ラヴレンチー・ベリヤ

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ラヴレンチー・ベリヤ
Beria3.jpg
麗しき鬼畜顔
基本資料
本名 ლავრენტი ბერია 
通り名 ラヴレンティー・ロリータフェチ・ベリヤ 
生没年 1899年3月29日-1953年12月23日 (54歳) 
職業 エコロジスト、内務人民委員(NKVD)長官、ソ連邦元帥 
好物 女子高生、出世、マ・何とかさん 
嫌物 CO2、ニキータ・フルシチョフ 
出身地 グルジア 
出没場所 ルビヤンカ、クレムリン 
所属 スターリンと愉快な同志団
鬼畜ってレベルじゃねーぞ!
ラヴレンチー・ベリヤ について、モノウ・ルッテレ・ベルジャネーゾ(1940年銃殺)

ラヴレンチー・パーヴロヴィチ・ベリヤ(Лавре́нтий Па́влович Бе́рия 1899年3月29日 - 1953年12月23日)は、クレムリンの愉快な同志。「史上最強のロリコン」、「鬼畜エコロジスト」の異名を持つグルジア人である。ヨシフ・スターリンに仕え、アル中同志を蹴落とすとその下でCO2削減や、核兵器製造に着手し、ゆくゆくはスターリンも殺し世界征服をするという妄想を企むも、あまりに鬼畜すぎたので逮捕され射殺された。

なお、現在彼の名は政治家としてよりもロリコンとして著名であるが、当記事では彼をあくまでも政治家として扱うこととする。

5秒でわかる人物概要[編集]

  • 三度の飯より出世と女子高生。
  • ソビエトはロリコン連続殺人鬼でも元帥になれる。
  • 困った時の粛清頼み。
  • 死因:鬼畜すぎて死亡。
  • 二重アゴ、鼻眼鏡、肥満体、マリアナ海溝並みのホウレイ線、旭日頭
  • まさに外道

生涯[編集]

辣腕ボリシェビキ[編集]

1899年小作農の息子として生を受ける。生まれた時は人間皆頭髪が薄いものであるが、ベリヤの場合一生そのままだった。少年時は工業学校に通う毛の薄い「まじめな子」であったが、世界征服の野望を懐くと1917年にボリシェビキに入党。1920年にウラジーミル・レーニン創立の秘密警察(チェーカー)に加入すると反革命の反乱分子を10000人ほどちぎっては投げ、ちぎっては投げと、めざましい働きを見せ出世街道をのし上がってゆく。(なお、彼が出世するたびに前任者は列車に轢かれたり、くさむらでバラバラになっているなど全員謎の死を遂げている)そして1926年には都合良く前任者が死んだのでゲーペーウーグルジア支部長に就任する。当時としては異例の若さでの就任であった。

若き支部長の名は当時クレムリンで必要とされていた人材である仮借なき党員」(ゲス野郎として響き渡り、同じくグルジア出身の指導者、ヨシフ・スターリンの目に入るのも遅くなかった。その年面会した彼は、自ら記した「トランスコーカサスにおけるボリシェヴィキ組織の歴史について」という論文を見せ、スターリンは感激。「君、素晴らしいよ、特にオデコが!」と称賛されたベリヤはすっかりスターリンのファンとなり、中央政治局であんなことやこんなことをするようになる日を夢見た。なお、その論文は2年も先に自分が書いたのだ(内容もいつのまにかベリヤが主人公の英雄譚になっている)と主張する男が現れたが、嘘つきの不届き者は共産党、ひいてはロシアの大地に存在してはならないとの方針から粛清された。

クレムリンへ[編集]

幼女を膝に乗せご満悦のベリヤ。

とりあえず自分の故郷が恋しくて仕方がなかったベリヤはコーカサスの秘密警察長官に任命されると、グルジア共和国の高官たちをとりあえず粛清。すっからかんになったグルジア共産党第一書記となり、グルジア全土を自分の庭とした。しかしここで満足するベリヤではなく、3年後にはいとしのスターリンの居るソビエト共産党中央委員となる。彼がスターリンの信頼を勝ち得るのにそう時間はかからず、丁度その頃スターリンの権力を抑えていたセルゲイ・キーロフがこれまたうまい具合に死んだのでスターリンは権力を全開にして粛清を開始する。

