スパルタ

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スパルタとは、古代ギリシア世界に栄えた原始共産制ポリスにして、今を生きる全世界の人権侵害犯ヲタク集団にとっての理想郷である。

社会[編集]

珍しく衣服をまとっているスパルタ市民

スパルタの全男女は18歳になると、男女を問わず2年間軍隊で集団訓練した。もちろん、古代ギリシアの伝統に従い、訓練するときは裸体である。アテネなど他のポリスでは男子だけが裸体で訓練したが、スパルタでは女子も同様に裸体で戦闘訓練を行った。街中でもそれは徹底され、スパルタではいつでもの女を拝むことができた。世の厳父たちは裸体にみとれ、ギリシア世界では異例のことに、女子に高レベルの市民権を与えた。そう、スパルタは文明世界の中で初の「ジェンダーフリー」国家だったのだ。

経済[編集]

土地の売買・譲渡・分割相続が厳禁された原始共産体制だった。スパルタでも、民主主義の主体たる市民(ぺリオイコイ)と奴隷(ヘイロイタイ)との間の溝は深かったが、土地売買を禁止して平等感を形成しようとしたのだ。土地を売った者は罰として裸の女性がうろつきまわるスパルタの街から永久追放されるというより重い刑罰を受けた。

教育[編集]

要はこういうことである。車は馬車のことだろう。

全ての赤子は生まれて1時間後に、生母の手で大きなに叩きつけられる。それに耐えた者だけがスパルタの民となれた。

毎日親に鞭でしごかれながら7歳になると、親元から強引に引き離され、同年代の者だけで集団生活した。もちろん、大きな人々の厳命により男女を問わず常に裸体である。子供は丸暗記の詰め込み方式で読み書きを習うと、早速戦闘訓練に入り、敵対ポリスの攻略作戦にも参加した。ここでもし負けて帰ろうものなら、母親が飛んできて自分の子を棍棒で撲殺した。プラトン等これを目撃した他のポリスの男たちは、「女が社会を支配すると、民主主義の否定された恐怖社会がやってくる」と震え上がった。これこそ全女性がなかったことに(スルー)したがるフェミニズムの真の起源である。

西洋史において女性参政権がなかなか認められなかった背景には、こうしたスパルタ女の大暴走の存在が大きいといわれる。

その後[編集]

史実によるスパルタ体制とは、上に挙げたようなことが平然と行われていた共産社会だが、後期になるとスパルタも資本制を取り入れたため、貧富の格差が拡大して社会分裂が進み、6世紀までに消滅した。しかし、スパルタの制度は「心配していたことにすれば、どんな非道な行為をしても許される」という思想[1]となって生き残り、今日まであらゆる悲劇を全世界で巻き起こしている。

一部例外はあるが、こうした「スパルタ主義者」は上に挙げたような女性の地位を認めなかったため、厳しさだけが売りとなった。この思想を奉じる者の発言録に、反省謝罪という言葉は存在しない。それは敵から引き出すための言葉に過ぎないからだ。

そのため、当時のスパルタ市民が現代にタイムスリップして「スパルタ式教育」なるものを受けると、辺りに裸同然の格好をした女性がいないのをみてがっかりし、「こんな色気のない奴らがスパルタ式などと僭称しているとは。さよなら、絶望した!」と叫ぶことは間違いない。軍事訓練させれば、裸同然の女兵はいないのかと文句ばかり言う。原始共産体制だったので、資本主義経済にまるで溶け込めない。古代ローマの風呂職人が現代にタイムスリップしてきてハーハーする作品が受けるのなら、スパルタの民をタイムスリップさせてこんなシーンを描きこめば大ヒットは間違いないだろう。

20世紀以降の世界史的展開[編集]

20世紀はスパルタ体制の流れを汲む共産主義体制下で特にスパルタの亡霊が暗躍した。共産主義体制ではその理念が「社会主義リアリズム」としてあらゆる生活の場面で取り入れられたが、原始共産制の血を引くスパルタ主義の厳父たちはそこにつけ入り、リアリズムに叶わぬ者は「人民の敵」として抹殺しても良いとの思想をスターリン毛沢東ポル・ポト金日成などに吹き込んだ。その結果、外部者にとって共産国家は恐怖の的となり、ソ連は1世紀も持たずに瓦解した。しかし、スパルタ主義者は反省せずに素早く市場原理主義者に転身し、あらゆる歴史上の責任を自分が粛清した「修正主義者」と自分が信奉していた共産主義思想に押し付けて、人民裁判を免れた。今世紀彼らは市場原理主義を新たな信奉対象にして、次々とグローバル企業を恐怖政治の下に置いている。

今日ではイスラム国家や独裁国家の拷問官にスパルタ思想の崇拝者が多い。拷問の中身をよくみると、いかに絶対とされた思想の名の下でヘンタイ行為や小学生も信じない妄想が横行しているかがわかってうんざりするが、これはスパルタ思想を奉じる拷問官の真の思考レベルを表している。

日本での展開[編集]

20世紀の日本においてスパルタ主義者はまず軍国主義者となった。そして、「悪事はすべて朝鮮人の自作自演」と唱えながらアジアであらゆる侵略行為を働き、アメリカの手で退治されたが、マッカーサー米国の忠犬になると誓って許された。マッカーサーの「日本人は青二才」発言はこれを評したものである。

戦後は特に武士道の体育教師となって活動した。彼らはバレーボールを特に神聖視し、女子生徒にブルマを全部見えるようにしてはき、泥だらけで練習するよう強要した。これは長く忘れ去られていたスパルタ精神の原点に回帰する動きである。しかし、人を殴ることさえ躊躇する「偽フェミニスト」が啓蒙活動でブルマを教育現場から一掃すると、彼らはジャパン・クールなる概念に目覚め、喫茶店などで女子店員の接客態度を厳格に監視することを本業とするようになった。彼らは店員の態度が悪いと見るなり窃盗を働くが、自分たちは女性の権利を守っているだけだと主張している。

おっと、そんな彼らからメッセージが届いたぞ。

アンサイクロペディアン諸君、君達も体を鍛えて右翼思想を奉じ、子供に厳格でいれば、どんなに中二病と呼ばれる行為をしても、アホな民衆から英雄とたたえてもらえるぞ。都合の悪いことはみんな大人しい奴になすってしまえばいいんだ」

これを聞いた健全なる市民の声

「時代の流れに乗り遅れ、国を真に滅ぼす者が最後にすがるのは、愛国心とスパルタ精神っていうけど、ホントだね」

脚注[編集]

  1. ^ この思想、別にスパルタ固有という訳でもないのだが、それを指摘すると殺されかねない

関連項目[編集]

Wikipedia
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