ニキータ・フルシチョフ

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ヨシフ・スターリン同志があなたを見ている!
ソビエト社会主義共和国連邦閣僚評議会付属国家保安委員会認可

本項の文章と内容は、完全に正しい事実としてソビエト社会主義共和国連邦閣僚評議会付属国家保安委員会第10課長により認定されており、 全ての無産階級人民と、ソビエト連邦共産党員に見せることが認可されています。

この資料を疑うことは思想犯罪であり、疑った場合は国家反逆罪の対象とされます。国家反逆罪とされた者に対しては、KGBよりポロニウムまたはシベリア鉄道の切符が無料で贈呈されます。

ニキータ・セルゲーイェヴィチ・フルシチョフとは、スターリンの髭が、眉毛に移動したもの。頭皮は行方不明となり、ハゲとなった。ほんの少しだけソ連の最高指導者として存在したゆで卵である。現在はモスクワのどこかで化石になっているらしい。

ロシア革命の頃から色々やってるうちにいつのまにか地方の党幹部になっていき、そこでもまた検閲により削除により中央に目をつけられた。そして、ソ連共産党の中枢部に入ってからモスクワ地下鉄を建設しようと目論み、それがたまたま上層部の目に留まり、どんどんソ連のえらいさんになっていった。ヨシフ・スターリンにも可愛がられ、食事の際に「ニキータ、ナイフを使え」などと指導を受けるほどであった。 そのせいもあってか性格まで似てしまい、戦争中は特にその真価を発揮した。ドイツ人には何一つ残したくないと、ウクライナ中の資源や機材を根こそぎ持っていき、持っていけない物は全て焼却。果てまたキエフを丸々、街ごと吹き飛ばしてしまった。その後は激戦のある所に顔を出した。ハリコフ、スターリングラード、クルスクでソ連式スターリン流の人事管理を実行、鬼ドイツ軍の前に劣悪装備で自軍を向かわせた。更に味方を撃ちまくり、敵味方双方に多大な戦果をもたらした。

党の幹部になってからは、勢いを増してゆくスターリンに粛清されないようにこそこそと検閲により削除をすることにより、スターリンにばれないように影響力を増していった。

地球史上どデカい花火大会をやって全世界に自慢しようとしたが、余りの凄さに禁則事項です
そしてスターリンが死んでソビエト連邦が圧制から解放されると、ゲオルギー・マレンコフが後継者になったものの、フルシチョフがマレンコフに対し「うまい棒50年分やるから地位譲ってくれや」と軽く冗談のつもりで言ったところ、マレンコフがあっさりとこれを快諾したため、フルシチョフが党の全権を握ることになった。なお、取って代わられたマレンコフは不遇のように思えるが、カザフへの転勤の際、高い地位の公職を投げうって妻が付いてくる辺りボルシェビキでは珍しいリア充ぶりである。ハゲでも無いし。

一方のフルシチョフはというと、マレンコフの真似してスターリン批判を行なった直後にレーニン廟から「鋼鉄の人」スターリンが復活し「何、今更俺の考えを否定しとんねん!!!」と激昂され、3秒後に死亡。

その魂の抜けた抜け殻を、有名なカクテル由来になった人や、スターリングラードでナチスと一緒に市民も全滅させたじじいが有効利用し、マリリン・モンローのポスターを輸入するためにちょっとだけアメリカと話し合うよう天井から糸で操作した。また、人工衛星にサルと犬を乗せて宇宙へ飛ばしたのもこの時代であり、これは、先祖が桃太郎に退治されたからだと思われる。その後、死体の保存に失敗し、ゆで卵がピータンになりかけたため、ソ連の国家主席はレオニード・ブレジネフに取って代わられた。

[編集] 功績

  • モスクワ地下鉄建設に際し、禁則事項ですによって影響力を発揮した。
  • スターリンに粛清されなかったことである。しかし先述の理由により現在では功績と認められていない。
  • エセ植物学者、トロフィム・ルイセンコを登用し、無駄な資金と労力を使用した。
  • スターリンの遺体をレーニン廟から撤去し、マニアの憤激を買った。
  • スターリン批判をしたことで、ソ連でブーメランを発達させた。
  • ライカ犬を薬殺し、動物愛護家の鼻を明かした。
  • 中国共産党が「フルシチョフのハゲ頭」と罵倒しまくった結果、カツラメーカーの売上に貢献する結果となった。
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