ホワイト・クリスマス

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動先: 案内検索

ホワイト・クリスマスは、クリスマスを祝う日(12月24日-12月25日)に積に見舞われることである。日本では北陸東北地方、それに北海道と言ったところでよく発生する。

概要[編集]

クリスマスは、キリスト教徒はイエス・キリストの生誕を祝って盛り上がり、キリスト教圏から外れる国(中国日本など)でもその祝い事精神に則って皆で喜びを分かち合おうと諸種行事が催される、大変めでたい日となる筈である。

しかしこのホワイト・クリスマスは、そのようなお祝いムードに水を差すものとなる。本来ならば祝賀行事を行って大いに皆で盛り上がりたいところなのに、上にあげたような雪に見舞われる地域では、積雪や路面凍結のために買い出しや行事参加のための移動に支障をきたし、更には除雪、雪除け、雪下ろし、排雪といった日ごろの作業に加えて余計な仕事をする必要に見舞われ、祝い事をするだけの体力を人々から奪ってしまうからである。特にまだ気温が下がりきっていない12月の雪は水分が多く重たいボタ雪であり、降雪量が半端で無かった場合、木が倒れる、電線が切れて停電するなどの災害を引き起こし、文字通りサイレント・ナイトとなってしまうことが少なくない。

そのため、このような地方では天皇誕生日12月23日)からクリスマスを経て年末年始(子供なら冬休みに当たる)の時期には、必死になって「雪よ降らないでくれ」と日本神道に基づく仏教様(ブッダ)、それにヤハウェイエスといったキリスト教の神ないし神の子に向けて人々が祈りをささげているという。積雪地帯の子供がサンタクロースに向けた手紙の中には、「家族(ないし友達)とクリスマスを祝いたいので、雪が降り過ぎないようにしてください」と書いたものがあらわれる、という話もしばしば語られている。

だが現実には、積雪地方で12月下旬から1月上旬に雪が降ってしまうことはしばしばである。これは何故であろうか。それは積雪に見舞われることがほとんどない都会の人々が、このような願い事をしてしまうからである。「雪が降るとクリスマスの雰囲気が(何となく)盛り上がりそうだから、クリスマスに雪を降らせて下さい」と。

キリスト教の神は全知全能と言われている。しかしそれは、「自然をむやみに操ると、他の所に悪影響を与える」と言うことも認識しているということであり、都会で願いがあったからといって、その場所に雪を降らせることはできない(しない)。そして都会の人口は総じて積雪地帯全部を合わせた人口よりも多くなる事がしばしばある。

よって神は都会の人々の願いと積雪地帯の人々の願いを共にかなえるべく、積雪地帯に多くの雪が降る季節と余り雪が降らない季節を交互に設け、都会の人々は積雪地帯に雪が降ったらそこへ雪を見に行ってくれ、と密かに誘導を図っている。だが、都会の人々は自分がいるところに雪が降らないことを嘆き続け、他の地域には多量の雪が降っていて、そこへ行けば死ぬほどの雪が見られるということを認識していない、または認識はしているが行動しようとしていないことから、未だにクリスマスに雪が降ることを願い続けている。その結果、積雪地帯の人々は無用な苦労を強いられ続けることになる。

積雪地帯の人々のためにも、都会の人々は早急にホワイト・クリスマスの発生を願うことを止めるべきであると言えよう。