ムネオハウス
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
ムネオハウス(Muneo-House)とは、あの鈴木宗男が創り出した、新しい音楽のジャンルだYO!
主にハウス系の曲が特徴だYO!
目次 |
[編集] 主なアーティスト
- 鈴木宗男(DJ.MUNEO) - ダイチミュージック所属(元ジミンディスク所属)、ムネオハウスというジャンルを作った男。代表曲は「muneo house」「shikaraba」他多数
- ジョン・ムウェテ・ムルアカ(BIG・JOHN) - ダイチミュージック所属、片言系の黒人ラッパー。代表曲は「muru-CORE」
- 辻元清美(MC.TSUJIKIYO) - シャミンレコード所属、強気なMCが特徴。代表曲は「Blue TUE-SI day」「dj battle」「souri! souri!」
- 津島インチョ(BIG・Tsushima) - ジミンディスク所属、ロボットボイスには定評がある。代表曲は「muneo house」「muneokama disco」
- 田中眞紀子(DEVA.Makiko) - ミンシュミュージックエンターテイメント所属(元ジミンディスク所属)、ずぅずぅ系ラッパー。代表曲は「stranger」「Zoo Zoo」
- 田原総一郎(Verb.Tahara) - サ・ヨークキョウサン所属、煽り口調のフラーバが特徴。代表曲は「E get tonight」「Usodayo」
- 佐々木憲昭(MC.Sasaki) - サ・ヨークキョウサン所属、低音系ラッパー。代表曲は「muneo spiritual」「mg」
- 土井たか子(MC.Otakasan) - シャミンレコード所属、Mc.Tsujikiyoの師匠。代表曲は「Doidoi」
[編集] 歴史
19xx年(忘れた)に鈴木宗男が国後島に日本人とロシア人の友好の家(以下友好の家)というプレハブ建てのクラブを建てた。完成直後にゼネコン疑惑が起きた。そこで野次馬が友好の家に駆けつけたが、そこにかけていた音楽に野次馬達は踊ってしまい、遂には「また来て踊りたい」と言った(千島新聞より)。また、同時にDJの……(忘れた)がその音楽を持ち帰り、そしてNHKでの鈴木宗男の音声をサンプリングし、完成したアルバム「THE MUNEO HOUSE EU EDITION」はオリコンアルバムチャート1位、全米アルバムチャート3位を記録し、音楽の歴史にムネオハウスという言葉を刻んだ。鈴木宗男は時代の人となり、2枚目アルバム「THE MUNEO HOUSE 2nd-House 4 Islands」から正式にMCとしてデビューした(フューチャリングで参加したジョン・ムウェテ・ムルアカも後にデビュー)。
現在では、かつて発表したヒット曲をムネオハウスにリミックスすることが増えてきた。また、河原美代子の大活躍により、日本のダンスミュージックは世界から注目され、このムネオハウスはその代表格である。
[編集] ディスクレーベル
- ダイチミュージック
DJ.Muneo主宰のレーベル。Big-Johnなど個性的な面子がそろう。
- ジミンディスク
通称Team-J。かつてMC.Muneoも所属していた。
- ミンシュミュージックエンターテイメント
通称Team-M。強硬な改革派の集団が集う。現在DEVA.Makikoが所属する。
- サ・ヨークキョウサン
通称Team-K。MC.SasakiやBerb.Taharaなどが所属する左派系のアーティストが集うレーベル。
- シャミンレコード
通称Team-S。MC.Otakasan主宰。女性中心のMCが多く所属しており、煽りが得意なのが特徴。
- ムネオハウスムーヴメントとはほぼ無関係だが、Team-Jから離脱した一部のアーティストがコクミンレコードというレーベルを立ち上げた。
[編集] ムネオハウスの影響を受けた人物など
- Miyoco(ムネオハウス事実上の後継である。)
- 荻野暢也(ムネオハウスを参考に、独自の音楽を展開)
- Fly Punk(Miyocoの音楽弟子。)
- 代々木ゼミナール(荻野暢也が所属する音楽団体)
- 双海亜美(ムネオが地元・十勝で発掘したスーパー小学生シンガー)
[編集] 関連リンク
[編集] 外部リンク
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