部下たちは粛清ノルマを立て競争し、同志たちの健全な闘争心を養うスポーツともなった。当時は自分の妻、最後には自分まで粛清して数百万という得点を稼いだ身長150センチ同志ニコライ・エジョフの成績がトップであり、1937年に彼を見習うよう同志たちには宣言された。ベリヤは粛清人数では及ばなかったものの、パレードの花に埋もれるエジョフを満面の笑みで称賛した。

大粛清祭り[編集]

全てこのちびのせいです。

しかしNKVD長官エジョフの高成績は長く続かなかった。ウォッカを日頃から愛飲していた彼だが、ついにアルコールが元々スポンジだった脳にまで染み込んでしまい、政治の使い物にならなくなってしまったのである。「もうエジョフいらん」と考えていたスターリンは1938年NKVDの議長代理としてベリヤを投入。エジョフが酔って寝ているうちに「エジョフはポイント稼ぎのために過剰な粛清を行った。」とエジョフの役職はそっくりベリヤのものとなり、逮捕されたエジョフは拷問に耐え切れずついに自分までも粛清。他のNKVD職員たちも入れ替えられ、「悪いのは全部あのチビのせいでした。」と数日後には党機関紙プラウダに公表された。めでたしめでたしである。

一気にソビエトの最高指導者たちの仲間入りをしたベリヤは、スターリンがある時「少し蒸すな。」と発言した所「地球温暖化だ!」と叫びエジョフの死によって一時緩和されていたCO2削減を再開。電卓で計算してはEが出てしまうほどの量のCO2を削減することに成功し(後のフルシチョフによる植林活動で酸素も潤った)スターリンへの忠誠を誇示する。この頃から彼は非常な激務となり、午後5時から翌朝まで夜勤、昼には自動車で街を徘徊し女子高生を選別。収穫した女子高生は地下牢に閉じ込めておき、抜け目ない彼は粛清された親の娘などもストックにしておくことを忘れなかった。暇さえあれば使えるようにしてあったが、この後始末だけは使用人に任せることはできず、自ら手を下していたようである。

膨張ベリヤ(右)、オシャレなマレンコフ(左)。

絶頂期[編集]

この頃からベリヤの体が激務、暴飲暴食に耐えられず崩壊を呈してくる。アゴは二重になり、首はどこかに行方不明となり、体は風船のように膨れ上がった。これで元来の薄毛なのだからキモいことこの上ない。自分の容姿に絶望し地下室に一人でこもりがちだった彼に「同志も二重アゴなのですか……」と話を切りだしたのは同志ゲオルギー・マレンコフであった。これをきっかけに二人はコンビを結成し、武器や航空機など軍事業、の生産を監督し周囲から恐れられる。1944年このコンビが核兵器開発の担当となったことを知った同志たちは恐怖で皆失禁した。1948年スターリンと対等に話のできた数少ない同志アンドレイ・ジダーノフが何故か急死すると、コンビはジダーノフの関係者と称して4000人余りを粛清。「ともだちひゃくにん」どころではない、人脈広すぎるぞジダーノフ。事実上のベリヤの友人と呼べるのは発明家で音楽家で元スパイだったテルミンだけだったがソイツもソイツで粛清をチラ付かせるベリヤに盗聴器開発で脅迫されてる内に色々と染まってしまって名実共に秘密警察の一員となった

またソ連、彼の支配する東欧の警察権力が軍に加入したため、ベリヤはソ連元帥の地位に就任。核兵器のためのウラニウム採掘では予期せずしてCO2が削減された。スターリンに粛清されないだけでもレーニン勲章を受ける権利があるようなこの時代に強権を振るったベリヤは、次第にスターリン自身にも恐れられるほどの存在となっていた。もう誰も彼に文句は言えない。
モスクワの女子高生たちのヴァージンやいかに!

