ドミトリー・メドヴェージェフ

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もしかして: ウラジーミル・プーチン

大統領は見ている
ロシア連邦保安庁(FSB)認可

本項の文章と内容は、完全に正しい事実としてロシア連邦保安庁により認定されており、 全ての統一ロシア党員及びロシア連邦国民の閲覧が認可されています。

この資料を疑うことは反ロシア思想の持ち主であり、分離主義者としてポロニウムを用いた料理を食する栄誉が与えられます。

「だから貴様は飼い犬なのさ」
ドミトリー・メドヴェージェフ について、ストライダー飛竜
「ソビエトロシアでは、大統領を首相が補佐する」
政治 について、ロシア的倒置法
ドミトリー・メドヴェージェフ
画像募集中
基本資料
本名 ドミトリー・メドヴェージェフ 
通り名 新・ロシア皇帝 
生没年 1965年9月14日~(齢47歳) 
身体情報 ブラウン 
職業 政治家 
好物 趣味多彩 
嫌物 なし 
出身地 ソビエト連邦・レニングラード 
出没場所 広いロシアのどこか 
所属 無所属
プーチンに使役されるメドヴェージェフを描いた風刺画。何故か二匹いるが、これは「死んでも代わりはいる」ことを意味している。

ドミトリー・メドヴェージェフДмитрий Анатольевич Медведев 1965年9月14日 - )とは、飼い主ウラジーミル・プーチンの想像を絶するスパルタ教育によって、人語を解するばかりか高等な知能を備えるに至った彼の忠実なペットのである。そしてプーチンのゴリ押しによって熊の分際で人間様を差し置いて大統領に就任した熊でもある。略称はメドなんとか。


目次

[編集] プーチンの忠実なペットとなるまで

元々彼はシベリアの大地に生息する野生の熊の内の一匹であったが、空腹に耐え切れず人里に下りてきて、たまたまクロスカントリーに来ていたKGB時代のプーチンが暖を取っていた山小屋を襲撃したのが運の尽きであった。ドミトリー・メドヴェージェフという氏名さえない野生の熊は、この時プーチンの護衛として随伴していた赤きサイクロンことザンギエフダブルラリアットで一蹴された。ザンギエフは激怒しこの大統領を襲撃した不埒な野生の熊を食ってしまおうとしたが、動物に優しいプーチンは「これも何かの縁だろう」と、この野生の熊をペットとして飼う事にした。無論熊にとっては迷惑な話で、すぐさま逃げ出そうとしたが、プーチンに猛禽のような眼光でにらみつけられたため恐怖で竦み上がってしまい、逃げるチャンスを逸してしまった。プーチンにペットとして飼われることとなったその熊は、プーチンと運命的な出会いを果たした場所が山小屋であることから、相部屋の宿泊施設を意味するドミトリーという名をもらい、さらに、ロシア語で熊という意味の単語Медведьを語源とするメドベージェフという、熊そのものの苗字も貰い受けた。こうしてドミトリー・メドヴェージェフが誕生したのである。

プーチンを襲ったときザンギエフに撃退されたのは彼にとっても幸運であった。そのままプーチンに襲い掛かっていたら間違いなく熊は死んでいたからである。

[編集] 政治の世界へデビュー

この熊は、元々他の熊に比べて少し賢いところがあった。彼の聡明さ(あくまで熊レベルの)に目をつけたプーチンは、教育を施してやれば、あるいは人間並の賢さを身に付けるに至る。しかも適度に馬鹿な熊ゆえ、二心を抱く事のない忠実で使い勝手の良い下僕になるのではないかと閃き、メドヴェージェフに英才教育を施し、人並みの知能と言語教育を完備させるに至ったのだ。プーチン直伝の教育は想像を絶するほどハードであり、メドヴェージェフは何度も死に掛けた。しかしこのスパルタ教育のおかげでメドベージェフは賢さを身に付けると同時にプーチンの恐怖をいやと言うほど身体で味わい、結果プーチンに決して逆らう事のない忠実な僕となった。まさしくプーチンの押し進める恐怖政治の一環と言える。

