ビートルズ

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動: 案内, 検索

ビートルズThe Beatles)とは、アイルランド出身のコミックバンド。ギネスブック・オブ・ワールド・レコードによると30分間に気絶させた人数が一番多い人たち。「カブトムシと言えばこの人ランキング」1位。

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディアの専門家気取りたちが「ビートルズ」の項目を執筆しています。

目次

[編集] 概要

下水道で生活していた4匹のカブトムシが謎の物質ミュータンジェンを浴びて誕生したバンド。カワバンガ! イギリスのとある港町にて結成され、アメリカの野球場を占拠したり、日本の武道館を乗っ取ったりするなど、一世を風靡した。1962年に「ラブミーどう」でレコードデビュー。1970年に法律上は解散する。

30分間に気絶させた人数が一番多い人たちとしてギネスブックに載っていることでも有名で、その技を習得したいと考えた多くの格闘家や軍人、ケンシロウなどが弟子入りを申し入れたが「弟子はとらん主義だ!」と門前払いを喰らった。

解散後はソロ活動に移行。中でも有名なのがジョン・レノンであり、彼はマンネリ化したイギリスのすべてに絶望し来日、「志村けん」という芸名でデビューし再び才能を開花させた。

[編集] メンバーと基本パート

  • ジョン・レノン(ボーカル、顔芸) 顔と態度が大きいことでイエス・キリストより有名。声帯にマイクを移植したり、極度の女好きか、スタジオに女のためのベッドを設置するなど革新的な人物。ヒトラーの娘と結婚したあと怪しい宗教に入る。あそこでやめておけばよかったのに。アイルランド系。
  • ポール・マッカートニー(ボーカル、前説) シルベスター・スタローンのモノマネで有名。一時ジャガイモのみを使った料理を披露しに、料理放送に出演したことも。馬鹿なラブソングばかり歌う。ビートルズとして活動中には何度も死亡し、また蘇生したことでも有名。その奇行が解散の直接的原因でもある(「死んだふり解散」)。解散後はグレて?パンクバンド「Punk Floyd」を結成しかつての紳士的なイメージを払拭。これもアイルランド系。
  • リンゴ・スター(手拍子) 本名はリチャード・スターキー(Richard・Starkey)。リンゴをすりおろすギャグで若者からの支持を獲得、「自分はナンバー1はムリだけど、ナンバー2なら自身あるよ」と言うことから、ビートルズの人気No.2。きかんしゃトーマスのナレーター。転身後実業家となり、のちに美容師界で大儲けをする。スターキー家は母方の姓でスコットランド系、父方の姓はバーキン家(Birkin)で東欧から来てイギリスに帰化したユダヤ人で、その混血である。
  • ジョージ・ハリスン(リードギター) インドネタやら最初期のシンセサイザーやらの宝庫だが、一般ウケはしなかった。エリック・クラプトンとは親友であったが後に穴兄弟となる。何故かインド航空のスチュワーデスになる。父方はウェールズ系、母方はアイルランド系イギリス人のフレンチ家(French)でありカトリック教徒で、その混血である。
  • エドウィン・ファンデルサール(リードギター) サッカープレーヤーになるため、1967年脱退。その後おしとやか。
  • ピート・ベスト(ドラムス) ビートルズデビュー前のメンバー。ジョンのピクルスを盗み食いしたことがばれ脱退。その後はがむしゃらに顔を幾度となく整形、ピエール瀧という名で頑張っている。その後おしとやか。ジョージとはホモ達イングランド系とアイルランド系の混血。
  • マーク・チャップマン(ピストル) ライブには一度も出てこなかったメンバー。後にある意味な有名人に!ジョンに「ライ麦畑で捕まえて」の面白さを伝えたことで有名。名言は「ミスター・レノン?」
  • ブライアン・サミュエル・エプスタイン(初代マネージャー)リバープール生まれだが、先祖はリトアニア系ユダヤ人。究極の変態だったが、若死にした。
  • スチュアート・サトクリフ(芸術家)ジョンと仲良しだったが1962年に死んだ・・・・・と思われていたがどうやら音楽に飽きてペパーランドに行ったらしい。

[編集] 来歴

1957年3月、ジョン・レノン、漫才コンビ『折折折折折折折折折ーメン』結成。
『折折折折折折折折折ーメン』のメンバーとその友人。貴重なカラー写真である。え?違う?

1957年7月6日、教会の庭で行われた折折折折折折折折折ーメンのお笑いライヴをポール・マッカートニーが観る。共通の友人の紹介によりジョン・レノンと対面。ポールはベースを弾きながらジーン・ビンセント・ゴッホの「ビー・葉っぱ・ア・定規」を完璧に歌い、ジョンに誘われ折折折折折折折折折ーメンのメンバーになる。

1958年2月6日、ポールの紹介でジョージ・ハリスンが折折折折折折折折折ーメンのオーディションを受ける。版金カルオの「青靴」を完璧に弾きこなしグループに加わる。

1959年1月、グループのメンバーはジョン、ポール、ジョージの3人だけになる。トリオ漫才では笑いが取れなかった。

1959年10月、グループ名を『ホットドッグス』と名乗るようになる。この頃からバンドとしての活動を開始する。

1960年1月、エドウィン・ファンデルサールがジョンに誘われバンドに加入(高校時代のジョンの親友、もともとサッカープレーヤー志望で、音楽をやっていたわけではないが、株が売れるとその金でギターを買ってバンドに入るようにジョンが誘いバンドに加入。)バンド名が『マンチェスター・ユナイテッド』になる。

