ジョン・ケージ

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動: 案内, 検索
ジョン・ケージ。吸引用仔猫を前に満面の笑みを湛えている。
Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディアの専門家気取りたちが「ジョン・ケージ」の項目を執筆しています。
「無限の徴収の可能性を、私たちに与えて下さった神に、感謝を。」
ジョン・ケージ について、JASRAC

ジョン・ミリセント・ケージ(John Millicent Cage、1912年9月5日 - 1992年8月12日)は、20世紀アメリカ作曲家である。

目次

[編集] 概説

ジョン・ケージは、その代表作『4分33秒』の作曲者として全世界的に有名であるが、他の数多くの現代音楽の作曲家と同じように、ケージもまた“変態”であった。彼は、奇妙で珍しい“音楽の断片”らしきものを適当に作って提示し、それを演奏者の即興的な判断や、あるいは乱数表や風の流れなどの予期できない要素によって“演奏”させるという、適当かつデタラメな作曲技法を駆使して大成した。この功績により、「偶然性の音楽」あるいは「不確定性の音楽」などと呼ばれるものの第一人者として知られている。

彼の作品の多くは、色々な意味で“理解可能な音楽から超越している”とみなされており、その評価は、彼が亡くなった現在においても、なお揺るがないものとなっている。

以下、彼の生涯について、時系列順に説明する。また、主要な作品についても併せて記す。

[編集] 生涯

[編集] 幼少期

ケージの両親は、早くから彼の才能を見出していた。彼は生後6ヶ月で既に、約156秒間全く動かないという伝統的な踊りを独学でマスターした。ケージはこれを改良し続け、1歳の頃には、彼は8時間のショーを毎晩行うようになり、そのチケットは毎晩完売であったという。

しかし、大衆が、ケージが“馬鹿の一つ覚え”をしているだけだと気付くには、長くはかからなかった。彼は自らの踊りの複雑さを忘れ始めたため、それに伴って新鮮さもまた失われていった。彼はしばしば舞台上で引っくり返って眠ってしまったり、あるいは欠伸(あくび)や伸びをすることさえあった。人々はやがて彼に会いに行くのを止め、彼が2歳になる頃には、大衆は彼のことを忘れ去っていた。

ケージの3歳の誕生日のこと。夕食の後で、ケージの父親は彼に3歳の誕生日プレゼントとして、1通の封書を渡した。早速開封して中の手紙を見た彼は驚いた。もしもケージが、半年以内に何らかの成果を挙げ、収入を得られるようにならなければ、父親は彼を家から追い出すというのである。

まだ3歳になったばかりのケージは取り乱し、ナイフフォークテーブルを規則正しく叩き始め、更に足で床を踏み鳴らし始めた。それは5分間続いた。父親はこのパフォーマンスに驚き、剰えこれに魅了され、すぐにこれを録音して、当時契約していたテレビ局の音楽プロデューサーに送った。これが、後に多くの人々によって愛されることとなる『ナイフとフォークのための協奏曲 第1番』であり、彼はこれによって、音楽界の“次世代の大物”としての名声を得た。

『ナイフとフォークのための協奏曲 第1番』以降数年の間、彼は、それまで誰も用いたことのない楽器音程調性記号――例えば、「*」(トリプルシャープ、重々嬰記号)という新たな変化記号や、負の数を用いた速度指定など――を用いて、数々のヒット作を世に出し、名声を欲しい侭にした。

[編集] 10代 - 「おまかせ作曲」の確立

10代半ばになると、彼のコンサートは変わり始めた。当時、ケージの作品のコンサートに金を出していたのは、暇を持て余した金持ちのおばちゃんが主であった(その一部はケージが誘惑したとも言われている)。彼と彼の会計士は、自分たちをもっと金持ちにするために、コンサート以外の手段でも収益をあげる方法や、コンサートの運営費用(これには作曲に関わるコストも含まれる)を抑えるために毎日話し合った。

