トルクメニスタン

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トルクメニスタン
Türkmenistan
Turkmenistan national flag.JPG Turkmenistan national emblem.JPG
(国旗) 国章
国の標語 : 特にないけど永世的で中立な国
トルクメニスタンの位置
公用語 トルクメン語
首都 アシガバート
最大の都市 アシガバート
大統領 グルバングル・マリクグルイェヴィチ・ベルディムハメドフ
首相 グルバングル・マリクグルイェヴィチ・ベルディムハメドフ(兼任)
面積
 - 総計
 - 水面積率
世界第51位
488,100km²
極僅か
人口
 - 総計(2008年
 - 人口密度
世界第112位
5,110,000
10人/km²
政府 独裁
国民的な英雄 サパルムラト・ニヤゾフ(初代大統領)
独立 1991年10月27日ソ連からお去らば)
通貨 マナト (TMM)
時間帯 UTC +2 (DST: なし)
国歌 独立、中立、トルクメニスタンの国歌
宗教 イスラム教、ニヤゾフ教及びベルディムハメドフ教など
国際電話番号 993


トルクメニスタンとは、中央アジアに存在する国である。よくトルキスタンと間違えられる。国旗にはすばらしき5枚の絨毯が描かれているのが特徴である。

目次

[編集] 歴史

[編集] 独立前

19世紀になり、ロシア帝国領となる。それ以前の歴史に関しては、他民族の侵略により現在のトルクメニスタンとの連続性が怪しいため、他の項目に譲るものとする。

ロシア帝国領時代は綿花の生産拡大政策やザ・カスピ鉄道の建設が行われた。しかし、例によって貧乏なロシア帝国の統治下で国民は飢え、1916年から1918年バスマチ運動と呼ばれる大暴動が起こる。1924年、大嫌いなロシア帝国が倒れたので、労働者の夢と希望あふれるソビエト連邦の衛星国、トルクメン・ソビエト社会主義共和国となる。一部の遊牧民は集団農業化に反発していたが、彼らがどうなったかは言うまでもない

その後、冷戦によりソビエト連邦と共産主義が疲弊したところで、さっさと独立したのが今のトルクメニスタンである。

[編集] ニヤゾフの治世

トルクメニスタンの初代大統領はサパルムラト・ニヤゾフという口がムッとしていてごっつい顔の親父である。世界のある地方ではナーゾフ又はニャーゾフと呼ばれる。

1991年、ソビエト共産党総書記だったゴルバチョフのお陰でトルクメニスタンは独立国となったが、ニヤゾフはわがままな法律を乱発し、憲法を改正して大統領権限を強め、見事「中央アジアの北朝鮮」を建国せしめた。様式美にのっとり黄金のニヤゾフ大統領像を作り、自らを終身大統領とするなど、独裁者として自覚的に行動した。

この功績により、彼の治世のトルクメニスタンは、世界で3番目に報道の自由の無い国に認定された。(2005 Reporters Without Borders)

なお、この時代のトルクメニスタンは、国民に尋ねれば必ず「すばらしい国である」という言葉が聞けるほど良い国だとされている。

なぜか、1995年国連から永世中立国だと承認され、2009年現在に至っている。

2005年、ニヤゾフ大統領他界。死因は人気アニメの打ち切りによるショック死だったとされている。

[編集] ニヤゾフの命令集

無論、これらの命令はニヤゾフ大統領が他界してすぐに撤回されたのは言うまでもないが、もしかしたらまだ失効していないものがあるかもしれない。

[編集] ベルディムハメドフの治世

国家運営には外交も欠かせない

2007年に大統領に就任した第二代大統領ベルディムハメドフは、祖国を立派な国に復活させた人物である。

前大統領は、自分の地位を高めようとして財政赤字覚悟で公共料金を無料化した。これによりトルクメン人は公共料金を払わない豊かな暮らしができるようになった。また、憲法を改正し大統領の権限を弱め、少なくとも周辺国と同一程度にすることで諸外国から文句をつけられないようにした。

もっとも、未だ議会は単一の政党が支配しており、独裁状態は続いている。(2009年現在)

[編集] 経済

充実の国営グッズ

天然ガスの埋蔵量が多く、石油も産出するためかなりの利潤があるはずなのだが、なぜか国民への還元があまり行われていない。宝石ではあるまいし、産出した天然ガスが盗まれているとは考えられない。しかし、少なくともトルクメニスタン国内ではこのことが問題視されることはない。

また、綿花の栽培と、それを元にした繊維工業も比較的盛んである。ただし、いまどき繊維業は流行らない上に、狭い国土面積の大半が砂漠であることからして収入はたかが知れている。伝統工芸の絨毯を生産するためだけに綿花生産や紡績が行われているように思えてならないが、技の継承は大事であるため、国の経済力を犠牲にしても問題ないのかもしれない。

また、政策により物価は低く抑えられ、大統領がベルディムハメドフに変わってからは福祉が充実してきたこともあり、大統領と違って貧乏な国民もそこそこマシな生活を送っている。何より、平均寿命が約60歳という高い水準にあるのだから驚きである。

失業率が約30%だとか、公権力によって強力な治安維持が行われているだとか、そういったことを差し引いても、世界的に見れば一応安定している国だと言える。

[編集] 国民

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディアの専門家気取りたちが「トルクメン人」の項目を執筆しています。

国民の大半はトルクメン人である。トルクメン人とは、カスピ海東南岸に居住しているテュルク系民族で、ソビエト連邦の衛星国になるまで自分達の国を持っていなかった人々である。

その他、ロシア人やウズベク人なども住んでいる。最近では、豊かになりつつあるロシアへ移住する者も少なくない

[編集] 国歌

トルクメニスタンの国歌というニヤゾフが作詞作曲した音楽がある。

[編集] 関連項目

Wikipedia
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