ルイス・ハミルトン

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ルイス・ハミルトン(Lewis Carl Hamilton, 1985年1月7日 - )は心がおかしい人で、ペナルトン事故ルトン当てルトン自滅トンネタルトンゴキルトン、かつ後述の別名を持つお笑い芸人である。コース上の他マシンに激突を繰り返してることから、ルイス・テポドンミサイルトンとも云われ、最も説教部屋に近いドライバー[1]の異名もある。2011年からゲロゲーロが主催するセカンドクラブ[2]に入会したことから、ポチるトンとも呼ばれるようになった。

「自分はワールドちゃんぽん」が口癖で、デビュー2年目にして史上最年少かつ黒人初で輝き、またデビュー年には1点差でタイトルを逃したものの、最もルーキーちゃんぽんに近づいたと持てはやされた時期もあったが、スキップくんに史上最年少記録を更新されてからプライドを傷つけられたのか、今ではその特攻技術、信号・レース旗無視、蛇行運転、セーフティーカー追い抜きに一層磨きがかかり、2戦に1回の割合で説教部屋に召集されるなど、その絶好調ぶりは半端ではない。

こうしたレースでもコースをはみ出す、あるいはレース外でもはみ出し者的な性格から『ハミデルトン』と呼ばれ、自らのせいで多くのドライバーに迷惑をかけ続けながらも間違いを認めずに、自分が正しいと言い続けてることから、F1社会では村八分の憂き目にあっているが、誰一人として同情してない。ここまでくれば、憎まれ役・悪役であることに割り切ればいいものの、自己顕示欲の塊とナルシズムな性格から、いまだに正義の味方で人気者と勘違いしてるところは痛い存在である。そして嘘をつくと目が泳ぐという分かりやすいキャラクターが災いして(このことから、ファビョるトン虚言るトンキョドるトンと云われている)、今ではGKBRそのものに例えられるようになってしまったが、GKBRに失礼だろうという声もある。

GKBRですがとてもお見せできません。どうしても見たければ頭の固いほうにどうぞ。

F1に来るまで[編集]

心がおかしい人が純真な子供だった頃、F1レースに興味を持ったのが発端である。カートレースに参加すると才能あふれんばかりの走りを見せ、連戦連勝。12歳でトップチームのマクラーレンと契約し、将来を嘱望されていた。各カテゴリーでチャンピオンになり順風満帆にステップアップ。F1の一つ下のGP2でもチャンピオンを獲得したが、一方でセーフティカーを追い抜くなど、ルールを平然と無視する態度はこの頃から顕著であった。しかし12歳の頃からサポートしていたマクラーレンは「若いから、問題行動もそのうち収まるだろう」と気にも留めなかった。通常マクラーレンは新人ドライバーとはいきなりF1契約をせず、他のチームに契約させ、様子見をするのだが、心がおかしい人を盲目に過大評価していたため、いきなり契約する。もっともこの頃はマクラーレンが契約したことについて、世間は「大物ルーキー登場!!」と好意的に見ていた。しかし徐々にその本性が暴かれていくとは・・・。

2007年[編集]

開幕戦でいきなり3位表彰台獲得。その後も表彰台を獲得して、カナダGPでついに初優勝。 9戦連続表彰台に立つ快進撃を続けポイントランキングでもトップに立ち、心がおかしい人の機嫌は最高潮に達した。ただし最初は2年連続チャンピオンである、三頭身の顔デカ眉毛のナンバー2的な見方をされていたが、徐々に図に乗り出し、三頭身の顔デカ眉毛に挑戦状を叩きつける。スペインGPでは三頭身顔デカ眉毛の決勝戦略をバラしてしまい、モナコGPでは「ぼくはNo.2だから」とイジけ発言をしてロン・デニスが火消しにやっきになる騒動を巻き起こすなど、この頃から心がおかしい人に垣間見えていた。このことが後々マクラーレンお家騒動に繋がっていく。第10戦ヨーロッパGP予選アタック中に調子こいてクラッシュしてしまう。幸い決勝には出られたものの大雨の中コースアウト。この頃はFIAも脅威の新人として扱っていたので、クレーンでコースに戻してしまった。まさかこれがネタるトンと言われるきっかけになってしまったとは、FIAも本人も想像できなかったであろう。さらにハンガリーGPの予選でチームの指示をシカト。三頭身の顔デカ眉毛もブチ切れて報復として、心がおかしい人の最後のアタックを邪魔する反撃をする(後に三頭身顔デカ眉毛のみペナルティ)。この頃から虚言るトンとしてもボロが出始めていた。

