トヨタ・マークII

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マークIIとは、トヨタ自動車が開発した日本最速の4ドアセダン。正式名称は豊田・MK-II。大排気量のエンジンと素晴らしい旋回性能を兼ね備え、直線ではGT-Rに追いつき、コーナーではエリーゼを抜き去る。 6代目以降は「クラウンはちょっと・・・」や「カローラじゃ物足りない」といった日本人の中流意識をモノの見事に表現し、 特に車にこだわりの無い人ですらマークⅡにしようと思わせるほどホワイトカラーな車である。よく見る車体カラーも白が多い。歴史の稿ではその36年の軌跡に迫る。 余談ではあるが1/64サイズなどのミニカー化には全く恵まれていない。

エンジン[編集]

本稿では伝説となったJZX100、前期型について詳しく説明する。 トヨタ・スープラに搭載されているのと同じ1JZ-GTEエンジンを搭載しており、最高出力は280ps(カタログ値)である。しかし、チューニングショップで実測したところ、350~500psほどの馬力があることが判明した。500psを記録したのはタクシー装備の装着されたツアラーVで、トヨタ側はタクシー仕様のみ大型タービンを追加しているという事実が判明した。5代目以降は主に1G(直列6気筒ハイメカツインカム24バルブ)エンジンが主流である。

外観の特徴[編集]

普通の4ドアセダンとなんら変わらない平凡デザイン。しいて言うならば申し訳程度のリアスポイラーが着いている。タクシー仕様も販売されており、そちらは外見が低グレードのホイールを履いた安価版で、中身は大型タービンや専用サスペンションなど、走りの装備が満載である。これは、後にクレイジータクシーに参戦することを見越してのことであったらしい。でもドリフトをしながらセリカFDを追い回していたという目撃証言がある。後にその話を元に萌えろDownhillNightというレースゲームが作られた。

コロナマークⅡ[編集]

初代 T60型、1968年(S43)-1972年(S47)[編集]

つまり永遠の二番手、セカンドコロナである。

  • 1971年2月 マイナーチェンジ。フロントマスク形状が「イーグルマスク」と呼ばれる。鷲仮面。

3速ATモデルも存在し、流石は高級車といったところである。しかしパワステは文字通りパワーのいるステアリングだった。 スポーツモデルのGSSは贅沢にもタコメーターとヘッドレストを装備していた。 このモデルは全車4気筒のみで6気筒の登場は2代目を待つことになる。

2代目 X10/20型、1972年(S47)-1976年(S51)[編集]

ローレルに対抗するために生まれた2代目(画像は後期)。

車体の大型化・性能の向上にともないフロントディスクブレーキが標準装備となった。 シートベルトは前席の2点式のみで、後席の人は車外放出された方が生存率は高かったようである(後に後席にも2点式が付くようになる)。 GSSには「ポルシェ・タイプ」と呼ばれる5速MTを搭載し、いちはやくEFIを採用。AT車の場合ランオンに悩まされる事もなくなった。 オートドライブが専用アクセサリーとして用意されたが、上り坂ではスピードが下がり、下り坂では逆に上がるといったものであった。 余談だが、超獣やっつけ隊ことTACのTACパンサーのベース車はこれのGSS2ドアハードトップである。

3代目 X30/40型、1976年(S51)-1980年(S55)[編集]

  • 1976年12月 当時のアメリカ車の「ヨーロッパ調セミクラシック」を踏襲したデザインで登場。

「アメリカなのにヨーロッパ?」とか突っ込んではいけない。 この代から以降のマークⅡの代表グレードになる「グランデ」が登場。リアシートにはシートベルトの他にアームレストも装着された。 反面、2ドアハードトップモデルはこの代が最後となった。 特徴のある顔立ちから「ブタ目」の愛称で呼ばれ、2代目日産・ローレルともども、日本人のメスブタ好きを刺激した。

オプションで後付け感丸出しの衝撃吸収バンパーが設定され、車体の四隅をよく擦るサンデードライバーには嬉しい装備となった。 ただ日本人の性格的にバンパーをこすった程度でも修復ないし交換してしまうので見た目がヤボったいだけであった。 グランデはオートエアコンを装備するなどアメニティに関しては現在の軽四と比べても遜色無い出来となっている。

  • ちなみに、北米では、トヨタ・マークllだと意味不明なので、この代から輸出仕様は「トヨタ・クレシダ」と名乗っている。

4代目 X60型、1980年(S55)-1984年(S59)[編集]

  • 1980年10月 歴代で一番直線的なデザインとなり登場。マークⅡ・チェイサー・クレスタと3姉妹となる。
  • 1982年8月 マイナーチェンジによりワイパーアームがフルコンシールド化され、スタンド店員の多くはワイパーゴム交換に悩まされた。