彼らがこの時代に考案し実施した企画は数多いが、その代表的なものは、エリック・サティ(1866年-1925年)の真似と応用である。サティは、それまでのクラシック音楽作品の命名規則を破壊し、『ヴェクサシオン(嫌がらせ)』、『梨の形をした3つの小品』、『犬のためのぶよぶよとした前奏曲』などの様々な題名の曲を遺しているほか、「かんたん作曲」と呼ばれるローコストな作曲技法を確立させていた(詳細はエリック・サティの記事を参照のこと)。

もとより“正統な”音楽教育など受けていないケージであったが、サティの作品を改めて学び直すことにより、「かんたん作曲」を更に拡張した「おまかせ作曲」という技法を確立した。これは、適当にそれっぽく作った“音楽の断片”らしきものを何枚か提示し(ひどいものは1小節しか無かったという)、それを演奏者の即興的な判断や、あるいは乱数表などの予期できない要素によって“演奏”させるという、どう贔屓目に見ても適当かつデタラメとしか思えない、極めて画期的な作曲技法である。

この「おまかせ作曲」は、その後のケージの作風の殆ど全てを支配するものとなった。また、この技法で手間も費用も最小限に抑えることにより、彼の収入は着々と増加していった。しかし、富裕になったことで無駄に使える金が大幅に増大したものの、まだ10代だった彼は金の使い方がわからなかったため(両親や会計士はそこまでの指導はしなかったらしい)、ブローカーに勧められるままに仔猫を買うようになり、やがて仔猫吸引中毒になっていった。

更に、適切な治療が行われなかったことから、彼の健康は悪化の一途を辿り、15歳頃には獣耳中毒(yiff)にも罹ってしまった。これらの病気は彼の精神にも影響し、提示される断片も“投げやりさ”や“暗さ”を含むものが多くなっていった。

(※獣耳中毒(yiff) - 文字通り、獣(けもの)の耳(一般的には猫耳)が無ければ生きられなくなる病気。全世界で数千人が罹患しているとも言われるが、日本においては病気としての認知さえされていない。詳細はen:yiffを参照のこと。)

[編集] 20代 - 楽器の破壊

『引っくり返ったピアノのための音楽』の生演奏の様子。

しかし、彼の精神状態は、彼の作曲活動を止めはしなかった。20代の頃から、彼のなかには“世界で最も悪い音楽”を作りたいという止め処ない衝動が沸き起こっていった。彼の作曲ペースは倍増し、その作品は着実に悪い方向へと進んでいった。

この頃から、ケージは既存の楽器に様々な改良を加えるようになるが、それは傍から見れば改良ではなく“破壊”とか“憎悪の噴出”といったものであるように見えた。例えば、ハープ奏者にニッパーを持たせて舞台上に上がらせ、乱数表に従って47本の弦を全て自ら切らせる『死にゆくハープのためのセルフ・レクイエム』、聖歌隊から連れてきた10代のソプラノ歌手を、自分と2人で二重唱をすると騙して舞台上に上がり、前触れなく相手を押し倒して服を脱がせて行為に及ぶ『二重唱のための交響詩「生殖」』など、その作風には明らかに病的なものが潜んでいた。

何の罪も無いピアノの弦に、釘を挟み込んで作られた“プリペアドピアノ”。釘で弦が削れてしまうので、演奏終了後には弦を張り替えねばならない。

この頃破壊改良した楽器として有名なものに、「プリペアドピアノ(Prepared piano/準備されたピアノ)」がある。右に掲げた『引っくり返ったピアノのための音楽』のように、広義には既存のピアノに何らかの加工(≒準備)を加えたものを言い、各楽曲ごとに、どのようにピアノを加工すれば良いかが細かく指定されている。大抵は、弦に何らかの異物(フェルトピッコロトライアングル禁則事項ですなど)を挟み込むことが多いが、「白い液を掛ける」、「事前に自分ので舐める」、「押し倒す」などの場合もあり、この場合は演奏終了後にピアノは破棄せざるを得なくなる。

