スマイリーキクチ

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動: 案内検索
Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「スマイリーキクチ」の項目を執筆しています。

スマイリーキクチ(1972年1月16日-)は、日本ウェブ芸術家である。2009年2月に、これまで誰も為し得なかった新形式のパフォーマンス『どうもありがとう』を発表・上演し、その名前を日本全国に広く轟かせた。

本記事では、彼の経歴と、処女作『どうもありがとう』について、それぞれ簡単に解説する。

経歴

お笑い芸人時代

キクチは当初、1993年にお笑い芸人としてデビューし、太田プロダクション(太田プロ)に所属して主に漫談などの活動をしていたという。長らくマスメディアでの露出は少なく、言わば“知る人ぞ知る存在”であったらしい。当時、テレビ朝日系のお笑い番組に出演していたとも言われているが、何分もう25年も前のことであり、現在では、当時のことを覚えている者は誰一人としていない。“お笑い戦国時代”とも言われる現代日本においては、毎年何百組ものお笑いグループがデビューしては消えてゆくため、いちいち一組一組のことを憶えてなどいられないのだ。

1993年のデビュー当時は、友人と2人でのお笑いコンビ「ナイトシフト」として活動していたが、翌1994年にはコンビを解消、以降は現在までピン芸人[1]として活動している――とされているが、それも、太田プロの公式サイトとウィキペディアにそう記されているだけである。実際のところは資料もなく不明であり、本人にでも取材しない限り検証不可能であると言って良いだろう。
ピン芸人になってから数年間は、テレビ番組『ボキャブラ天国(withなっちゃん)』でつぶやきシローと人気を二分していたとの説も一部では流れているが、当時の映像や動画は既に散逸してしまっているため、やはり検証不可能である。また、この番組の終了後、キクチはあっという間にテレビから消えてしまい、同時に、人々の記憶からも姿を消すことになった。爆竜戦隊アバレンジャーに出てたけどね。(もしも読者のなかに、当時のキクチについて記憶している方がいらっしゃるならば、ぜひこの記事に加筆して頂きたい。)。

長らく鳴かず飛ばずであったキクチであるが、2004年前後は物真似芸人としてややヒットした。何でも、当時人気の高かった「ヨン様」ことペ・ヨンジュンに顔が似ていたため、テレビ番組などでヨン様の物真似をするよう求められるようになったのだという。
なるほど確かに、有名な事物の物真似をすることによって、物真似タレントの知名度もまた上昇するという場合もあるだろう。美川憲一の物真似で広く知られるようになったコロッケや、額に黒子(ほくろ)を付けた千昌男の真似で知られるコロッケフランス料理のクロケット(croquette)を真似たコロッケなど、前例は枚挙に暇が無……あれ、他にはいないんだっけ。

ともかく、キクチはヨン様の物真似によって、2004年にはその知名度を大きく高めたのだそうである。が、何分もう14年近くも前のことであり、当時のことはもう現在では誰も覚えていないといって良いだろう。当時随一の有名人であったヨン様のことを記憶している者はいても、その有名人の真似をしているだけの者は、そう何年も先までは記憶されないのだ。

ヨン様ブームが去った2005年頃から、キクチは、芸人としての自分に限界を感じ、活動方針の転換を真剣に検討するようになったという。

災難を逆手に取る

ここで話は突然逸れるが、読者諸賢は、1989年に東京都足立区で発生した、女子高生コンクリート詰め殺人事件をご記憶だろうか。この事件そのものは、犯行に関わった全ての被告に対する判決が確定しており、法的な取り扱いとしては既に終了している[要出典]。しかし、インターネット上においては、この事件についての様々なが、1991年の判決確定から27年が経過した現在においても、なお飛び交っている。尤も、その多くは、実在の芸能人や著名人がこの事件に関わったとするもので、少し読めばすぐにデマだとわかるものが多い[要出典]

そのような噂のひとつに、キクチがこの事件に関わったとする説をとるものがあった。勿論、それはキクチの年齢や出身地などが、たまたま事件の被告の年齢層や事件発生地と一致するなどといった、ごく薄弱な根拠のみに基くものであり、全く信憑性のあるものではない[要出典]。しかし、2ちゃんねるなどの匿名掲示板の住人のなかには、この噂を鵜呑みにする者もおり、太田プロの掲示板やキクチのブログなどに“突撃”する者も決して少なくなかった。