CM内の「LASREα TWINCAM24VALVE」のテロップがなんとも誇らしげ。 2800ccエンジン搭載のグランデは当時のクラウンに勝るとも劣らないスポーツ性で話題を集めたが、そもそもクラウンのエンジンであることも忘れてはならない。 カタログには「ファーストクラスのマークⅡがダイナミックにチェンジ」とあるが兄貴分のクラウンを差し置いていい度胸である。 更にはドリフト走行の写真も掲載され、後にそういう用途に使われることを予期していた模様。

マークⅡ[編集]

初代 X70型、1984年(S59)-1988年(S63)[編集]

  • 1984年8月 車名が正式にトヨタ・マークⅡとなる。

売れ筋はハードトップメインとなり、セダンはタクシー・教習車・パトカーなど幅広く使われた。

  • 1986年8月 マイナーチェンジによりスイッチ類や内装など細かいところをさりげなく変更。

ハードトップの上級グレードには田舎のバーを模したドギツイワイン色の内装が用意され、当時はそれを高級と喜んだ。 正反対にセダンはグレーやベージュ等といった地味な内装がメインであった。 ハードトップ専用モデルである「GT TWINTURBO」は峠道でポルシェ・928を青ざめさせるほどの性能を誇った。 X60型共々、チバラキ街道レーサー仕様が好まれた。 この型のワゴン・バンは1997年のクオリス登場まで長々と生産された。セドリックワゴンセドリックバンとともに腐るほど見かける。

2代目 X80型、1988年(S63)-1992年(H4)[編集]

  • 1988年8月 シャーシ性能など一新され登場。

ガソリンエンジン車は全てツインカム化され、新登場のハイメカツインカムは性能・燃費共にシングルカムのそれであったが どうしてもツインカムにしたかったらしい。 高級感ではセド☆グロを凌駕し、販売面ではローレルを屠り、スカイラインを寄せ付けず、同社のカローラすら始末する有様であった。特にハードトップは暴走族のお兄さんからも人気で、VIPカーとしてよく魔改造されていた。 セダンの方は個人よりも、教習所とかタクシー用に人気があった。

  • 1989年8月 超虚弱体質の3000ccモデルが追加される。エンジンが3ナンバーなら車体もとバンパーの大型化によって無意味に3ナンバー化していた。
  • 1990年8月 史上最強の2500ccモデルが追加され、「GTツインターボ」も2500cc化しフルパワー280馬力となった。

しかしシャーシ性能が追いついておらずエンジンだけ走っていってしまう事例も多々報告されている。 2500ccツインターボモデルは4速ATのみ設定だがわざわざ5速MTに載せ替えるのが流行った。 しかし、直線では当然ATのが速いしパワー任せのドリフトも可能であるがそんなの関係ねぇ。

最大の特徴はハードトップ車の頭上高の低さである。 これにサンルーフなどを装備すると身長170cm以上の人間はたまったものではない。特に後部座席にいたっては正直座れないレベル。 しかし居住性を犠牲にしてまでデザイン重視したところこそハイソサエティなカーたる所以である。 末期にはヤマハコンセプトなるサブウーハーやパワーアンプが標準装備されたモデルも発売された。 発売から20年以上経過する2012年現在でも、ハードトップはまだまだ見かけることができ、ワンオーナーで乗ってるドライバーの方が先に寿命を全うすることであろう。 族車仕様にして楽しむ若者はとにかく、ドライバーも高齢化が進みいずれにせよ近づかない方が無難な車種でもある。 全体の頑丈さでは歴代最強だが、エアコンだけはしょっちゅう壊れる。

セダンの方はタクシー仕様とかで1990年代半ばまで頑張っていたが、ひっそりとコンフォートへバトンタッチ。セダンは一般向けにはあんま売れていなかった稀少種なので、今では街中で見かけることが更に難しくなった。

3代目 X90型、1992年(H4)-1996年(H8)[編集]

これまで高級感を売りにしていたもののバブル崩壊によりコストダウンされた箇所が所々うかがえる。パワーウィンドウはワイヤー式なので今現在実働の車体は常にプッツンと窓落ちする危険性を孕んでいる。 更には何を血迷ったか、テールランプを細長くして、リアナンバーをバンパーに装着するという暴挙に及ぶ。これにより安っぽさに拍車をかけてしまう。リアビューはモルモットのケツみたいな印象で残念なことになってしまった。