他にも、演奏のたびに楽器が使い物にならなくなることは多く、新曲の発表や再演などがあるたびに、楽器代が嵩むようになってきた。が、既にケージの楽曲はマスメディアでも多く取り上げられるようになっており、上演料や楽曲使用料などによる収入も多かったことから、財政的な問題は全く無いといえた。かくて、ケージは“作曲”と称して様々なものの破壊を続けていったのである。

(※なお、ケージはこれらの行為について、あくまでも楽器の“改良”もしくは“新たな演奏法”であると称していたが、この手法は多くの分野に影響を与え、後世においては自らの行為を“楽器の破壊”であると明言しての藝術活動を行う者も現れた。自称・現代美術家でケージとも親交があったナム・ジュン・パイク(1932年-2006年)はその代表的な存在であり、彼はコンサートにおいて数多くの楽器を破壊そのものを目的として破壊している。)

[編集] 30代 - 偶然性への傾倒

破壊傾向の強化と並行して、「おまかせ作曲」もまた彼は進化させていった。乱数表だけでは飽き足らず、温度計湿度計風力計などのさす数値、複数個のダイスを振って出た数値、客席の人間の人数や、昨夜の深夜アニメの視聴率、任意のブログコメント数や炎上率など、可能な限りのデタラメを追い求め、様々な数値を作曲に導入していった。

この頃の作品で最も有名であり、かつ最も当時のマスメディアを賑わせたものは、舞台上にCDラジカセを持ち込んで、他人の楽曲のCDをそのまま流し、予め用意した乱数表に従ってCDラジカセを叩くことで音を乱れさせる『○○(作曲家名)の主題と正20面体ダイスによる「音飛び」』である(○○のところには、その都度演奏で用いた楽曲の元々の作曲家名が入る)。これははっきりいって、作曲というよりは編曲、いや、盗作寸前と言っても良い作品であり、物議を醸すことになった。しかし、あるテレビ局からの質問に、ケージは毅然としてこう答えた。


 「それでは、あなたはグノーの『アヴェ・マリア』や、ラフマニノフの『パガニーニの主題による狂詩曲』についてはどう思われますか? あるいは、日本の平原綾香の『Jupiter』や、音楽ではありませんが佐藤秀峰の『ブラックジャックによろしく』などはどうですか?
 クラシック音楽の歴史のなかでは、他人の作品の引用や模倣は数多く行われており、それが伝統というものなのです。私の作品もまた、この流れに基くものです。」


冷静に考えればどうみても詭弁なのだが、このコメントがあまりにも堂々としていたため、マスメディアや大衆は全員騙されてしまった。また、使用に当たっては所定の楽曲使用料を適法に支払っていたこともあり、その後はケージが他人の作品をどのようにアレンジしても、それを盗作だと謗る者はいなくなった。

なお、中国や日本などアジア圏の国々において特に有名な、乱数生成に「易経」を用いた『易の音楽』が作曲されたのも、この頃のことである。

[編集] 40代 - 『4分33秒』

『4分33秒』の最も有名なフレーズ(ヒギンズによる編曲版より抜粋)。アメリカでは毎日のようにラジオで流れており、この曲を知らない者はいないといって良い。

“世界で最も悪い音楽”を作りたいというケージの願いは、年を経る毎に深さと具体性を増してゆき、40代になるとそれは「この世が始まってから滅ぶまでの、過去と未来を通じた藝術の歴史のなかで、絶対的に最悪である楽曲」というように、もう何だか取り返しがつかないところまで達していた。

しかし、一方で彼は、自分が今までに作ったいかなる楽曲も、まだ到底そんなレヴェルに届いていないとも考えていた。

ただ悪いだけ、ただ嫌なだけの音楽ではダメだ。
音楽それ自身、いや、藝術それ自身への、最大の侮辱となりうる何か…。


1951年のその夜は、雪が降っていた。
交通はマヒし、出歩く者は誰もいなかった。家の周り、いや、ケージの周り全てが静かだった。
ケージは一人で自宅にこもり、机に突っ伏して眼を閉じたまま、
だだっ広い静寂の中で、今まで何度と無く考えてきた疑問に、また改めて取り組んでいた。