そして1991年から1995年まで、メドヴェージェフはプーチンが議長を務めるサンクトペテルブルク市渉外委員会で法律顧問を務める。無論プーチンが委員会を脅して無理矢理メドヴェージェフをこの要職にねじ込んだのである。熊が政治家になるなど前代未聞の話であったが、メドヴェージェフは意外にも辣腕を振るい、それなりの功績を残した。プーチンが「僅かでも落ち度があったら即座に銃殺してオホーツク海に投げ捨てる」と脅したため、必死になって働いたためだという。

[編集] 大統領になった熊

ドミトリー・メドヴェージェフ(プーチンの下)

その後、プーチンが大統領に就任すると彼もその恩恵を被りガスプロム会長などの要職を歴任する。メドヴェージェフの部下の中には、熊が上司であることに不満を抱き、堂々と文句を言うものも居たが、そういう不届きな輩は一人残さず検閲により削除されたので、やがて誰も文句を言わなくなった。

そして2007年、プーチンから後継者として指名され、熊でありながら大統領に就任した。この前代未聞の出来事に世界中が仰天したが、アメリカ国民だけは「別に驚くほどの事じゃないね。うちの国なんてが大統領だし」「ガタイが良いだけ、熊の方がまだ頼もしい」と軽いジョークを飛ばした。

尚メドヴェージェフが熊でありながら大統領に就任できたのは、プーチンがグリーンピースなどの動物愛護団体に強力を仰ぎ、彼らの後ろ盾を得たことによる恩恵が大きい。迷惑行為ばかりやらかしている動物愛護団体を自らの政治活動の為に利用する辺り、ここにもプーチンのしたたかな一面が伺える。

大統領に就任したメドヴェージェフだが、プーチンの傀儡であることは明白であった。当初は彼も開き直り自ら操り人形であると公言していたが、最近は独立意識が強くなり、プーチンのくびきから脱しようとする動きが見られている。

[編集] メドヴェージェフの謀反?

2008年8月31日、プーチン大統領がトラを撃退したことがニュースとなった。トラがカメラマンに襲い掛かったため、これを撃退したというのが表向きの報道だが、皆が想像するとおり、逃げるトラをプーチンが追いかけてなぶり殺しにしたのが実情である。しかし仮にも動物好きであるプーチンは無闇な殺生はしない。この虎殺しにも理由がある。その理由とは勿論メドヴェージェフに対する、「最近怪しい行動をとっているようだが、これ以上分を過ぎたことをやらかすとお前もこの虎のようになるぞ」という警告である。プーチンの恐怖が身体の隅まで染み込んでいるメドヴェージェフは当然のことながら周章狼狽し、プーチンに平伏して二度と二心を持つような事はしませんと泣きながら誓った。

[編集] 人物

  • プーチンの教育の賜物か、そこらの怠け者で風見鶏気質な官僚より遥に謹厳実直であり、プーチンに対する忠誠心も人一倍強い。本人も「プーチンに対する忠誠心で私の右に出るものはいない」と胸を張って言っている。が、逆に言えばこれぐらいしか取り得がない。ロシア国民からの評判は概ね良く、「うちのペットもプーチンにしつけてもらいたい」という声もあがっている。
  • 日本の格闘ゲーム「鉄拳」シリーズの愛好者であり、使用キャラは勿論クマ。プーチンとも度々対戦するが、毎度毎度プーチンの使う平八に完膚なきまで叩きのめされている。
  • さらに加えて日本愛好癖はその度に増し、国後島を公式訪問してその美しさを絶賛するなど、すばらしい愛日家として歴史にその名を残している。
  • 身長は推定1.02hyde

[編集] 関連項目

Wikipedia
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