メルセデス・ベンツ

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メルセデス・ベンツとは、ドイツの国に存在する神妙不可式にして胡散臭い自動車会社である。丸に人のマークでおなじみ。ダイムラークライスラーグループの一員。本国ドイツでは、日本で言うところのトヨタ日産と同レベルの扱いを受けている。欧州では年寄りの乗るクルマという位置づけで、日本では外車=ベンツという固定概念の品の無いおっさんが乗るクルマという位置づけである。執筆者陣の大半は、一生かかっても所有できない車のメーカーの一つである。(一部の執筆陣は購入済みである) また、馬を怖がらせる邪魔者として乗用車を発明した会社でもあり、以後の歴史において、誰かを威嚇し続けてきた会社でもある。実際信号待ちで後ろについて欲しくない。


概要[編集]

メルセデス・ベンツ最新のプレゼンター

1926年のほとんど同時期に設立された太古の自動車会社であるとされている。当初はメルセデスとベンツはまったく別の会社だったがメルセデスが半場無理矢理合併している。

日本では「ベンツ」が普通の言い方で「メルセデス」はナウな言い方とされているが海外では「メルセデス」が普通の言い方で「ベンツ」は舌が回らない人の言い方として見られている。しかし別に日本人はベンツでよい。もし日本でメルセデスなどとかっこつけて読んでいる人がいればそれは間違いなくTopGearかぶれ。あとドイツ語発音でメルツェデスなんて言ってる奴はアホかバカの類である。もともとダイムラーって響きが硬いから当時の流行りだったスペイン風の名前を付けたのに、それを無視してメルツェデスって呼んでるのはインテリ気取りの阿呆である。

地球環境に最も先進的に取り組んでそうに見えるが、燃費のいいエコカーなんか一台も作っていない。エコカーを作るどころか、空に飛ぶ車を開発してしまった。 朝鮮民主主義人民共和国、金正日の愛車もメルセデス・ベンツ Sクラスであった。

乗用車[編集]

世界を代表する高級車ブランドとしての一面ばかりが独り立ちしている。 中には「特別モデル」と称して艶消しブラックにしただけで200万円高いとか、ともかく値段を高くするために理由をみつける優れたセンスを持っている。

日本では暴力団ゴルゴ松本のような大当たりの芸能人の乗る車として親しまれており「ベンツは高い車」というイメージがあるが実際はクラウンよりも安いベンツはたくさん存在する。また、その筋の方は意外に国産VIPカーに乗っていらっしゃる場合もある。

それは東京・青山通りで行なっている車種別の通行数ランキングでは、カローラなどをおしのけ、Eクラスが1位の常連となっていることからも伺える。

一方、中古車では事故車でなくとも安い車も存在し、曲りなりではあるが「ベンツは高い車」というイメージは正しくないとも言えるが頭にマーチより高いとつければやっぱり合っている。

Cクラスオーナーは、南アフリカ製って事を知らされていないし、そこを聞いたりすると、マナー違反である。 外観だけで車外の人間にメッセージが伝わっているためか、意外と車内がきたない場合がある。

商用車[編集]

本国で売れなくなるのを恐れてちまちまとタクシートラックなどとしても広く使われる実用車・大衆車なんかも適当に作っている。トヨタで言うとコンフォート、日産でいうクルーみたいな商用車もちゃんといる。 バスライトバン、特殊車両なども含めた商用車の主な市場は、ヨーロッパのほか、ちょいとした国々である。

北米では、商用バン「スプリンター」が、クライスラーから「ダッジ・スプリンター」として販売されている例がある。また、トヨタ自動車でもトヨタ・スプリンターとしてスプリンターが作られているが名前がパクられただけである。

日本では皮肉にもバスなどは三菱ふそうトラック・バスが販売している。そのため、「ベンツのバスもリコールする!!」と勘違いされ人気は無い。それは三菱ふそうのバスが大好きなバス会社サモンナイトの会社の前を走っているバス会社がベンツのバスを所有しない事からも伺える。