スターリンがくたばる[編集]

スターリンがベリヤに対し危機感を抱き始めたその頃、ニキータ・フルシチョフが台頭した。晩年のスターリンは夜中になると重臣たちを集め、適当な訳が付いたアメリカの映画を見させたり、タバスコ入りウォッカを飲みながらキャビアを貪るような暴飲暴食を朝まで続けるパーティを一週間に5回行っていた。おかげでクレムリンの幹部たちはみんな「慢性高血圧高脂血不眠メタボリック肥満症」(くたばりかけのデブ」という奇病に悩まされ、激務と粛清への不安から政務もままならなかった。そして1953年3月1日、いつものごとくパーティをした後の夜スターリンは部屋で何らかの発作を起こし倒れる。その知らせを知るや真っ先に駆けつけたベリヤは、ソファーの横でおしっこを漏らしてむくんだ顔をしているスターリンを見ると手当てをしようとしている医師に向かって言った。「いや……まだ助けなくていい。もうちょっと待て。

数時間後ベリヤの許可でやっと怪しげな薬が投与され、ソファーの上でぐったりしている偉大な同志の元に重臣たちが集まってきた。皆落ち込み静かにしている中で、ベリヤ一人はウキウキしながら部屋をうろうろし、今まで我慢していたスターリンの悪口をべらべらしゃべり彼にデコピンなどを喰らわすなど不謹慎極まりない。しかしスターリンの意識が戻るや、涙を流して跪き彼の手にキスをし、スターリンペロペロと親愛の印に彼の手を舐めた。スターリンは皆を4日間さんざんヒヤヒヤさせたあと死去。その知らせを電話で知ったベリヤは若さを取り戻したかのように大人気ない騒ぎをした。

フルシチョフの賭け[編集]

スターリンが死ぬと、マレンコフが首相となる。ベリヤは副首相であったが、マレンコフが首相になってみると案外ボンクラだったため最高実権は彼にあるも同じであった。ある時、外相モロトフはベリヤから「誰にも言うなよ、実を言うとスターリンは私が殺した」と聞かされ、またフルシチョフは格下の地位に甘んじざるを得ず苦境に立たされた。ベリヤは積極的に自由化政策を図り同志たちの意見はことごとく無視したたため皆は大いに不安を覚え、反ベリヤ組は同じ結論に達する。「ベリヤは共産主義者じゃない。

スターリンが死んでからのベリヤのこの元気さは同志たちによって恐怖以外の何物でもなかった。彼の政策と鬼畜さにモロトフ、ブルガーニンなどの重臣が不安を覚える中、一番ビビっていたのはフルシチョフであった。そして東ドイツでのデモが発生した頃彼の不安は極限に達する。「このままじゃ殺されるこのままじゃ殺されるこのままじゃ……先に殺す!」安直な結論に達した彼はベリヤがいないあいだにスターリンからの信頼厚かった外相モロトフやGKBR並みのじぶとさを誇るアナスタス・ミコヤン同志、太鼓持ち同志として有名なラーザリ・カガノーヴィチ、そしてベリヤの同盟者マレンコフにベリヤ逮捕の話を持ちかけた。もちろんこの中の一人でもベリヤにチクればフルシチョフの太首はすっ飛ぶ。話は慎重を極めたが、意外にみんなあっさりOKを出した。

鬼畜死すべし[編集]

そして1953年6月26日、フルシチョフは政治局会を招集しこう切り出した「ベリヤは英国の諜報機関に雇われていた可能性がある。あとロリコンだ。」面食らったベリヤは「何のパーティが始まるんだ?ニキータ?」と尋ねたが、政治局員の皆がベリヤを罵倒し始めた。

モロトフ:「ベリヤの二重アゴは我が党にふさわしいものとは言えない。見るに堪えない代物である。
カガノーヴィチ:「そーだそーだ!
マレンコフ:「このロリコンどもめ!
カガノーヴィチ:「そーだそーだ!
ベリヤ:「記憶にございません、記憶にございません。
モロトフ:「ハゲデブは我らソビエト共産党にふさわしくない。
ベリヤ:「マレンコフの体型とフルシチョフの頭を見たまえ!
フルシチョフ「この席にいる奴全員デブだったあああああああああ!
カガノーヴィチ:「そーだそーだ!

