ミシェル・ノストラダムス師の予言集
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ミシェル・ノストラダムス師の予言集(-しのよげんしゅう、仏:Les Prophéties de M. Michel Nostradamus)とは、ミシェル・ド・ノートルダムがそのペンネームを用いて1555年に初版を刊行した予言集である。
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[編集] 書の概要
ノストラダムスは16世紀のフランスで活躍した医者であったが、当時の医者は病気を占星術で判断するなどしていたため、未来を占うこと―すなわち予言などにも通じていた。
この予言集はそんな彼が、当時のフランスの情勢―宗教紛争(プロテスタント(ユグノー)とカトリックの対立)、飢餓、疫病(ペストや天然痘など)、対外戦争(神聖ローマ帝国やスペイン相手に何回も。他にオスマン帝国が東方から勢力を拡大し、ヨーロッパ全体の脅威となりつつあった)などが連続して発生するなど、きわめて現代の日本からすれば不安定なものであった―に便乗し、将来も必ず繰り返して起こるであろう地震、洪水、疫病、戦争などに対して未来の人間に警鐘を促す目的で、記したものだといわれている。
しかし21世紀の日本では、彼が後世の人間をその巧みな技術で惑わし、それらの人々から尊敬されるようになることを目論んだ文集、あるいは文章を読み解釈した人間の性格や信望を明らかにする実験としても使えるように工夫された、中世発祥の壮大なジョーク集(無意味なたわごと)ではなかったのだろうかという解釈もなされることがある。
[編集] 書の影響
後世の人間は、このノストラダムスの暗号めいた壮大なジョークに気づくことが出来ず、それに人生を惑わされりするなど、滑稽な劇を演じていた。彼を騙った偽者も多く現れ、しばしば世間を騒がせてもいた。
それは数百年経った現代に至っても変わらず、たとえば20世紀後半の日本では五島勉を筆頭に、ノストラダムスのトリックに引っかかってしまう者が続出した。1995年にはこの文章と合わせ、ヨハネの黙示録(ハルマゲドン)やユダヤ陰謀論などの妄言集を信じてしまった者(オウム真理教)により、東京の地下鉄で無差別テロ事件(地下鉄サリン事件)が発生してしまってもいる。
またノストラダムスも五島勉も、この事件の発生を予想できなかったことが、バタフライ効果などから導かれる「予言は当てにならないということ」を自ら証明した形になったといえるだろう(こちらの項目も参照)。
[編集] 予兆詩集や諸世紀
ノストラダムスはその生涯において、この「予言集」全10巻942編のほかにもあちこちに予言を残していた。そのうち代表的なものは「暦書(アルマナ)」(仏:Almanach)として、1549年頃より1567年まで毎年刊行していたカレンダーに載せていたものである。
こちらはその年や月ごとの予言を明確に記していたものであり、昨今でもある占い付きのカレンダーのはしりになったといえるものでもある。彼の死後、この「暦書」のうち四行詩の予言は抜き取られ、「予兆詩集」(仏:Les Présages)という独立本(154編収録)になっている。
また、彼の名前を騙って出された偽物の予言集も多く存在した。たとえば1605年版の「予言集」には「六行詩集」 (仏:Les Sixains / Sizains)として、それまでの四行詩とは別の形態を採用した予言がノストラダムスの甥が書いたものとして同時に収録されているが、現代の研究ではこれは偽物であった可能性が高いといわれている。
なお1973年に「ノストラダムスの大予言」という本を刊行し、ノストラダムスのブームを日本に到来させた五島勉は、「諸世紀」(仏:Les Siècles)という題名のノストラダムスの予言集から予言を読み取ったとしている。しかしその予言の内容は、「人類滅亡」とか「自動車」という単語が登場することなどが示すように、明らかに近代以降の概念に基づくものであり、中世を生きたノストラダムスの他の予言集の内容とは似て似つかないものであったことから、これも彼を騙った人物が書いた偽物の予言集ではなかったのかという説が現在唱えられている。
因みに「予言集」には、四行詩が100編ずつ収録された形態であることから「百詩編集」(仏:Les Centuries)という俗称があり、これの英訳版のタイトルを見て英語のCentury(世紀)と誤訳し、それが「諸世紀」というタイトルの元になったのではないか(すなわち、「諸世紀」は「予言集」の改悪品ではないか)・・・という説もあるが、五島勉は「諸世紀」の仏名がはっきりと「Les Siècles」であると自著内で述べており、それを勘案するとこの説は明らかな見当違いといえよう。
[編集] ノストラダムスの巧妙な手法
