ヘイトスピーチ

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ヘイトスピーチとは、塀とスピーチすることである。決して越えられない壁を前にしていると思うせいか、そのスピーチは憎悪に満ちる傾向にある。

概要[編集]

塀とスピーチするとはつまり、塀の前で他人に向けて発せられないようなことを大声で絶叫することである。どうせ誰も聞いていないとばかりに、本心をありのままに吐き出すので、盗み聞きできれば、発話者のありのままの本心を聞くことができる。ただし、普段優しくしてくれる人間のとんでもない黒歴史を知ってしまう恐れもなるので、面白半分で耳を傾けるのは避けるべきだ。

塀に向かって叫ばれる言葉は、まず憎悪に満ちた言葉である。これは人間の本能が憎悪を原動力としていることを示唆している。誰も聞いていない世界に向かって愛を叫んだ青年が、実際には死を目撃することになった故事を思い起こせば、それは明白だろう。それに、塀とのスピーチは内容が無害な場合本人にのみ迷惑をかけるものだが、憎悪系のものは他人に直接迷惑をかけている以上、ただで済ますことはできないという事情もある。

塀を超える[編集]

刑務所の塀に向かって禁則事項をスピーチする事ですぐに刑務所に入れる。ヘイトスピーチの主犯と看做されている某団体は最高裁を左翼認定するなど塀を超えんとスピーチの腕に磨きをかけている。

そのために必要なカロリーは1日当たり米10kgという具体的な目標が語られ日本中に衝撃が走った。ヘイトスピーチは刑務所の塀とスピーチする無政府主義者の食い扶持なのである。

塀を忘れたヘイト・スピーチ[編集]

しかし、近年は塀が何なのか区別がつかず、人前で本音をわめき散らす事例が多数発生し、問題視されている。この問題は無視できないので、自己防衛のためにも一度は考察しておかねばならない。

憎悪表現という意味でのヘイト・スピーチを人前で行っているのは普段はとっても物静かな青年という説が存在する。しかし、理性的に考えてみると、叫べと言われても叫べないような人間が憎悪だけは大声でできるという事例がマスコミ報道ほど多くあるとは思えない。むしろ、表の顔が周囲を怖がらせるほどの大声で客に感謝している人間が、同時に憎悪煽動のヘイト・スピーチを行っている事例の方が圧倒的に多いと思われる。

「光が大きければ闇も大きくなる」という金言に従えば、感謝の声の光が大きければ大きいほど、「~を殺せ」の闇もまた大きくなるとみるのは自然なことだ。これは、消費者金融の受付にいる優しいお姉さんと、負債者の家の塀に向かって憎悪スピーチの限りを尽くす怖いお兄さん光と闇を対照すれば、ずっと分かりやすくなるだろう。

インターネット上のヘイト・スピーチ[編集]

インターネット上での言論活動は、実際には不特定多数に観られるものなのに、誰も聞いていない塀とのスピーチだと思い込む人間が非常に多い。そのため、ネット空間はヘイト・スピーチの最前線だという説がまことしやかに語られている。

「ネット上でのみ憎悪をまき散らすネティズン」という像が形成されて久しい。ネット上では音声の大きさを測ることはできないという事実がこれを後押しする。

それでも、静かにしている人間の99%は始めからネットに書き込むことなどしないだろう。おまけに、ネット活動をしているとしても、静かな人間は余程のことがない限り、自分の言論をよりアクセスの集まる場で積極的に広報しようとはしないだろうから、ネット上での声の大きさの指標となるアクセス件数は内容に比して少なくなる。そして、静かな者たちの発言は検索しても引っかからなくなっていき、実質存在しないも同然となる。

こう考えていくと、ネット上のヘイト・スピーチもまた、現実空間で大声を出せる人間が中心になって作っているという構図が浮かび上がってくる。ネット憎悪の根源とみなされているネット右翼と呼ばれる人間が、実際には現実世界の路上を主なお散歩場所にし、商店の塀を主な話し相手にしていることを考えれば、それはより明白になる。

ネット上のヘイト・スピーチにおける塀とは、お察しだろうがインターネット空間における匿名性の表象である。

ヘイト・スピーチ規制[編集]

憎悪に満ちた塀とのスピーチを法律で規制しようとする動きが存在する。しかし、ヘイト・スピーチを実際に法規制した国では、その国が掲げる大義の名の下で、憎悪に満ちた言葉が錬磨されたまま野放しになる傾向が広く見受けられる。これは憎悪というものが、常に優勢な立場の側から煽られることを考えれば、よく理解できるだろう。ヘイト・スピーチは法規制をも自らの内に取り込んで憎悪性を増していくのである。

塀とスピーチの一例[編集]

「塀よ塀、世界で一番かっこいいのは誰?」

「・・・」

「俺様だろ、鏡でもそういうのだから」

「・・・」

「何か言えよ、お前は鏡以下なのか?お世辞も言えぬとは、人を得意がらせることもできんのか?」

「・・・」

「何だ、話もできぬ分際で鏡以上に高価だとは。貴様、よくもボッタくってくれたな、鏡のようにぶっ壊してやる」

「・・・」

ボコリ・・・そして男は腕を痛めて入院した。

憎悪発言として問題視されるのは、3番目以降の発言である。そして、一度3番目以降の発言をしてしまうと、そのあまりの痛さから憎悪的な意味でのヘイトスピーチしかできなくなっていくという。

関連項目[編集]

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「ヘイトスピーチ」の項目を執筆しています。
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この記事「ヘイトスピーチ」は何故か「ヘイト・スピーチ」とネタや題材がダブっています。どちらが真実なのかは神のみぞ知ります。

外部リンク[編集]