  • 1993年10月 グランデ、グランデGのグレードに「four」を追加した四輪駆動仕様が追加される。四気筒エンジンということではない。読み方は「フォーッ!」である。
  • 1994年9月 マイナーチェンジ。フロントバンパー下部の形状変更や、テールランプ中央にの黒線を入れるなどの内外装変更。
  • 1995年9月 運転席エアバッグが標準装備となりエンジンパワーに任せてかっ飛ばしてぶつかっても大丈夫よと宣伝した。

サイズは大型化されたものの車体は大幅に軽量化された。人間で言うならば筋肉が減って脂肪が増えた感じである。 元々若者が乗る車ではないので見づらいデジパネは殆どのグレードでオプションとなってしまった。 トヨタのチ○コマークもこの代から。 内装はベージュがメインとなり若々しさやフレッシュな感じがなくなった。若者がRV車やミニバンなどを好んで乗るようになったためである。 GTモデルにはMTが復活ししたがおっさんは好んでATモデルを選んだ。 6代目同様、ドライバーの高齢化が進みナチュラルデンジャーな存在になりつつある。

4代目 X100型、1996年(H8)-2000年(H12))[編集]

  • 1996年9月 7代目のまんこデザインから再び直線基調を取り入れたデザインで登場。特にフロントグリル周りは6代目っぽい。でも、リアナンバーは相変わらずバンパーにあり、同型のチェイサーより安っぽいというザマである。

安全ボディ、運転席・助手席エアバッグ、ABSを全車標準装備しオプションではサイドカーテンなど安全性にかなり力を入れたモデルでもあるが、フロアマットは7代目の流用で手を抜き、6代目並の重量に戻ってしまった上に車体の頑丈さでも6代目に劣るものであった。 先代よりもエレガントさ(ジジイ臭さ)が増したため、VIPカーに改造しづらくなったので、若者からの人気が減ってしまう。でも、テールランプを真っ白にしたり、ウィングを生やされたりと、色々魔改造されている可哀想な子を、まれに田舎で見かける。

  • 1998年8月  マイナーチェンジ。フロントグリル・テールランプのデザインを変更。テールランプの一部を繋いで、リアの間抜けさを払拭しようとしたが、さらに微妙な感じに。標準装備のアルミホイールがチェイサー・クレスタと共通化して、さらにコストダウンされる。グランデに搭載されている1G-FEがVVT-i及びダイレクトイグニッション化され出力向上。スーパーライブサウンドシステムにおいてはスピーカー数を7から6に変更。また、マークⅡ誕生30周年記念車「トラント」が販売。トラントはフランス語で「30」を意味する…まんまやん。

デジパネもこの代が最後となり、「三終い」の文字が見え始めた頃でもある。

1800ccモデルは廃止され、コロナ・プレミオがその役回りを引き継いだ。 グランデとツアラーSは名前だけ違うと思われがちだがグランデ系は足踏みサイドブレーキ、 ツアラー系はレバー式サイドブレーキと差別化されているようである。 CMに登場するスケルトンが発売されることはなかった。

5代目 X110型、2000年(H12)-2004年(H16)[編集]

  • 2000年10月 これまでのハードトップ型からセダン型になり、スレンダーな先代にうってかわって大柄なボディで登場。

姉妹であったチェイサー・クレスタがついに亡くなり、新しい妹にあたるトヨタ・ヴェロッサも息をしていない状態で誕生した(マークⅡより半年早い2004年4月死去)。 尻は当時のCクラスの丸パクリなのでリアナンバーはリアガーニッシュ部に戻り安っぽさは払拭されたが、内装は安っぽい木目調が多用された。 デジパネも完全に廃止され、全車アナログ型メーターとなった。 益々エレガントさ(ジジイ臭さ)が増し、若者が寄り付かなくなった。しかし田舎の方に行くと、デザインに似合わないウィングとかをゴテゴテ付けたVIPカーにされている子を、たまに見かける。

  • 2003年5月 「35thアニバーサリー」を販売したが、こないだ30周年記念をしたばかりである。

主な変更点はフロントのブーメンランウインカー。

  • 2004年10月 トヨタ・マークXの登場により生産終了。3ボックスタイプのマークⅡとしては20年の生涯を閉じた。

ガッツ石松の「マークⅢからマークⅣは?」というのはあまりにも有名である。

2001年にはコロナプレミオも生産終了となり元ではあるがコロナ系最後の生き残りとなった。 ツアラー系列はiRと名乗るようになる。iRとは「intelligent Rapidity」の略。直訳すると「恥的な速さ」つまり「inRan」の意である。 ゴルフバッグの香りを嗅ぎたがる人間もいないだろうとようやく気づいたのか、空気清浄機は後席から天井へと移設された。

関連項目[編集]