ノストラダムスが本当に未来を予知する能力を有していたかについては、いろいろと疑問点が投げかけられるところが多い(彼の占星術を行うために作成した天体観測用のホロスコープを見ると、誤差が多いことがわかるため etc.)が、それ以上に彼は弁才に優れていた。彼は様々な手法を用いて、後世の人間から何時までも「偉大な予言者」としての称号を得られるよう、自らの予言集に色々と工夫を凝らしていたのである。その主なトリックは、以下の通りである。
- いつ、どこでも起こりうることを予言する
- 「イタリアの近くで皇帝が生まれる」(第1巻60番)と予言したものが、後世において「これはナポレオン・ボナパルトの誕生を予言していた」ということにされているが、イタリアという地勢はいつ神聖ローマ帝国やオーストリアなど諸国の皇帝が生まれてもおかしくないところであり、当たって当然といえる程度のものである。この他にも彼の予言には地震、疫病、水害や戦争のように、当時の情勢ならばいつどこで発生してもおかしくない(むしろ起こらない方がおかしい)ことが多く記されていた(前述したようにそれらに対する警鐘の意味もあるのだから、当然ともいえるが)。
- 明確な期日を定めない
- ノストラダムスの予言の大半は、事象がいつ起こるかということ(期日)が記されていない。そのため、たまたま該当する事件がいつか起これば「この事件のことを予言していた」という主張が出来るし、逆にどれだけ時間が経過しようとも「この予言は外れであった」という判断がいつまでも下せないようになっている(息子のセザールには「この予言書は3797年までの予言である」と、本の序文に載せた手紙で述べている)。中には1700年(第1巻49番)や1999年(第10巻72番)のように、その事象が起こる年月が書かれたものもあることにはあるが(ただし580年や730年(いずれも第6巻2番)のように、1555年より数百年も過去の年号を記したものもあり、本当に西暦かどうかは判断できない)、実際にその予言に該当する事件が起こった事例はなく、後世の解釈者はその年号を暗号とみなして加減乗除や文字置換などを行い、何とかつじつまを合わせている。
- 表現を極めて難解にし、暗号なども交えて解釈に多様性を与える
- ノストラダムスは予言集を書くに当たって、後世の者がどうにでも解釈できるような工夫を、神秘的な雰囲気を持たせる意味も兼ねて凝らしていた。すなわち予言集にはフランス語に加え、現地の方言やラテン語、スペイン語など、更には創作した語や全く意味不明な言語までもが用いられることになり、その本意が何であるかは一見分からないようなものとなった。結果、後世の人間はノストラダムスが徒然草のように「思いつくまま適当に書いた一種のギャグ的文章」を、「本当に未来が予言された神聖な書」であると前提において様々な手法で解読しようとし、おびただしいほどの量の解釈が現れるに至った。たくさんの解釈があれば、そのうちどれかが当たってもおかしくはない(「下手な鉄砲、数撃てば当たる」の原理)。なお後世の解釈者の中には、日本語やモールス信号が含まれていると主張するものも現れている。
- 大量の予言を残す
- 「予言集」は全10巻で、そのうち7巻のみが42編収録となっているのを除けば、各巻共に100編の予言が収録されていた。総計すれば942編である。また前述したように、ノストラダムスは「予言集」以外にもカレンダーなど思いつくところに思いつくまま、まるで落書きのように予言を書いていたことが分かっており、それを全て合わせれば総数は1100編を越えると言われている。これだけたくさんの(曖昧な)予言があって、全てが外れる可能性は極めて低いといえるだろう。
[編集] 予言の解釈例
上で述べたように、ノストラダムスの予言集は解釈者の主観や信望によって、訳した内容が全く異なってしまうように出来ている。これを用いて、性格診断が出来るとしているものもいるほどである。
以下、10篇の詩を事例にそれを具体的に検証する。
[編集] 第1巻65番
- Enfants sans mains jamais veu si grand foudre,
- L'enfant royal au jeu d'oesteuf blessé:
- Au puy brisé fulgures allant mouldre,
- Trois souz les chaines par le milieu
- 手なき子供、すさまじき雷電に仰天す
- 王子はテニスの競技で負傷
- 活発でありし稲妻に山岳打ち砕かれ
- 三人は柏木に鎖でつながれん
一目でわかる、「テニスの王子様」の内容に関する予言である。
[編集] 第2巻62番
- Mabus puis tost alors mourra, viendra,
- De gens et bestes une horrible defaite:
- Puis tout à coup la vengeance on verra,
- Sans main, soif, faim, quand courra la comete.
