ハンセン病

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ハンセン病 (- びょう) とは、ある一定の年代より上の世代に現れる特有の症状である。あわせて、この記事は、たぶんこんな記事になるのではないかと思っている人々の思ったとおりの記事である。心をこめて、思ったとおりの記事である。

また、以下のリンク先を見てを禁じえない人間がハンセン病患者である。

初期症状[編集]

ハンセン病の主な症状は、左腕のサポーターを直すしぐさから始まる。なお、この段階でいきなりブルロープを振り回したり、ボディスラムの後、背中にサッカーボールキックをぶち込んだりはしない。けれども、Youtubeを利用中に、急に気になってスペクトラムサンライズを検索したりするようになるのがハンセン病の第一段階である。

これは、日本人のある一定以上の年代の男性は、このメロディを聞くとなぜだか脳内にアドレナリンが放出されるようになっているためである。2013年現在、広義の意味では日本の30代以上の男性のほとんどがハンセン病に分類される。

あわせて、場合によっては吹けよ風、呼べよ嵐パワーホールでも移民の歌でもスカイハイでも同様の反応が現れることがある。これは、幼年時代からの刷り込みにより、これらの音楽が鼓膜を震わせた瞬間に少年時代が強烈に思い返されるためで、場合によってはフラッシュバックに近いレベルで興奮状態に陥るという病状が報告されている。街角でふと出会った外人、もしくは日本人にすら奇声をあげたり、まっっったく興味のないテレビ番組なのにBGMが流れている時間だけチャンネルを変えずにいたり、さらにはどう考えても政治には縁のないはずの人物に投票したりする。

このような初期段階を経て、最終的にはなぎら健壱によるコミックソングにすらを禁じえなくなるという末期症状すら見受けられることになるのがハンセン病の恐ろしいところである。そもそも、ハンセン病という言葉を聴いた瞬間、多くの人間がほぼ同じことを考えてしまう段階で、この病気が日本中にとんでもないほどのパンデミック(集団感染)を引き起こしていることは明白である。

主な病状[編集]

ハンセン病には、前述した初期症状のほかにも様々な症状がある。以下にそれらをピックアップする。

Wii[編集]

2013年現在、もっとも深刻かつ年代を感じさせてしまう病状が、任天堂が発売したゲーム機である「Wii」を遊ぼうとした壮年の男性が、右腕を高々上げて中指と薬指を曲げながらこのゲーム機の名前を高らかに発声してしまうという症状である。もちろん、そんな行動をする必要はないのだけれど、なぜだかとてつもなくそうやってみたくなってしまうところに、この病気の恐ろしさがある。そもそも、Wii自体、何でこの名前にした任天堂と多くの患者が叫んだといういわくつきの名前でもある。

あわせて、Wiiの正式名称は「テキサス・ロングホーン」である。絶対にそうである。

アートではなくアット[編集]

ハンセン病の主な病状の一つとして、英語の発音に異常に厳しくなるというものがある。特に、at(アット)とart(アート)の発音について、頑なに正しい発音を求めることが多い。これは、日本語の発音としてアットのほうが訛っており、アートと発音されるのが正しいと思われていた時代が存在したため、英語の発音としてアットが正しかったということが発覚して以降、この言葉の誤まりがどうしても許せない人々が大勢いるためで、この2つの発音の違いに命をかける、てゆうか絶対にアートではないと力説するのがある種のハンセン病患者の中期症状である。

あわせて、世界的な名称では「クローズライン」と呼ばれている。

ブレーキ[編集]

ハンセン病患者が年に1回は必ず遭遇する症状がある。それは、いわゆる交通事故などのニュースにおいて、ダンプカーブレーキが遅れただの、坂道で車のブレーキが効かなくなっただのという報道を聞いた直後に、いろいろな想いが去来するという、いたってどうでもいい話がある。しかし、同時に東洋の巨人だのキングコングだの千の顔を持つ男まで思い出してくるため、懐かしすぎてなかなかに困った状況になる。ただし、人間魚雷殺人医師、さらにはスーパーフライまで思い出すのはどうかとも思うけれど。

あわせて、不沈艦という言葉を船に対して使うのはどうしても納得がいかなくなるというのも一つの症状である。

素晴らしき菊地毅選手[編集]

ハンセン病患者にとって、もっともひどいと思われる症状がある。それは、ジュニアヘビー級の中でも特に軽量だった菊地毅選手に関する症状で、彼一流のパフォーマンスである「首に絡みついた左腕を支点に後ろへ一回転して顔からリングに突き刺さる」という、まさにプロレスでいうブックの基本中の基本である「いかに美しく技を受けるか」を追及した行為に、最上級の美を見出してしまうことである。これは、スローモーションに振り上げられる16文に自らぶつかっていく日本の伝統風景と同じ素晴らしい光景であると、患者たちは考えている。

本当に考えている。

なお、菊地選手は2009年12月に半引退をした後は、郷里である宮城県に戻り、2013年現在は餃子の王将で働いている。これは、東日本大震災により勤め先であった運送会社が無くなってしまったためである。2013年2月現在、ボーイと呼ばれた菊地選手も48歳になっている。もっとも、そんなことを言ったらブッチャーは72歳で現役であるけれども。

パンデミックの終焉[編集]

この悪質な病気はしかし、ある年代を境として一気に日本人男性の脳内から消滅する。その明確なラインは日付まで分かっており、それは全ハンセン病患者が涙した2001年1月28日ではない。それよりもずっと後の、2009年6月13日に三沢光晴リング禍で死んだときから、この病気に新たに罹患する人間や悪質な症状を発症してしまう人間がほぼいなくなってしまう。なぜなら、ハンセン病が発症するたびに、あの緑色のタイツがまぶたの裏に浮かんでしまい、心が深く沈んでしまうためである。

そのため、ジャッキー・チェンスパルタンXすら見ることが出来なくなった人間も多い。

けれども、少数の患者はそんな重い空気の中でもふと気づくとケニー・ロジャースの「SO IN LOVE WITH YOU」を検索してしまう。そして開始から18秒でアドレナリンが分泌され、ハンセン病が治っていないことにほっと一息つくのである。

この文章を読む人の何%かが驚く話[編集]

2013年5月11日、小橋建太選手(46才)の引退試合が行われた。

関連項目[編集]

心ゆくまで外部リンク[編集]

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