トラバント

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動: 案内, 検索
PeerReview.png
査読依頼

この記事は査読を求められています。
どうかこの記事を読んで、必要であれば{{Fix}}などの修正系テンプレートを貼り、
問題なければこのテンプレートを剥がして
「編集内容の要約欄」かノートに査読結果を書いてあげて下さい。

かなり大幅に改稿されていますが、これでいいんでしょうか?

トラバント英:Trabant)とは、VEBザクセンリンク社が開発した、ドイツ東部の小型自動車のようなものである。旧東ドイツにおいては、国を代表する文化の一つであった。名前の由来は「衛星」「友達」。

  • 「トラバントは東ドイツで生まれました。我が国のオリジナルです。」(VEBザクセンリンク社の見解~トラバントについて~)
  • 「古(いにしえ)のポンコツがッ!!」(御木先輩~トラバントについて~)

目次

[編集] 歴史

「今は昔、共産主義というものありけり。東ドイツに勢力を置きつつ万のことに使いけり。名をば、VEBザクセンリンクとなむいひける。その会社の中に一車種の珍車ありける。」1958年から1991年にかけて生産された超☆ロングセラー商品。細かいことはwikipediaでも見てくれ。きっと細かく書いてあるはずだからね。

  • 1958年:東ドイツでその生を授かる。
  • 1964年:NEW☆MODELなモデルチェンジを遂げる。
  • 1991年:没。死因は老衰、西側諸国からの殴り込みとされている。

まぁ、だいたいこんな感じ。「紙でできた車」は中期から末期にかけて。初期はボディがFRPだけだったのが、FRP+紙パルプ⇒紙(ボール紙)と悪化したから。走ルンですのご先祖様とも言える。主な特色としては、

  • 誰でも直せる単純な親切設計
  • 独特のシルエット
  • 軽量ボディ

といったところであろう。性能だけで見るとどうしようもないが自動車登録台数ではフォルクスワーゲン・ビートルの5万台に次ぎ、3万台を記録するという程の人気を誇っているのも上記の特徴が生かされているからだろう。

[編集] 本体構成について

全長3㍍、車幅1.5㍍のコンパクトな車体である。公式見解では4人搭乗可能とされているが、実際2シーターで後部シートにはゴルフバックや抱き枕、RPG7などを積み込むのが精一杯だろう。 発動機や変速機はその

Mikuru Asahina.jpg
ごめんなさい。ごめんなさい。
この時代ではお伝えできない事実が含まれていたため、対象箇所は消去しました。
なデザインからしてお察し下さい

一応記載しておくと、

  • エンジンは直列2気筒2ストロークの空冷エンジン横置き配置。
  • FWD駆動方式を採用。
  • ブレーキは全期間を通して4輪ドラムブレーキであったが性能はお察し下さい
  • ラダーフレーム上に別体のボディを載せるトヨタ・ハイラックスと同じ方式を採用した。で、大きな強度を必要としないことから、ボディはFRP(末期ではダンボール)で適当に作った。そうやっていくうちに車重は600kg強くらいの軽いボディができたけど耐久性はお察し下さい

[編集] 発動機について

2ストローク空冷直列2気筒エンジンを全モデルで使っていた。元が歪みねぇ設計だったためこれをハッテンさせてモデルチェンジを乗り越えていった。ほとんどのモデルは性能は大差なく20PSぐらい。街乗りとしてはまぁ使えないこともなかったので誰も気にしない。800RSというグレードになるとハッテンさせまくりその結果65PSというキチガイな性能をマークした。2ストだから排ガスがひどかったそうで当時の東ドイツの大気汚染を悪化させていた原因の一つとも言われた。 まとめると、

という感覚である。


[編集] 変速機について

古のポンコツの名は伊達ではなくギアボックスはMT4速型(笑)であるが、ノン・シンクロメッシュという骨董品。レバーはコラム式。まぁ性能はお察し下さい


[編集] ボディについて

ボディは前述したとおりFRP。しかし、西側の策略により原料が入手しにくくなった。そこで紙パルプを混入する案を誰かが思いついた。しばらくそれで切り抜けたが、さらに材料の元である綿が入手しにくくなったのでボール紙で作ってしまったわけだ。そのおかげで屑発動機でも100kmの最高速度を記録できるほどの軽量車体を実現できた。どこかの紙装甲戦闘機と同じ理屈である。よって防弾性能も無ければ、衝突時の安全性もない。

[編集] アメリカにおけるトラバントについて

資本主義という疫病が蔓延したアメリカでは日常的にこのような会話が行われている。

  • あるアメリカ人が友人に語った。
  • 「東ドイツに製造期間がべらぼうにかかるハンドメイドの名車があるってんでさっそく注文してみたよ。」
  • 注文を受けた東独の自動車工場は騒然とした。「まさかアメリカ人がトラバントを注文してくれるとは!」
  • 工場の威信をかけて製造に取り組んだ結果、程なくしてトラバントはアメリカ人のもとに届いた。
  • トラバントを受け取ったアメリカ人は興奮しながら友人に語った。
  • 東ドイツの工場ってのはすごい良心的なんだな。 なにせ本物が届く前に紙製の模型を送ってきてくれたんだ。」


[編集] 日本におけるトラバントについて

日本ではベルリンの壁が崩壊する時に「たまたま出演していた」こともあってCM効果となり一般大衆の間で人気が上昇した。当時はバブル景気で調子に乗っていたイエローモンキーもどきが「変わったもの」を重要視していたためエリマキトカゲやウーパールーパーが流行った。時代遅れのデザインでその流行にのったという説もあるが前者が一般的な見解とされている。

一時期は輸入されると思われていたが必要以上にアカを嫌っていた運輸省の役人は「排ガス規制」を召喚!旧式発動機の弱点を突き効果発動!こいつによってトラバントの発動機抜きしか輸入することができなくなるようにした。その為、発動機なしでは売れないと思った輸入業者は辞退。正規輸入されないまま今に至る。

一部の日本人は「道路で走らなければどうということはない」という誰得理論で個人輸入し庭で走らせている。著名な例を挙げれば「日本トラバントクラブ」であろう。彼らは個人輸入した P601S deluxeを庭やサーキットで走らせ、その動画を大手動画サイトに掲載している。2015年現在活動を続けておりこれからも動画を掲載していくと思われる。


[編集] 納期・中古車について

基本的にとてつもなく納期が長いこととして知られている。発注してから10~15年ぐらいたって忘れた頃に納入される。納入された頃に西側の高性能な自動車を購入した際、西側諸国にはおまけに一台付いてくるという錯覚が東ドイツ各所で起こったという。待ちきれない人は中古車を購入するが新車より値が張ったため、中古が買えない人間はコケがむすまで待たねばならなかった。


[編集] その他

  • 国境なき軍隊において徹底的な解析が行われ、ダンボール戦車や救命ダンボールの開発の礎になったと言われている。

[編集] 関連項目

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディアの専門家気取りたちが「トラバント」の項目を執筆しています。
4370 large.jpg この「トラバント」は、マイナーチェンジの案が出ています。マイナーチェンジして下さる協力者を求めています。 (Portal:スタブ)
個人用ツール
View and edit namespaces data

変種
操作
案内
編集者向け
姉妹プロジェクト
ツールボックス
他の言語