1960年4月23、24日、ジョンとポールの2人は『イケないふたり』というユニット名で、ポールのいとこ夫婦が経営するおかまバーで演奏する。

1960年5月、ソロシンガーのバックバンドをつとめるツアーに出る(この時、それぞれが芸名をつけていた。ジョン「ケン・シムラ」、ポール「ポール・ザ・タレメイ」、ジョージ「ヒデアキ・イトウ」、ファンデルサール「ベッカム」)。

この頃はドラマーが次から次へと入れ替わっていた、ドラマーのいないステージではジョンがジョージを叩いたこともあった

1960年8月、ドイツのどこかの田舎での仕事が入り新たにドラマーが必要になり、出演していたおかまバーの経営者の息子ピート・ベストがドラムをやっていたので、メンバーとして誘い入れる。バンド名が『ザ・ビートルズ』になる。ハンブルクではリンゴ・スターがドラムをつとめる『ビッグ・ノーズ・ザ・ハリケーン・タイフーン・サイクロン』も出演していて、ポールがリンゴと付き合いはじめる。ポール、17歳のできごとであった。

1962年1月1日、鉄火巻きのオーディションを受けるが不合格となる。

この頃、ピートがステージを休むことが数回あり、そんな時はジョンがジョージを叩いていた。

1962年8月15日、ピート・ベストがジョンのピクルスを盗み食いしたため解雇され、リンゴ・スターがビートルズのメンバーになる。

1962年10月5日、レコードデビュー。

1963年、電撃戦によってイギリス全土を占領。

1964年2月、アメリカ合衆国への直接侵攻を開始。

1965年、リンゴが怪しい宗教集団に狙われる。指輪ばっかはめてるからだ。

1966年3月、人気がキリストを上回る。

1966年7月、日本本土決戦。表は武道館ライブ、裏では幻想郷ライブ。 その後、フィリピンに向かうが、現地ゲリラの攻撃により転進。

1967年6月、胡椒軍曹淋心部楽団として活躍する。

1968年、黄色い潜水艦によりペパーランドへ侵攻。略奪の限りを尽くし占領する。

1968年、アルバム「怖いとアルバム」がリリース。

1970年、ポール・マッカートニーが自爆。なすがままに滅亡する。

1987年、活動時期に発売されたレコードがCD化される。

2008年、リミックスアルバム「アブ蜂とらず」がリリース。

2009年9月9日、活動時期に発売されたアルバムが、超リマスター盤として再発売された。そしてあの初期4作品が初のステレオCD化になるとは。

[編集] 関係の深い人物・グループ、そして「アイテム」

  • ボブ・ディラン(大泉洋) 現在は大泉洋と改名して精力的に活動を続けているが、当時はボブ・ディランと名乗り、アメリカを代表するミュージシャンだった。ファンを「子猫ちゃん」と呼ぶことで有名。ビートルズがアメリカツアーを行った際に、ビートルズと接触する事に成功。その際にビートルズにマリファナを教えたといわれている。実は東欧系ユダヤ人移民のを引く。
  • エリック・クラプトン(有田哲平) ジョージと大の仲良し。妻を奪っても大の仲良し。ふたりの間に一体何があるのか、それは未だ持って分からない。かつて「くりぃむ」というグループで演奏していた際に「ビートルズのようなヤツらはミュージシャンとは言えない」と発言していたが、あっさり「While My Guiter Gently Weeps」の録音に参加。そしてジョージと仲良しになる。現在は有田哲平と改名し、日本でバラエティー番組などで活動している。
  • ローリング・ストーンズ 子分的存在。ミック・ジャガーはジョンの食べ残しをもらうほどの舎弟ぶり。デビュー当時、ジョンとポールから「彼氏になりたいね~ん!」というギャグをもらうが、あまり受けなかった。ブライアン・ジョーンズという金髪の天才は、ジョージにシタールを習い、30分でジョージより巧くなったというナイスガイ。ジョージの立場はどうなる。
  • オアシス 他グループの批判が危険なグループ。岡村隆率いるシェッド・セブンという人達は、「ヴォーカルがまるでビョークみたいだぜ!」と貶してるんだか褒めてるんだかよく分からない批判をされたりしている。かつてリンゴの息子が在籍していたが、オヤジより巧いドラムさばきを披露するのでリンゴがサインボールと引き換えに息子を脱退させるよう命じ、現在はサポートメンバーとなっている。リアムは自分がジョン・レノンの生まれ変わりだといっているが、んなこたない。だって志村けんとしてご存命なんだから。
  • ミニ ビートルズ全員が持っていたという。ジョンはポールから奪い取った・・・・いや、ただの白いミニに乗っており、ポールは正統派カスタム(あのおバカお気に入りの性格が暗い鉄屑風に)にしており、みんな大好きリンゴはなんとミニをハッチバックにしたり、しかもジョージは・・・・・なんかアレである。そんなミニです。

[編集] 関連項目

個人用ツール
View and edit namespaces data

変種
操作
案内
編集者向け
姉妹プロジェクト
ツールボックス
他の言語