こういった根も葉もない噂によって、掲示板が荒らしに遭ったり、ブログが炎上したりしてしまう場合、公式サイト等で噂について否定したうえで、掲示板やブログのコメント欄などは、騒ぎが沈静化するまで休止させるのが一般的である。実際、太田プロやキクチも、当初はそのような対応をとっていた。2008年4月には、太田プロの掲示板は荒らしを理由に閉鎖され、同年5月にはキクチ自身の健康上の理由によりブログも一旦閉鎖されている。

しかし、キクチは、これを逆手に取り、あるパフォーマンスをすることを思いついた。

当時既に、インターネット上における“釣り”は、数多くの名無しさんたちによって洗練されており、一種の芸術活動としての様相を呈しつつあった(見事な釣りに騙されたときの爽快感は、素晴らしい芸術作品を目の当たりにしたときの感動と同じ系統の感情である)。キクチは、自らの全身全霊を賭けて、誰もまだやったことのない大規模かつ斬新な“釣り”に挑むことにした。

それが、ウェブ芸術家としてのキクチの処女作『どうもありがとう』である。

『どうもありがとう』

『どうもありがとう』は、キクチが演じているパフォーマンスの作品名であると同時に、キクチの公式ブログの名称でもある。上演開始からは既に1年近くが経過しているが、現在もこのパフォーマンスはリアルタイムで演じられ続けている。

本作品を、その上演内容からどのように区分すべきかは、研究家の間でもまだ説がまとまっていない。ここでは、そのうちの一説である「3楽章説」に基いて区分して解説する。

第1楽章 - 悲劇のヒロイン

この“釣り”の構想を思いついたキクチは、まず、一時閉鎖したブログを再び再開させると、わざとブログのコメント欄に自由に書き込める状態にしておいた。当然ながら、ほどなくしてキクチへの非難や中傷の書き込みも再開され、ブログは日々「炎上」していると言って差し支えない状態に陥った。しかし、これは全てキクチの計算どおりであった。
実際にはキクチは、1989年の殺人事件には全く関わっておらず、また、噂そのものの根拠も極めて薄弱であることから、この噂によってキクチが逮捕されたり事情聴取を受けたりする可能性はほぼ皆無であった。キクチは、ブログがいくら炎上しようと、法的には安全だったのだ。

彼がお笑い芸人だった頃からのファンは、このブログの惨状を見て、いたく悲しんだ。また、ファンでない者も、非難や中傷をしているごく一部以外の者は、キクチを大いに哀れんだという。ここにおいてキクチは、自らを、根も葉もない噂によってブログが炎上してしまっている可哀相な芸人――言わば“悲劇のヒロイン”に仕立てあげることに成功した。

第2楽章 - 魚信」(アタリへの予感

2008年8月15日、キクチはブログ上で「事実無根の内容を書き込むのであれば、刑事告訴をします。」と予告したうえで、コメント欄はそのまま書き込みが可能な状態のまま放置し続けた。当時、個人ブログの炎上で法的な責任が問われた前例は、日本国内では全く無かったため、噂を信じている者たちの多くは、よもや自分に累が及ぶとは考えず、引き続きキクチのブログに非難や中傷などの書き込みをし続けた。

普通このような場合は、ブログの主が何の対応も取らずとも、ブログの運営会社(この場合はアメーバブログ)が、コメント欄への書き込みを差し止めたり閲覧を制限したりなどするものである。しかし、キクチのブログについては、そのような措置は全く取られなかった。これも当然ながら、キクチとアメーバブログとの事前の打ち合わせの成果であり、またパフォーマンスの一環である。

第3楽章 - 釣り上げ、そして釣果への賞賛

2009年2月、『どうもありがとう』は一つの山場を迎える。

キクチは警察に「名誉毀損」での被害届を提出し、これに基き警察はアメーバブログにアクセスログの提出を求めた。アメーバブログは直ちにこれに応じ、その結果、ブログを炎上させ続けていた男女18人は検挙され、書類送検されることとなった。

