バルサ・ミ・コス
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
バルサ・ミ・コス (Barça, mi cos.) とは、スペインの慣用句であり、カタルーニャ地方在住者、およびその出身者のために用いられる。
目次 |
[編集] 概要
直訳すると「バルサ(バルセロナ)、私の体。」という意味になり、現在ではバルセロナの市民や出身者が、自らの郷土愛をラテン的に表す表現として専ら用いている。日本人は言うに及ばず、スペイン国内の他地域の住民ですら現地でこれを使うと白い目で見られることは確実である。特にマドリッド出身者の場合はいざこざが起き、最悪発言者の家族が江戸川コナンに頼らねばならない可能性もある。
カタルーニャ地方発祥であるが、「私の」を意味する"mi"はカタルーニャ語ではなくカスティリャ語 (所謂広範に、アメリカでも通じるスペイン語)である。これは首都がマドリッドに移って以来、ついこの間まで不当な扱いを受け続けてきたことに対するバルセロナ流の皮肉で、表面上はカスティリャーノの臣民であるが、体は完全にカタルーニャ人であるという主張を内包している。
[編集] 歴史
バルサ・ミ・コスという表現が文献に初めて登場するのは、ミゲル・デ・セルバンデスが16世紀末にセビリャの獄中から義妹に宛てた手紙に見いだされる。「隣の牢に入っているバルセロナから来たジプシーの女が、バルサ・ミ・コスという語を連呼している。壁越しに意味を問うと『私の体はバルセロナ』という意味らしい。おとといはバルセロナには三ヶ月も居たと言っていた。ただの放浪者が何を仰るのか。それに体は現にここセビリャにあるではないか。妹よ、お前や姪にはこの女や私のような重度の夢想者にはなって欲しくない。」と綴られており、死後一世紀を経て、スペインブルボン朝の王が即位後まもなく王宮敷地内にある聖フランシスコ会修道院で発見された。
以来、この語は差別用語として公には本国他地域や海外のスペイン植民地内でしばしば用いられ、カタルーニャ内ではジプシーの流れを汲むフラメンコにおける業界用語として用いられるにとどまっていた。
これを大きく変えたのが同地域出身でバルセロナに生きた建築家、アントニ・ガウディである。グエル別邸を建設していたころから言及し始め、自身の建築の根底に流れる「自然」を捉える力になるものこそがバルサ・ミ・コスであると公言した。ガウディのその後の活躍に伴い、少なくともカタルーニャ地方内ではこの語が持つ意味がポジティブなものへと変容していき、世界恐慌直後にはバルセロナ住民における重要なコンセンサスとして定着していた。日本におけるあはれ、韓国における恨のように。
しかし、フランコ独裁政権がカタルーニャを制圧し、全土を掌握したことでその使用は極めて抑圧された。カタルーニャ語の使用を禁止したためである。ただ、サッカースタジアム内ではカタルーニャ語の使用が認められたため、バルサ・ミ・コスはFCバルセロナのサポーターからサポーターへ口伝で伝えられていった。
再び公での使用が解禁されるには、1975年の王政復古を待たねばならなかった。即位したファン・カルロス1世は父がバルセロナ伯であることもあってバルサ・ミ・コスの概念を熟知しており、わずか三年でバルサ・ミ・コスを発言する自由を認める憲法制定へ導くことでカタルーニャ人の期待に応えた。国王陛下の支持率はバルセロナからたちまち上昇しはじめ、その後順次周辺へ、そしてカタルーニャ州外へ波及していった。こうして言葉や音波が持つ重要性について深く認識した国王陛下は、その後の治世において、マスコミを生かしたアルファ波の発動から、ベネズエラはチャベス大統領への¿Por qué no te callas?(黙らんか?)に至る言動を連発し、国民からの高い信頼を得ている。小泉純一郎も国王陛下をロールモデルとしている。何かを勘違いしているような気もするが…。
そして、これらの背景により他地域における差別用語としての使用も若干減少し、ついには1992年のバルセロナオリンピックでナショナルチームの国内向けスローガンとして使用される提案がなされた。しかし地域間の対立はまだ根深く、他地域カタルーニャ共に反対多数であったことから無かったことにされた。
[編集] 使用シーン
- フラメンコ
- カタルーニャフラメンコにおいてバルサ・ミ・コスは最上級の概念であり、日本の能における幽玄のような位置付けにある。練習で師匠から鬼のような形相で「バルサ・ミ・コスが足らない!」と檄を飛ばされるのは弟子たちが避けられない日常である。語句本来の意味にしてもダンスにはまさにうってつけである。日本でもダンス専門誌等に掲載された彼女らのインタビューを通じてこの語句を目にすることがあるだろう。
- サッカー
- 前述した経緯からサッカーの試合は現在最も頻繁に用いられている場であり、FCバルセロナを象徴する声援である。阪神タイガースでいう所の六甲おろしに相当する。ロナウジーニョがゴールをしたとき、バルデスが玉を止めたとき、シャビが華麗なパスを放ったときは必ずこの言葉が聞こえる。語句本来の意味から市民チームである当クラブにはまさにうってつけである。日本でもWOWOWやスカイパーフェクTVを通じて彼らの声援にこの語句が含まれていることを耳にすることが出来るだろう。
- サグラダ・ファミリア
- この建物こそ、正にバルサ・ミ・コスを体現することは言うまでもない。屋内では、外国人でもバルサ・ミ・コスと発言することを許されるだろう。マドリッド人を除いては。語句本来の意味を鑑みるとバルセロナ中心部にあるこの教会にはまさにうってつけである。日本でも世界遺産でバルサ・ミ・コスが何たるかを六感で感じ取ることが出来るだろう。
[編集] 関連項目
- 情熱 - 日本語に意訳するならこれが最も適切であろう。
- 愛国心 - 実はこちらに訳した方が適切な場合もあるが、戦後レジームが蔓延る出版業界では不可能だろう。
- バルサミコ酢 - 同音異義語。両者の関連性は不明である。きっと気のせいだろう。
| この項目「バルサ・ミ・コス」は、先人によって冒頭部が作られ、代々伝えられてきた物語のほんの序章に過ぎない、始まったばかりの項目です。これからの本当の物語の綴り手は、あなた自身です。 (Portal:スタブ) |