- マビュは死んだ後、すぐ訪れ
- 人と動物が恐ろしい破壊をし
- 復讐が突然目に明らかとなる
- 百の手、渇き、飢え、彗星の駆ける時に
「Mabus」なる意味不明の単語が登場する詩である。解釈者はなぜか期日がどこにも書かれていないにもかかわらず、勝手に現代の世界の出来事を示していると思い込み(予言集の刊行された中世のこととは思わないらしい)、アナグラムや抜き取りで「USA」、「サダム・フセイン」、「核ミサイル」等と、湾岸戦争や核兵器などが話題になっていた当時の世相に合わせた予言だと解釈している。
中には、『北斗の拳』の悪党の叫び声と北斗百烈拳を予言したとする説[1]や、「Mabus」を「私のバス(My bus)」だと解釈し、四行目は故障に駆けつけた修理屋を示しているという説[2]も存在する。
[編集] 第6巻5番
- Si grand famine par vnde pestifere.
- Par pluye longue le long du polle arctiques
- Samatobryn cent lieux de l'hemisphere,
- Viuront sans loy exempt de pollitique.
- 疫病、未曾有の飢饉が来る
- 長い雨は北極にまで及ぶ
- サマロブリンは半球から100リーグに及び
- 政治や法抜きの生活を送るであろう
「Samatobryn」なる意味不明の単語があるが、内容を素直に見れば当時のヨーロッパで頻発していた天候不順、飢饉や疫病により、秩序が壊れて農民の反乱が起こるような予言と捉えられる。なお現代の研究では、「Samarobriva」というフランス北部の都市、アミアンの旧称を指しているといわれている。
しかし、「arom-brysan」(atom brisant、核分裂)と並べ替えて核兵器の爆発と解釈した五島勉を始め、何故か英語の「Submarine」(潜水艦)だとしたり、上記第2巻62番の「Mabus」と関連付けてそれを何故か日本語読みで抜き取り、松本サリン(sarin)事件を予言していた[3]なんて説が20世紀末の日本では披露された。いかに世間を怖がらせるため、当時の人々が悪戦苦闘したかがよくうかがえるものである。
[編集] 第6巻82番
- Par les deserts de lieu libre & farouche,
- Viendra errer nepueu du grand Pontife:
- Assomme' a` sept auecques lourde souche,
- Par ceux qu'apres occuperont le Cyphe.
- 無法で荒れた不毛の地より
- 大司教の甥がさまよい来る
- なんとも重い棍棒を持つ七人に打ちのめされる
- のちに聖杯を独り占めにする人々に
七人のマスターが「聖杯を独り占めにする」ために戦うとの内容から、「Fate/stay night」のゲーム内容に関する予言とされる。1行目の「無法で荒れた不毛の地」は第四回聖杯戦争で焼き尽くされた公園、2行目の「大司教」とは衛宮切嗣、その甥とは主人公の衛宮士郎のことである。「棍棒」とは七人のマスターに仕えるサーヴァントのこととされる。
[編集] 第8巻45番
- La main escharpe & la iambe bandee,
- Longs puis n'ay de Calais portera
- Au mot du guet la mort sera tardee,
- Puis dans le temple a` Pasque saignera.