このままでは事態がグダグダ化してしまう事を危惧した議長席のマレンコフは、机にある青いボタンを押した。「へぇ」という音が鳴ると、近くの部屋であらかじめ待機していたチート元帥ゲオルギー・ジューコフと屈強な軍人たちがその合図に従って部屋に乱入してくる仕組みである。混乱したベリヤはとっさにカバンへ手を伸ばしたが、その手をフルシチョフが満面の笑みで踏みつけた。ベリヤは軍人たちにがんじがらめにされ、「国家反逆罪、児童虐待」の容疑で逮捕、部屋から引きずられていった。

12月、ベリヤ他7人の裁判が開廷された。この8人には、「他国の諜報機関と結託し警察権力を党の上に置いて権力を掌握しようとしたスパイどもである。なおベリヤに至っては幼児や女性を私的に数十名殺害した容疑がある」として弁護士、弁明権なしで裁判にかけられ、ベリヤは「それでもボクはやってない。」と証言したが、元からベリヤを殺すためなので死刑を宣告された。死刑を宣告されたベリヤは泣きながら「反省するからせめて殺さないで、ね、お願い。シベリアでもどこにも行くから。(意訳)」と助命嘆願をするも同月23日至って平凡な方法で銃殺された。今もベリヤがどこに捨てられたかはわかっていない。

当時共産主義の名のもとに権力者と国民は天と地ほども違う生活を送らされ、ベリヤは特に豪奢な生活を送ったが最期だけは国民と平等だった。めでたしめでたし。

ベリヤ伝説[編集]

かく語りき。
脳内がこの有様。
Nuvola apps important yellow.svg 注意
あまりに鬼畜なため逸話を全て書くとこの記事がルーデル化現象を起こす危険があります。
  • 13歳の少女を街で誘拐、睡眠薬入りワインを無理矢理飲ませそのまま犯したがお咎めなし。抗議した家族は射殺された。
  • ベリヤに汚された少女のなかには自殺する者もいた。これを受け、家族だけが残ってはかわいそうだとの慈悲で家族もついでに粛清。
  • ある女性に関係を迫ったが、断固として断られたため翌日花束を持って現れた。女性が「綺麗な花束ですね」と言うと、(右画像参照)。
  • 女性や幼女や少女をレイプした後殴り殺すのが趣味。もはや病気。
  • ベリヤに殴られて元気が無くなってしまった皆は湯気とアブクを立てる温かい液体の入った浴槽に入れられ、無事小さくなって家に返された。
  • 女性がベリヤの誘いを断ると収容所の埃になる。家族もなる。
  • ポーランドやバルト三国の国民を強制移住させた際、足手まといな住民の列を後ろの方から射殺させたところ列のスピードが上がった。
  • カチンの森の大虐殺の首謀者。通常の人物の場合この事実だけで記事が一つ書けるほどの鬼畜度である。
  • 死後もちろん地獄に堕ちたが、血の池ではなぜかベリヤだけ頭一つ分上に浮いていた。鬼が「なぜ浮いている、ラヴレンティー・パーヴロヴィチ?」と問うと「先に堕ちたスターリンの上に乗せてもらっているのです」と答えた。
  • 第二次世界大戦中諜報活動を司っていたが、サボっていたためスパイの報告を無視し結果ドイツ軍に敗北した。スターリングラードでの敗北の責を問われ困ったので責任転嫁しスパイとその一家を銃殺。
  • 粛清された夫の未亡人を地下室に捕らえ、部屋の中に大量の蛇を注ぎ込むプレイを行い感動を覚えた。未亡人が発狂してしまい不憫に思ったので銃殺した。
  • ベリヤの元屋敷を掘ると骨がゴロゴロ出てくる。小さめの骨が多いという。
  • 当然のことながら梅毒持ち。彼に「俺のトレポネーマ砲を受け取れええええ」と関係を強要された女性は200名を超えるとも。[要出典]

関連項目[編集]

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「ラヴレンチー・ベリヤ」の項目を執筆しています。