一部の運送会社が車種のバライティを出すためだけにベンツのトラックを所有していたりする事もある。またどこぞのバス会社ではベンツのバスをいれ「べンツ急行」などという大変いかがわしくウザい高速バスを走らせたりすることがあった。

エンブレム[編集]

通称スリー・ポインテインテッド・スターは陸・海・空を示すものとされている。小話として、三ツ矢サイダーがパクったのである。

来歴[編集]

成り立ち[編集]

メルセデスベンツの歴史はドイツの歴史教科書において55ページにわたるたくさんのページ数と一流カメラマンが撮影した素晴らしい写真とともに紹介されている。また、ドイツではそのほかの自動車会社も紹介されているが「トヨタ・日本のそういうメーカー」は「ワーゲン・ドイツのそーゆーメーカー」という代物で日産にいたっては「にっさん?それって美味しい?」という有様である。

ベンツの一応の歴史は1886年にドイツの技術者、カール・ベンツと言う人によって創設された世界最古の自動車メーカーの一つとしてドイツの教科書にはこんだけで2ページ使っている。試験に出題される。 1886年に世界初の自動車として初の特許を取得。「馬を怖がらせる邪魔者」という悪魔のような存在であるにもかかわらず、特許をとった。

そうした中、カール・ベンツの婦人であり夫を愛するベルタ・ベンツは夫を愛するあまり、夫の発明がすばらしいものであるということを認めさせる"ため"だけ驚くべき冒険を敢行する。 2人の息子ともどもガソリンを薬局で購入するなどして当時、基本的に未舗装路での自動車旅行を強行した。その過程はマンハイムから106km離れたプフォルツハイムの街に行くというものだった。いわゆる自動車で初めて行われたグランツーリスモ(超長距離自動車豪華旅行・サンドイッチ付きの意味)である。その後の結末は母をたずねて三千里に近いものでありドイツではこれを純愛ドラマとして今でもうざいくらいリメイク版が放送され、更にテストにも出ている。

ナチスへの協力[編集]

ドイツの独裁者であったヒゲのおじさんは、政権獲得後の1933年2月11日、車普及したほうが、かっこよくね?と考えそれが国家の防衛力を高めることになるとほざいた。実際、歴史的にみて馬には絶大な威嚇能力が実証されているため、これを人間にも応用仕様としたわけである。これ以降政府は制限なしの世界で一番楽しく危険な高速道路アウトバーン建設したりするわけだがベンツはワーゲンとともに奴隷であるユダヤ人を大量に使い国産車を作りまくる。人としてそれはやっちゃなんねぇだろ。まったく。

ベンツはこのとき、ナチスと協力体制をとったことでユダヤ人を大量に強制労働させられ、戦後賠償金をたくさん払うハメになった。 黒歴史だけど、そこはわすれちゃなんねぇ。と教科書でもおそわる。

その後[編集]

まあ色々あった。いろんなことがあった。ベルリンの壁も壊れた。

そしてものすごい事が起こった。1997年に登場したAクラスが、北欧の自動車雑誌による素人には再現不可能な神がかり的な運転操作の際に西部警察セドリックパトカーのごとく横転し、「メルセデス・ベンツがカースタント用の車を作った」と世界中で報じられることになった。同時期に発売されその品質の低さと完成度の低さで話題となったMクラスと並んで報じられたこともあり、ベンツはかつての日産マツダほどではないが経営危機におちた。だってベンツから安全をとったら、高額と見栄えしか残らない。

なお、2005年8月以降に発売されたEクラスSLクラスでは、ジャーマン・オートモービル・グラブとかいうよく分からん会社の顧客満足度調査では、33ブランドのなかで最下位だったそうだが気にするな

主な生産車種といろいろ[編集]

車の作り方[編集]

