ホンダ・ストリーム
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
ホンダ・ストリームとは、本田技研工業が製造している三輪スクーターであったが販売が伸び悩み、販売促進の為にタイヤ一つが増量された。
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[編集] 概要
カブのプラットフォームを用いて開発された5ナンバーサイズ、3列シート7人乗りのビッグバンであるが、バンバンらしくないスポーティさをウリにしており、シビックとともに2000-2001年の日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。7人乗りとは言っても、子供3人で大人2人と数えるため、最大10人乗れる10人乗りバンバン。
後に車体寸法が全く同一でパクられたデザインとコンセプトで登場したトヨタ・ウィッシュが、最大の競合車種、と思っているのはストリームユーザーだけでトヨタは気にしていない模様。ストリームがフルモデルチェンジを果たした今でも「ウィッシュはあと10年は戦える」とマ・クベは語っている。
[編集] 歴史
[編集] 初代 (1981-1983年 TB07)
- 1981年に発表された。幌は無く(ドアも無い)フルオープンカーとして発売された。
- 空冷・2サイクル50ccエンジン搭載。当時としては「近未来的」なデザイン。ミッションはこのときはまだ珍しいCVTを採用。操作系も20年後を先取りしており、ステアリングとアクセルが一体となっている。
- また、低床化ミニバンの先駆けとなる「低床バックボーン」を採用。
- 初代は終戦直前に完成したため、タイヤが3つしかなく一人乗りであった。タイヤが4つ無いことに関してホンダの技術士官は「あんなの飾りです」と語っている。
[編集] 2代目(1983-1987年 AJ/AK/AR型)
- 1983年10月20日、3代目シビックの5ドアとして開発。試作1号機~3号機まで存在し、いずれもエゥーゴによって奪取された。単独での大気圏突入が可能であったため、ホンダ社内の開発ネームは「シビックシャトル」。
- タイヤが1つ増え4輪となった。1人乗りから5人乗りへ5倍の進化。
[編集] 3代目(2000-2006年 RN1/2/3/4/5型)
- ストリームを購入した人のほとんどが気がついていないが、シビックシャトルに3列目シートを追加しただけの簡易設計。
- 2000年10月 初代登場。
- 発売から10カ月で累計販売台数は10万台を越え、ホンダの登録車としては『ステップワゴン』を抜く最短記録を達成。しかし、2003年1月にパクリの名人トヨタがパクッたウィッシュの登場と、トヨタの巨大販売網、トヨタレンタカーへの販売数により、売れ行きは撃沈。やはり、ホンダレンタカーが必要とホンダに思わせるに至る事件であった。トヨタ・セルシオの購入者の7割が法人契約でした。
- 2003年9月 マイナーチェンジ。ホンダ初採用のガソリン直噴エンジンである K20B型 直4 DOHC i-VTECi(156PS)と、マニュアルシフトモードの付いたCVTを搭載した。その後、K20Bを搭載したホンダ車は現れておらず、直噴の実験的車両であった可能性が高い。ガンダムに例えると、ザクレロ。
[編集] 4代目(2006年- RN6/7/8/9型)
- 2006年7月13日にフルモデルチェンジ。ホンダは2世代に渡り、車のボディサイズを維持しなければならない、という本田宗一郎さんの遺言があるため、ボディサイズは5ナンバーのままで登場(オデッセイ、ステップワゴンなどの車種は全て2世代はほぼ同サイズで開発されている)。
- トルク重視型のR型エンジンを搭載。人気車種のオデッセイ、ステップワゴン、フィットにはR型エンジンを搭載しておらず、初代に引き続き実験的車両となっている。Zガンダムに例えると、ボリノークサマーン。
- マイナーチェンジで特殊グレードを追加しその特殊グレードが人気を放つというパターンから、マイナーチェンジでキャノンタイプ、陸戦用、核弾頭装備などのグレードが登場する可能性が高い(TypeR、EuroR、アブソルート、スパーダというグレードは全てマイナーチェンジで追加された)。
- 発表当時、ホンダの開発者は「RSZの上のグレードは発売しない」と語っているが「RSZをパワーアップしない」とは語っていない。パワーアップ、排気量アップ、マグネットコーティングの可能性はある模様。
- また、ホンダの2世代同一サイズ理論で考えると、5代目は3ナンバー化される可能性が高い。