その後もポイントを獲得し続け、第15戦日本GPで優勝を決めてチャンピオンに王手をかける。このレースで商業的な事にも手を出すが、観客は大迷惑を蒙る結果となった。 しかも地元GPを観戦していた才人に正体がばれて両親(特にエレオノール)から大目玉を食らう。仕方なく残りの2戦で「これだけ点差があるんだから大丈夫でしょ」と余裕こいてたが、中国GPで持って生まれた本質である自滅トンキョドるトンが登場してリタイア。最終戦のブラジルGPで5位までに入れば、ルーキーでいきなりワールドチャンピオンになれたものの、ここでもプレッシャーの弱さをみせつけ、自滅トンキョドるトンを再び本領発揮。フィンランドの酔っ払いに1点差で逆転されてしまい、涙目のファビョるトンになってしまった。レース終了後にまたもワガママでチームにペナルティを告訴するよう訴えるなど、最後まで悪あがきっぷりが目立つようになる。もはや心がおかしい人として本性を隠す気すらなくなってしまった。開き直ったの? つーか2008年のレーシングオンカレンダーは、すでに心がおかしい人がルーキーちゃんぽんにするものと踏んでいたのでマクラーレンと心がおかしい人中心だったんだよ。どうしてくれるんだ!!ま、レーシングオンの読みのなさは相変わらずですなあ。

2008年(発狂第一段階)[編集]

2008年シーズンの心がおかしい人は懲りずにフルシーズン出るつもりらしい。三頭身の顔デカ眉毛に代わってもう一人のフィンランド人が加入して、名実共にマクラーレンのNO.1ドライバーとなった。ただしエレオノールの監視が付く可能性大のため、かなり遠慮しがちなレースにもなりそうだ。と思いきや、第2戦マレーシアGPの予選Q3で肉屋のアタックを妨害(コバライネンも影薄くこれに加わる)し、FIAに早速目を付けられることになる(所属チームがFIAの敵というのも理由の一つ)。さらに第3戦バーレーンGPでは眉毛に突撃、ノーズ交換で後退を余儀なくされることに。しかもこのとき自分のミスで遅れたにも関わらず、同一周回の車を抜きざまにファックサインしまくる八つ当たり行為を行う。 また第7戦において、開催国が英語圏なのに仏語しか喋んないツンデレかつ名前の由来のゆかりから悪態を見せるようになる。わざわざ前方ではなく左側のピットレーンにて信号を守って停止しているフィンランドの酔っぱらいにハンドルを切って突っ込み両者ともリタイヤ、豆電球に優勝をかっさらわれてしまう。さすがに周辺からルイズを責める声が上がるが、「知らないわよ、私が悪いんじゃないんだから!」と相変わらずの自分の悪さを認めず、またトリステイン王国の政治力でペナルティを軽くするといった暴挙に出ている。よほどフィンランドの酔っぱらいがキライなのか、第13戦ベルギーGPにおいて千鳥足のライコネンを避けようとシケインのショートカットを敢行、当然の如くペナルティを受けて優勝から引きずりおろされてしまう。このときも周囲からの批判に対して、「弱いあんたたちが何を言っても無駄なんだから!」と開き直っている。

ルイズは前から悪評が立っていたもののこのあたりからドライバーとしての人気が決定的に大きく落ちてきており、そのうえマクラーレンがFIA(フェラーリ)の敵にあたることから、様々な逆境を克服してワールドチャンピオンに輝いてみたものの、今後の風当たりは相当に厳しいと思われる。だってGAIJINHENTAIが好きでツンデレはキライなんだもん。

2009年(潜伏期)[編集]

引き続き、マクラーレンから単独参戦。チームメイトがいたような気もするが、初戦から2戦連続で1周も走らずに帰ってしまい、結局チームメイトの存在は確認されていない。他方、ルイズの活躍は目覚ましかった。初戦オーストラリアGPにて、終盤のセーフティーカー導入時に、彼女の前を走っていたドライビングスクール校長が、うっかりコースアウト。ルイズはすぐさまオーバーテイクするが、何を思ったのか、「たまには良い子にしなきゃね」と、トゥルーリにポジションを譲ってしまった。しかし、このことによって表彰台を逃したことが気に入らなかったらしく、「3位は私のものなんだから!」と猛抗議。これが「かわいくない!」と注意され、失格処分にされてしまった。さらには、このことがトリステインをも巻き込んだ大騒ぎに発展する可能性もあったため、叱られたルイズは、珍しくシュンとしていた。中国グランプリでは「回って回ってまわーーーーーる」とスピンのオンパレードになったものの、後半戦では調子を取り戻し、2度の優勝を飾ったが、「こんなルイズは見たくない」という古くからのファンの声も根強い。スペイン製眉毛と同様に、ツンデレアイドルを廃業して怪優への道を歩むのかどうか、今後の去就が注目された。

2010年(第二次発狂期)[編集]

心がおかしい人のチームメイトとして、登場したのがジェンソン・バトンであった。ホンダとか腐ってしまったチームであろうが彼女がいるのである。F1界のリア充は珍しく、過去の例からいえばピケ(父)くらいである程度だ。そんな彼が去年チャンピオンになってやってきたので、最初ルイスはこの「リア充」にもツンデレをかましてやろうと考えていたのであった。というか、こんな奴、マシンがたまたま良かったからチャンピオンになったんだろうって思っていたから正直馬鹿にしていた。ところが、この馬豚が速いのはマシンだけのせいではなかったということに気付く。まぁ、よくF1の解説者は馬豚のタイヤマネジメントが良いからとかいろいろ御託を並べるけど、彼は馬豚の速さの秘訣を徹底的に調べ、そして遂に見つけた!

