいた。厳しく非難されたジャンヌは、床にぺたんと座り込み、両目にかわいらしく手を当てて大声で泣き始めた。そして最終的にジャンヌの提案は受け入れられ、シャルル7世はランスへと向かった。道々で多くの都市を傘下に入れ、1429年6月18日のパテーの戦いで大勝利を収めた。これによりランスへの道が開け、1429年7月17日にシャルル7世はランスの大聖堂で戴冠式を挙げ、めでたく正式なフランス国王となった。これによってジャンヌの「oracle」であるオルレアンの解放とランスでの戴冠式の両方が成し遂げられたことになる。

[編集] 最期

ジャンヌ最期の咆哮

戴冠式の後、ジャンヌはパリ奪回に失敗し、いいかげんこのあれな女の子が邪魔になってきていたシャルル7世は彼女を見捨てる。ジャンヌは次第に周りから無視され、宮廷内で孤立するようになる。 1430年5月23日、ジャンヌはコンピエーニュでフィリップ善良公のブルゴーニュ軍に捕えられる。その後、イングランド軍に身元が引き渡され、同年12月24日にルーアンのブーヴルイユ城に監禁される。

1431年2月21日、ルーアンで異端審問裁判が開かれたが、彼女はどんな質問に対しても「もくひけん!もくひけん!」と叫ぶばかりで、その姿は裁判に携わった全ての人々をいらつかせた。同年5月30日朝、異端者として教会から破門され、念願かなって彼女は魔女となった。しかし同時にイングランド軍による即時死刑を宣告されて、彼女はローストビーフにされることとなったのである。点火されるまでのジャンヌは、「火の勢いが強くなる直前に華麗に縄抜けしてみせる。天功を越えてやるんだから!」と自信たっぷりに語っていたと記録されている。灰となったジャンヌはセーヌ川に流され、あっちの世界へと旅立っていったのである。

[編集] 関連項目


この項目「ジャンヌ@ダルク」は、先人によって冒頭部が作られ、代々伝えられてきた物語のほんの序章に過ぎない、始まったばかりの項目です。これからの本当の物語の綴り手は、あなた自身です。 (Portal:スタブ)
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