- 片手を包帯で吊って片足を包帯で巻いた
- ルイは宮廷より発つ
- 見張りの言葉はその死を伸ばし
- 寺院の復活祭で血をたらすだろう
「ルイ」が負傷した「綾波レイ」のことであると分かれば、「新世紀エヴァンゲリオン」に関する予言であると判明する。「その死を伸ばし」とは角川書店社長の角川歴彦が、劇場版の公開日延期を発表したことを示し、復活祭とは「使徒の復活」を指していると考えられる。
[編集] 第9巻44番
- Migre's, migre's de Geneue trestous.
- Saturne d'or en fer se changera,
- Le contre RAYPOZ exterminera tous,
- Auant l'aduent le ciel signes fera.
- 去れ ジュネーブを去れ 諸人よ
- 土星は金から鉄に変貌するだろう
- レイポにそむく者ども 皆殺しの目にあうだろう
- 突撃の前 天がしるしを示すだろう
「Saturne」を「セガサターン」、「RAYPOZ」をプレイすなわち「プレイステーション」と解釈し、反プレイステーション陣営が壊滅するとの予言と見ることもできる。ジュネーブとはセガサターンをはじめとする、3DO、PC-FX等の反プレイステーション陣営のハードことであり、「ジュネーブを去れ」とは「これらのハードは買うな」とのノストラダムスからゲーマーへの警告とみることができる。むろんノストラダムスがゲーム業界について予言していないとの証拠はなく、むしろ今日のゲーム業界の規模を考えればノストラダムスが予言を残しても何もおかしくはない。
また、2008年8月現在ではプレイステーション3とWiiのどちらを買うべきかが問題となるが、これは4行目の「天がしるしを示す」すなわち「任天堂のハードが初動で勝つならそれを買え」とのことである。この予言に従うならば、Wiiを買うべきだろう。
[編集] 第10巻31番
- Le sainct Empire, viendra en Germanie
- Ismaelites trouueront lieux ouuerts,
- Asnes voudront aussi la Carmanie
- Les soustenans de terre tous couuerts.
- 聖なる帝国がドイツに生まれ
- イスマリエットは開けた場所を発見する
- 愚か者はカルマニアの地を求め
- その地の支持者は地を覆う
「カルマニア」はペルシャ湾北部の民―すなわち中東の辺りの民族を示しており、「イスマリエット」はイスラエルの末裔ではないかといわれている。
しかし、「Germanie」と「Carmanie」を一緒くたに中央アジアのアフガニスタンであるとし、1977年のソビエト連邦侵攻を示しているという説[4]や、「Carmanie」は「Car mania」すなわち「クルマ気違い(カーマニア)」のことだと言う説[5]が、1970~90年代の研究本には真面目に記されていた。
[編集] 第10巻72番
- L'an mil neuf cens nonante neuf sept mois,
- Du ciel viendra un grand Roi d'effrayeur:
- Resusciter le grand Roi d'Angolmois,
- Avant apres Mars regner par bon-heur.
日本においては最もよく知られた詩であるが、諸外国ではそれほど注目されていない詩である。なぜならば文章を通してみれば、不幸な感じがするのは「恐怖」の部分だけ(しかも本来は「人々を嫌悪させる、脅えさせる」の意)であり、「幸福な統治」と平和が強調されているからである。
「アンゴルモア」はフランスのアングーモア地方を指しており、そこ出身の国王フランソワ1世(ルネサンス振興に尽力する一方、イスラムと手を結びキリスト教徒の反発を買う)を示しているという説が、フランスでは有力視されている。そのため、フランスで戦争好きの国王(軍神)の善政がなされているころに、フランソワ1世のような偉大な王(アンゴルモアの大王の再来を思わせる、キリスト教徒などを脅えさせる大王)が再び生まれるのではないか・・・という意味ではなかったかと推測されている。
しかし日本では1970年代以降のブームに便乗し、以下のような珍解釈が現れたりした。
見ての通り、原型を全くとどめていない。意訳とさえいえない。ほとんど創作といえるものである。その他の人の説にも見ていて苦笑するものが多かったことから、1999年7月前後のバラエティ番組では視聴者に受けると思われ、いろいろな意味で好意的に取り上げられた。件の池田などはそれらを通じ、解釈者からコメディアンに転じたほどである。
なお野村克也と野村沙知代を指し、「阪神タイガースの優勝」を示しているという説もあったことをお忘れなく[6]。実際に達成したのはこの4年後だが。
[編集] 第10巻75番
- Tant attendu ne reuiendra iamais,
- Dedans l'Europe en Asie apparoistra:
- Vn de la ligue yssu du grand Hermes,
- Et sur tous Roys des Orients croistra.
