ブタゴリラ
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
ブタゴリラ(漢字表記:豚大猩猩、本名:熊田 薫(くまだ かおる)、1964年6月15日 - 1996年12月3日)とは、ジャイアンに対抗できる唯一にして最強の存在だった、八百屋のせがれ。
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[編集] ブタゴリラの人となり
地球にて、八百屋、熊八の息子として生まれる。幼い頃から最強そして傲慢を誇るものの、人の良さからか非情になり切れないところがあった。東京大学でジャイアンに出会い、お前の物は俺の物、俺の物も俺の物というジャイアニズムを信奉していたが、ジャイアンとの訣別により、それを発展させた「お前の物は俺の物、俺の物はお前の物」を掲げるブタゴリズムを提唱しようとしたが、「それって共産主義じゃないかぁ」とのキテレツの一言にショックを受け、1年寝込んだものの、復帰。ソ連に渡り、共産主義を学んだ。
野菜が好きで、野菜を残す人間には冷たい。
[編集] ジャイアンへの対抗意識
1973年、東京大学でジャイアニズム研究会を主催していたジャイアンに出会う。その思想に深く共感する。ブタゴリラはこの出会いについて、「ジャイアニズムに出会ったときは、月並みな言葉で恐縮ですが、衝撃的でした。かつて私は「塾と俺、どっちが大事なんだよ!」という、程度の低い思想しか持っていませんでした。しかし、剛田君のジャイアニズムは違う。もっと包括的で、世界を変えることができる強い思想だ。」と語っている。ジャイアンも同士とみなしていたが、74年、訣別。一説には、飲み会の席でジャイアンがパセリを残したことが原因だといわれている。
1995年、オーストラリアを占領したジャイアンだったが、その傲慢な態度に怒りは強く、96年12月3日、シドニーのオペラハウスに視察に出ていたジャイアンを襲ったが、返り討ちに遭い、絶命。
なお、彼の甘さが、その早い死を招いたとジャイアンは語っている。
[編集] 関連人物
- 熊田熊八(19??年?月?日~1991年3月6日)
偉大なる父。小さな頃から、ブタゴリラは父には頭があがらなかった。その父を越えるため、91年の正月から高尾山に3ヶ月篭もり、修行をしたという。しかし、山を降りる前日、長年に渡ってネギボウズと呼ばれつづけたことにコロ介が激怒。もう一度言ったら殺すと心に決めていたコロ介は、小道具屋から盗んだ日本刀で熊八を二度切りつけ、殺害した。 ブタゴリラはその死を知ったとき、泣き崩れたという。
- 母ちゃん(本名:剛田??、(19??年?月?日~20??年?月?日))
偉大なる母。
[編集] 関連項目
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