何も、聞こえない。



一瞬。



そこに、何かが、あった。



彼は机から起き上がると、紙に、大きくただひとこと、「TACET」とだけ記した。

Tacet、即ち休止しかない音楽――、いや、音楽の要素である「音」を禁止し、完璧に排除した音楽――。

これこそ、絶対的に最悪な音楽だと言えるのでは無いだろうか。


こうして、彼の生涯において代表作となる、『4分33秒』が誕生したのである。

この後、ケージは、この楽曲を演奏させるための、もっともらしい理由(彼は“最悪な音楽”への衝動を誰にも話していなかった)をでっち上げたり、演奏に必要な人材を確保するなどして、初演に臨んだ。(なお、初演の様子や、演奏方法などについては、アンサイクロペディアでは別途『4分33秒』の記事を設けているので、こちらをご参照頂きたい。)

幸か不幸か、『4分33秒』の初演は大成功を収めた。批評家たちはこの曲に対し、「“音楽定義”というものへの、大胆かつ豪快なアプローチである」「の精神の発現だ」などと絶賛した。


しかし、無事に初演を終え、その後も全米各地で何度も再演され続けた『4分33秒』は、彼を、取り返しのつかない狂気へと追い込む原因となった。彼の耳の中では、この楽曲がエンドレスで繰り返され、それは彼の意志では止められなくなったのだ。

仕事中であっても、食事中であっても、誰かと話したり電話をしている時であっても、彼の耳の周りで毎日24時間休まずに演奏され続ける『4分33秒』。彼は、とうとう眠ることさえできなくなった。

彼は両手で耳を塞いだが、それでもなお「曲が止まらない! 誰かこれを止めてくれ!」と喚き続けた。彼は往来で、何か曲を口ずさんでいる人を見つけては、手当たり次第にこれを攻撃した。曲を口ずさむという行為自体が、彼を馬鹿にしているように思えたのだ。

[編集] 40代以降

ケージの後半生の大半は、アルカトラズ島刑務所で費やされた。収監理由は、彼が、絶対的に最悪である楽曲を作曲しようと試みたことが発覚し、これが“音楽に対する罪”とされたためである。

彼は終身刑に処せられたが、70歳にして脱獄に成功する。山田花子の扮装をさせたフレンチホルンに、ニトログリセリンを満たして火を点け、刑務所じゅうを彼の“音楽”で一杯にすることで、看守の眼を逸らして逃げ出したのである。

故郷にほど近い田舎町に逃げたケージは、そこで一人で余生を送り始めた。しかし彼は、刑務所から逃げることはできたものの、30年以上に渡ってなお彼の頭の中を回っている『4分33秒』から逃げることはできなかった。

そして、余生において彼がすべきことは、生きるための最低限の労働――収監前の蓄えは現金で安全な場所に隠してあったので、生きているうちに金が尽きる心配はほぼ無かった――を除けば、作曲しか無かった。


この時代の代表作には『A G N U S D E I Q U I T O L L I S P E C C A T A M U N D I D O N A N O B I S P A C E M』(邦題:『かみさま わたしに へいわを ください』)がある。この作品は無伴奏のバリトン独唱曲であり、ただただタイトルの語が何回も何回も繰り返される(譜面では「世界が終わるまで繰り返せ」と指示されている)、それだけの、しかし、彼の作品のなかでは最も“祈り”に満ちた曲である。

彼はこの曲を、名前を偽って、近くにあったキリスト教系の幼稚園に献呈した。もちろん、「世界が終わるまで」などという指示には従い得ないが、幼稚園の職員たちはこの曲にいたく感銘し、この曲を宗教教育の一環として用い、園児達に毎日歌わせるようになった。ケージは時々幼稚園にやってきては、園児達がこれを歌うのを、涙を流しながら眺めていたという。