それは、馬豚が「リア充」だったからであった。ルイスは「リア充」とは「リア重視」という意味だと思っていた。リアのグリップ力をとことん高めて、速さを引き出すと思っていた。ところが馬豚の車はそのような部分が見当たらない。というか、1周あたりのラップタイムは明らかに遅いはずなのになぜか自分よりもよい順位でチェッカーフラッグを受ける場合が多い。そしてそのレースが終わると、いつもあの女とイチャイチャしながら帰り、そのままラ○ホに直行していく馬豚達をみて、当初は確かにツンデレであったルイスの心の中になにかが変化し始める。

そうして、ルイスは美人歌手のニコール・シャージンガーて彼女を作る・・・というか、前はこのお姉さんから迫ってきてなんとなーく付き合ったと思われていたが、真相は「ニコール。ニコール。ぼくと遊んでくれなきゃヤダヤダ」とパブパブ甘えていたのだ。ニコールはあげマンでマクラーレンのパドックに現れ、応援をしていると心がおかしい人は勝ったのである!

馬豚を見ていると「ちょっとだけ・・・ちょっとだけ・・・いや、ぜんぜん悔しくなんてないんだからネ!」って吐き捨てながら、今度はルイスのほうからこのお姉さんに接近していった。そんな2人は国籍も同じ、キャラ的にも妙にマッチして上手くいき始め、ルイスも遂にはバトンに対してだけはツンデレを使わなくなったのであるが、それはバトンが自分を脅かさない存在だからであった。その結果、

しかしその効果が劇薬となり、突撃しまくり他マシンと接触しまくるファビョるトンとなってしまい、翌シーズンにはもっと悲惨なものとなってしまった。

2011年(そして心がおかしい人になったとさ)[編集]

他マシンへの特攻・蛇行走行・黄旗無視により、説教部屋[1]に入り浸る日々が続く絶好調な日々を送っている。とうとう心がおかしい人になってしまったとさ!

マレーシアGPでストレートで複数回の進路変更を行いペナルティ。モナコGPでマッサとマルドナド撃墜し、1レースで2度のペナルティを受けるルイス・テポドンと化していた。カナダGPでウェバーとバトンに特攻し、自爆。イギリスGPではマッサと激突。ハンガリーGPでは自爆クルクルスピンした後に、バトン・スキップくんにあっさり抜かれたことからファビョるトンになり、コースのど真ん中でスピンターンをし、ディレスタをあやうく事故に巻き込みそうになり、それが原因でまたまたペナルティ。 ベルギーGPでは横に鼻デカがいたのに幅寄せ、自爆。シンガポールGPではマッサのタイヤを破壊し、ペナルティ。日本GPで再びマッサと接触、審議対象になる。インドGPではフリー走行(練習走行)1回目で振動している黄旗をシカトし、3グリッド降格のペナルティ。決勝ではホモダチのマッサと相も変わらず接触。 ここまできたらマッサとリングでケンカしたら、という世間の声もあるが、駄々っ子パンチと地団駄キックの幼稚なケンカになるだろう。

インドGPまでの17レースの内、9レースとっちらかり、リタイアしたものはペナルティ対象にならなかったものの、ペナルティ回数が7回とダントツ。本当に元ワールドチャンピオンなのか疑いたくなるが、だからちゃんぽんといわれても仕方あるまい。予選ではバトンより速いものの、決勝のあまりの弾けっぷりにポチるトンになってしまったのだ。あまりの発狂振りに、ポチるトンと付き合っていたニコール・シャージンガーも、これ以上関わりたくないと思ったのであろう。「あなたは心がおかしいけど、頭も相当イカレてるわね。おまけにあなたは夜も一発屋だし、どうしようもないわ。一発ぐせをレースに持ち込んで懲りずに続けるなんて最低よ!!」と、ニコールは三下り半を突きつけて心がおかしい人と別れてしまった。ニコールにフラれたせいで発狂振りに磨きがかかり、今日も元気にファビョるトンを続けているのは言うまでもない!

脚注[編集]

  1. ^ a b 説教部屋とはスチュワード(レース審議員)ルームのこと
  2. ^ 各チームの遅いほうのドライバーが入会するクラブ。ペヤング先生は同クラブの名誉会長である。

関連記事[編集]

事故ルトン全集[編集]