この事件は、「ブログの炎上」という現象が犯罪として立件された初の事例となり、2月5日から翌6日に掛けてマスメディアによって大きく報道された。
そうして、スマイリーキクチの名前は、お笑いファン以外にも広く轟いたのである。

2009年2月5日深夜、キクチは自身のブログにおいて、1989年の殺人事件とは無関係であること、長期間にわたって謂れの無い噂によって被害を受けてきたことなどを、改めて発表した。その記事も、やはり自由にコメントすることが可能な状態であり、キクチを労(ねぎら)ったり応援したりする好意的なコメントや、検挙された者たちを批判するコメントなどが、既に2000件以上寄せられている(2009年2月6日21:00現在)。

実に鮮やかな場面転換である。ここにおいて『どうもありがとう』は、短調から長調へと見事な転調を果たしたのだ。

第4楽章以降

2月6日21:00現在、『どうもありがとう』は、全てキクチの思惑どおりに上演され続けている。

ブログのコメント欄には、キクチの今回の対応を批判したりするコメントは、1件も寄せられていない。勿論、アクセス規制が掛かっているわけでも無ければ、NGワードが設定されているわけでもない。おそらく今後、未来永劫にわたって、キクチのブログに批判的なコメントが寄せられることは無いだろう。

勿論それは、これまで非難や中傷をしていた者が、全員検挙され書き込めない状態になったからだけではない。

「批判的なことを書き込めば検挙される」という前例が、一種の恐怖となって、ブログ全体を支配しているためである。


『どうもありがとう』は、この明るいメロディーの下に、底知れぬ恐怖を湛えながら、今後も当分の間は上演され続けることが予想されている。しかし、このパフォーマンスが、次の楽章ではどのように展開するのか、或いはいつまで上演され続けるのかなどについては、まだ確固たる説は唱えられてはいない。

しかし、たとえ『どうもありがとう』[2]の上演が明日終わってしまったとしても、この作品は、ネット社会における新たな芸術の形として――或いは、「釣り」と「恐怖」とを「ウェブ芸術」の域にまで高めた新たな試みとして――彼の名前と共に、永遠に記憶され続けることだろう。

祭りが終わった後の静寂

なお、現在、スマイリーキクチは芸術家としてそれほど世間的には評価されていない。つまり、この『どうもありがとう』だけしか当てられなかった一発屋ということになる。一方で、ブログを見る限り、さほど生活に困窮するほど芸術家としての活動が頓挫しているわけでもないようだ。

それでもいいじゃないか、複数の悪意を相手に、戦うことを強要される、生き地獄の苦痛さに比べたら、小さいけれど、安寧を手に入れられたのだから。

脚注

  1. ^ 原則として1名のみでネタを演ずる芸人のこと。博打用語で、漢数字の「一」を「ピン」と読むことから。
  2. ^ この作品名の『どうもありがとう』が「何に対しての礼なのか」については、かつては研究者間で意見が分かれていた。が、第3楽章の上演以降は、「釣られてくれて、どうもありがとう」という意味での解釈が、ほぼ通説となっている。

外部リンク


この記事については以下のようなことが主張されているようです。

  • この記事は誤りと嘘八百でいっぱいの百科事典であるアンサイクロペディアに掲載されています。ここにあるコンテンツはその全て、もしくは一部がフィクションですが、同時にそうではない可能性もあるなど、言うなれば「超フィクション」の状態にあります。つまり、全て嘘八百ということです!したがって実在する人物・事件・団体とは一切関係ありません!
  • ここにはあなたの社会的評価を害するに足る事実はありません!名誉毀損で刑事告訴しないでください!
  • あなたの社会的評価は全く傷付いておらず、損害は全く生じていません!損害賠償請求しないでください!
  • あなたの経済的評価を損なう危険は全くありません!信用毀損で刑事告訴出来ますが、時間の無駄です!
  • この記事を読んであなたが当局に逮捕されても、一切責任を負いません!
  • Akajisoshou.gifそのほかこの記事のために発生した損失や損害について、一切責任を負いません!