- 非常に切望されつつも
- ヨーロッパの中に戻らず、登場するのはアジアだろう
- 偉大なるヘルメスで結束し送られ
- 東洋の他の王の権力をことごとく越える力を持つだろう
「Fate/stay night」のセイバールートに関する予言とされる。アーサー王であるセイバーはヨーロッパに戻ることを切望されたが、日本の冬木市に召喚された。また3行目の「ヘルメス」とは魔術師のことであり、召喚儀式のために遠坂、マキリ、アインツベルンの3家が結束するさまが示されている。セイバーが「東洋の他の王の権力をことごとく越える力を持つ」のは周知の通りである。
[編集] 第10巻86番
- Comme vn gryphon viendra le Roy d'Europe,
- Accompagne' de ceux d'Aquilon,
- De rouges & blancs conduira grand troupe,
- Et iront contre le Roy de Babylon.
- ヨーロッパの王がグリフォンのいでたちにて立つ
- 北に住む強者たち
- 彼は赤と白との軍を従えて
- やがてバビロン王に立ち向かわんとす
まず目に付くのは「ヨーロッパの王」と「バビロン王」であるが、両者が戦うとなるとアーサー王とギルガメッシュ、つまりセイバーと金アーチャーしかありえない。やはりこれも「Fate/stay night」に関する予言である。「北」というのはゲームの舞台である冬木市、そこに「住む強者」とはマスターとサーヴァント達、「彼」とは主人公の衛宮士郎、「赤と白との軍」とは遠坂凛とセイバーのことである。また1行目でセイバーについて予言しておきながら、あえて3行目で主人公が凛とセイバーを連れて行くと予言していることから「両手に花」の凛Goodendの予言とされる。
なお、文脈からはアレクサンドロス大王とダレイオス3世とのガウガメラの戦いを示しているとも考えられるが、それはノストラダムスが生まれるよりもさらに2000年も前の出来事であり、これでは予言でなく伝記になってしまうとの批判がある。
[編集] 結論
ノストラダムスの「予言集」は「壮大なギャグ性」を有していて、彼に芸人およびコメディ作家としての才能があることが明らかになった。彼は死後数百年後にヨーロッパから遠く離れた極東の地で、思っても見なかった形でその才能を見出されたといえよう。
なおノストラダムスはこの「予言集」の中で、日本を始めとする諸国にこのような珍解釈をする人が現れ、大恥をかくことも予言していたといわれる。第2巻36番の詩がそれである。
- Du grand Prophete les lettres seront prinses.
- Entre les mains du tyrant deviendront:
- Frauder son roi seront les entreprinses,
- Mais ses rapines bien tost le troubleront.
- 偉大な預言者の書が横取りされ
- 暴君の手にそれが渡る
- 彼らは国王を騙そうとしたが
- その盗みのために窮地に追い込まれる
「国王」をローマ字で書いて裏返すと「houkok」―すなわちノストラダムスの予言書を好き勝手に解釈して読者に報告した者が、最後に大恥をかくことを見事に描写している。
[編集] 脚注
- ↑ 頭脳組合『超絶解釈ノストラダまス』
- ↑ ミカエル・ヒロサキ『神人ノストラダムスの大予言の真相』
- ↑ 講談社『MMR』の単行本未収録話
- ↑ ジョン・ホーグ『ノストラダムスの千年記』
- ↑ 五島勉『ノストラダムスの大予言』
- ↑ 土屋弘明『ノム虎ダムスの優勝大予言』