ベンツは最近「大きな車が安全につぶれる」車作りに凝っている。これはいろんな国でベンツと日産・マーチなどの小型車が真正面からぶつかると高確率で後者の方が大ダメージを受け運転手が死んでしまうからである。ベンツとして、馬を威嚇し、人間を威嚇し正しい進化を遂げてきたが、威嚇しすぎで心臓を止めてはだめだってことに気がついたため、そこでベンツ側の乗員の人類愛をアピールするため(小型車を丈夫にすればいいだけなのに)「マーチとぶつかってもマーチの人が死なない車」、素晴らCクラスだったかなんかを製造、大いに脚光を浴びている。

車のデザインはかつて、ブタ鼻マークⅡにも似たデザインだったのがセドリックY31型に似せたものになり、今はトヨタ・アリスト日産・シーマに似たものになっている。これは日本の人に「あなたの身近なメルセデス・ベンツ」を表現するためだがベンツなんて身近じゃねぇよ

そのほかベンツマークを作り分けているが意味はない。安い車ほどあのクソでかいいまいましいベンツマークが付いているのはベンツを持っていない人に「ベンツだよ、いいな」と思わせる効果があるからである。 くやしいが、中古のベンツと新品のレクサス。中古のベンツの方が威嚇能力がある。

セダン(サルーンともいう)[編集]

クーペ/カブリオレ[編集]

ステーションワゴン[編集]

SUV[編集]

ハッチバック/2BOX[編集]

ミニバン/1BOX[編集]

その他(ビジネスカーなど)[編集]

  • ウニモグ:超絶多目的トラック。ポケモンでジュンサーさんが使う。
  • ハリアーの兄弟車:スポーツユーティリティービークル(SUV)。トヨタからのOEM。
  • カローラの兄弟車:商用バン。トヨタからのOEM。
  • アクトロス:大型トラック。中小運送会社がたまに買っている。
  • シターロ:大型路線バス。本来はタシーロとしようとしたが、ネ申の名前をそのまま使用するのはあまりにも恐れ多く不敬罪に相当するという理由で文字の順序を変えたと言われているが、真相は定かでない。キュービック似の連接バス。つーかただのパクリ。
  • マイバッハ:成金専用車。一般人は買えないどころか商談すらさせてもらえない。
  • スマート:車と全く縁のないスイスの時計会社と小型車なんて作ったことのないベンツを合わせたら、横転したりして多額の費用がかさみ、スウォッチは撤退しつつも何とかやっている小型車専門ブランド。

モータースポーツ[編集]

そんなベンツだが、なちすへ協力する前からモータースポーツにも遠慮なく参加したが、1955年のルマンとある魔物のせいで

「とある魔物が乗っていた車が後方に対して無配慮な減速&車線変更→後ろを走っていた車が回避行動→さら後方を走ってたベンツ君が回避し切れずに乗り上げて離陸」

といった本当にあった怖い話が発生した上に86人もの方が天に召されてしまった。

しかもこのレースはあろう事か、とある魔物が勝っちゃったモンだからモータースポーツ史上、"最もムカつくレース"として語り継がれる事になる。 なお、このイベントからメルセデス航空の伝説が始まった。

ちなみに、原因となったとある魔物は4年後に天に召された方々に呪い殺されてしまいました。


30年後、新たな伝説を刻むべくルマンにリターンマッチを望んで参戦したが、上記のケースとは別の形でマシンが離陸、ここでもメルセデス航空の名を知らしめた。

その後もどう見てもセダンにしか見えない様な車(中身はガイキチ)でDTMを暴走したり、 FIA GT選手権でちっとだけルールの裏をかいた車で暴れまわったりしたが、99年にメルセデス航空の名を確固たるイベントが発生した。

メルセデスベンツ・CLRという偉大なお方が登場した。 なんとこのお方、99年のルマンで3回も離陸に成功したのである。 あ~外行っちゃった

正に、メルセデス航空の名を世に知らしめた瞬間であった。 現在でもコメントが多すぎてウザい動画ようつべでもレース中の離陸のみ確認できる。 あ~外行っちゃった

3回目の離陸の後、十分満足したベンツ爺さんは残った方に撤収を命じ、以後2度とルマンにやって来る事はなかった。

なお、唯一飛ばなかった方は博物館で標本にされた。


関連項目[編集]