この曲は、彼にとって唯一の宗教音楽であり、そして、それが、生前に発表された最後の作品となった。


更に10年の月日が経ち、老いたケージは、ついに耐え切れなくなった。彼は拳銃を二丁購入し、両手に一丁ずつ持つと、それぞれを左右の耳に向けて同時に撃った。

そうして、彼は自ら命を絶った。80歳の誕生日を間近に控えた、1992年の夏の暑い日のことであった。


[編集] 『130億年』

ケージの死後、遺書から、遺作となった『130億年』が発見された。

『130億年』は、“全宇宙”において“リアルタイム”に発生する、あらゆる“音”と“静寂”によって構成されている。この作品は、「絶え間なく自然に発展し続ける無限の構成」という技法で書かれており、現在も――そして、永遠に――演奏され続けている。


1990年代後半になって結成された環境圧力団体「神なるジョンケージの兄弟(BJCD、The Brothers of John Cage the Divine)」は、この『130億年』という雄大な楽曲の“演奏(performance)”について、広く普及活動を行っている。彼らは、宇宙が現在直面している危機や、終わりの見えない拡大、前触れのない超新星爆発、そして、未だその正体のわからない“暗黒物質(Dark Matter)”などについて、大衆が関心を寄せることを望んでいるのだという。

BJCDの広報担当者は次のように語っている。「現在、メディアが注意を向けているのは、地球が面している問題だけですが、これらの問題は宇宙に原因があるのです。私たちは、このユニークかつ歴史的な作品を演奏することにより、今まさに私たちの足元まで迫っている、宇宙規模での大いなる禍(わざわい)について、1人でも多くの方に知って頂くことを願っています。」


勿論、ケージの意図は、そんなものではない。

彼は、宇宙の全ての事象を音楽にすることで、全ての人間を音楽の中に取り込み、あらゆる人間の耳を音楽で満たそうと試みたのだ。

そしてその試みは、きっと、成功している。





いま、この記事を読んでいる、あなたの耳の傍でも、


ほら、音楽が鳴っていませんか?










[編集] 関連項目

ケージの作品

同時代の作曲家など

  • エリック・サティ(1866年-1925年)
    ケージよりも少し前の時代のフランスの作曲家。上述のように、作品の命名規則を破壊したことや、「かんたん作曲」の技法を確立したことなどで知られる。
  • セルゲイ・ラフマニノフ(1873年-1943年)
    ケージよりも少し前の時代のロシアの作曲家。数学的にはケージと真逆の存在であるとされるが……。
  • ラ・モンテ・ヤング(1935年-)
  • テリー・ライリー(1935年-)
  • スティーヴ・ライヒ(1936年-)
  • フィリップ・グラス(1937年-)
    いずれも、ケージよりも少し後に生まれたアメリカの作曲家。全員存命。4人で徒党を組み、ミニマル・ミュージックという手法で全米のあらゆる演奏家を発狂に追い込んだことで知られる。
    ちなみに、ミニマル・ミュージックの曲は、どれもこれも皆同じように聞こえるため、譜面に記されている作品名と作曲者名を見なければ各曲ごとの区別が全くできないが、誰も気にしない
  • ナム・ジュン・パイク(1932年-2006年)
    韓国系アメリカ人で住所不定の、自称・現代美術家。ケージ本人とも親交があり、自らの行為を“楽器の破壊”であると明言し、コンサートにおいて数多くの楽器を破壊そのものを目的として破壊したことで知られるほか、美術・工芸・工業などの分野においても数々の破壊活動を行った。(なお、いくつかの国の警察機関が彼を何らかの容疑で手配していたが、彼は生涯にわたり一度も逮捕されることは無かったと言われている。)
  • Category:作曲家
    その他の作曲家についてはこちらを参照。

[編集] 外部リンク

  • John Cage - Kamelopedia
    ケージの数多くの楽曲について、その楽譜を無料で公開しているサイト。著作権の関係からか、1回に表示される楽曲は1曲のみとなっており、リロードする度に別の曲がランダムで表示される。


この記事は、en:John Cageから翻訳されたものです。

個人用ツール
View and edit namespaces data

変種
操作
案内
編集者向け
姉妹プロジェクト
ツールボックス
他の言語