レオナルド・ダ・ヴィンチ

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レオナルド・ダ・ヴィンチ について、山田ルイ53世

レオナルド・ディカプリオレオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo di ser Piero da Vinci)とは、ルネサンスを代表する画家である。

目次

[編集] 概要

…ということに、歴史の教科書的にはなっている。しかしながら、運動競技、音楽、絵画、彫刻、建築、都市計画、光学、天文学、飛行術、水力学、航海術、軍事、構造力学、機械工学、解剖学、生物学、動物学、植物学、地質学、地理学、数学、その他諸々の研究者として成果を残しており、若い頃は歌手として名を馳せ、チェーザレ・ボルジアの元にいた頃は軍人として働き、フランス国王フランソワ1世に雇われていた頃は宮廷画家であるにも関わらず稼業ほったらかしで科学的研究に没頭した。現存している作品群も非常に僅少であり、未完成の作品も多いので、画家と言う肩書で締めくくるのはかなり疑問があるのである。趣味は死体解剖。手稿においても何かと「解剖せよ」と説いている。ちなみに若い頃は絶世の美男子でスポーツ万能、振る舞いは上品でおまけに頭もキレるという、光源氏顔負けの完璧超人だったらしい。何だこのチート人間。

[編集] 歴史

レオナルドが子供のころに描いた自画像。物心がついたころから露出狂であった。

1452年イタリアで生まれる。女関係のアレな父親が妻でもない女に孕ませた子である。14から16歳の間にフィレンツェへ移ったとされ、画家見習いとしてヴェロッキオの工房に弟子入り。この工房は同性愛者達のコミュニティ的な役割も果たしていたようで、後のレオナルドの人格形成に絶大な悪影響を与えたと思われるが、それは後ほどしつこく言及することにしよう。レオナルドはあっという間に師匠より上手くなり、工房の絵画部門を任せられる。

1482年から1499年にかけて、ミラノ公に見出され独立。巨大な騎馬像の建築を依頼されるが、レオナルドの考案したデザイン、歩行中の姿勢を忠実に再現し過ぎて立つ事が困難な設計となっており、1493年原型が完成したが5年以上経っても完成せず、1499年、色々あって計画が完全に頓挫。定期的に暗号がどうのという話が持ち上がる『最後の晩餐』も壁が損傷し壊滅状態になっており、レオナルドはミラノを離れる。レオナルドの芸術家人生では、作品が完成しないとか、酷い扱いを受けるとか、そういうことがむしろ普通である。なんて世知辛い話だ…。

3年程そこらを放浪し、1502年、鬼の教皇軍総指揮官チェーザレ・ボルジアの手下となる。チェーザレを知らない人のために言っておくと、中世イタリアにおけるデスラー総統的な人物である。特技といえば毒殺。自分に都合の悪い人間はとにかく消していけ的な考え方の持ち主であった。どういうわけかレオナルドはこのチェーザレに大層気に入られ、「唯一無二の親友」とまで賞される。異常者同士気が合ったのかもしれないが、レオナルドの考案した兵器は実現不可能なものが多く、実戦に使われたという事実はない。レオナルドが軍人として役に立つ人材だったのかどうかかなり疑問な所である。

結局、チェーザレの元からは8カ月程度で去ってしまい、フィレンツェに帰還する。ちなみに、この時期製作した絵画『アンギアーリの戦い』も、絵具の配合がおかしくて壁から流れ落ちてしまったとかでまたしても未完。その後はミラノ、フィレンツェ、ローマを渡り歩く。フランソワ1世の庇護を受け、1516年からは年金を受けて余生を過ごした。現存している未完成の作品は上で挙げたものの他に『モナ・リザ』『聖ヒエロニムス』『東方三博士の礼拝』など。依頼されたっきり製作に着手しなかったものも含めれば膨大な数になると思われる。

[編集] 人物

極端なデブ嫌いであった。『ほとんど理性を持たず、悲しむべき習慣を持った脂ぎった人間は、思想豊かな素晴らしい理論を有する人間と同じ器官にも多彩を極めた機関にも値しない。ただ餌を受け入れてそれを排出する一個の袋にすぎない。事実、彼らは餌の通路としてしか分類されえず、人類と共通するところは声と形くらいで、残りのすべては獣にすら劣っているのだ』(ほぼ手稿の原文ママ)と断じている。穏やかな性格だったそうだがメタボに対しては俄然容赦なかった。

女性からモテたに違いないが、皮肉にも重篤なショタコンであり、若い頃は少年を姦淫した罪で二度逮捕されるというマイケル・ジャクソン的スキャンダルを成し遂げる。なおレオナルドもマイケルも裁判は完全に無罪です。まあでも多分、レオナルドの方は濡れ衣でも何でもなく、実際手を出しちまったんだろう。ちなみに当時のイタリアは同性愛は死刑もしくは国外追放という最上級の重罪である。父親がお偉いさんだったおかげで何なくを得たのだろうが、危うく唯一無二の才能が下卑た一事で塵芥に帰すところであった。

しかしこの天才は二度逮捕されてもまだ懲りなかった。30歳の時、ジャン・ジャコモ・カプロット・ディ・オレナという長ったらしい名前の美少年と出会い本格的に道を踏み外す。この少年(当時10歳。まさかそれがストライクゾーン?)はミラノの貧しい家庭の子どもで、相当なDQNであり、数々のDQN伝説を生みだすが、それはまた後述。どういう経緯で知り合ったのか謎であるが、レオナルドは彼によほどベタ惚れだったご様子で、どれだけDQN的横暴を繰り返されようとも、衣服を買い与えて着飾らせ、絵のモデルに使い、「小悪魔」と呼んで何年も傍に置いた。その姿はまごうことなき変態だったであろう。

一日に一時間半しか眠らなかったらしい。まあそのくらい時間を有効に使えないとあの分量の仕事は無理だ。4時間ごとに15分ずつ眠るという睡眠法を行っていた。非常に健康法にうるさく(執拗なまでのデブ嫌いもそのためかと思われる)、菜食主義を推し進め、独自に健康法を開発していた彼の境地がその睡眠法だったらしい。しかし実際問題そんな真似ができるのは彼くらいのものである。

めちゃめちゃマメな性格で有名。研究に関してもそのマメさはいかんなく発揮され、なんでも、『血管に関する知識を得たいと思い、10人程の死体を解剖した。肢体すべてを解体し、毛細血管からでる目に見えぬ血の他には一切出血を起こさせず、血管の周りにある肉をごく微細な切れ端に至るまで完全に取りのけた』(ほぼ原文ママ)というのだから恐れ入る。もっとも、仕事の完遂に対しても神経質であってくれればよかったのだが、なぜかその辺はかなりルーズだったらしい。

[編集] 芸術

レオナルドがモナ・リザおっぱいから出る豆乳を飲んでいる様子を描いた「マメ・チチ」。

一応は画家であるが、絵は制作されずに、スケッチの山ばかりが残されることも多かった。書き始めたものも、未完成のまま放置されたり、依頼主に渡されなかったものがある。(某HUNTER×HUNTERの作者は関係ないだろ)さぞかしパトロンはイラついていたことだろう。

[編集] 作品

以下に、レオナルドが描いた主な芸術作品を挙げる。

モナ・リザ
1911年に盗難に遭っているため、現在ルーブル美術館に飾られているモナ・リザが本物かどうかは分からない。しかしまあそんなことは些細なことだ。定期的に暗号が隠されている説が提唱される。『レオナルドの宇宙観を暗示している』とかは割とまともな方で、『聖書の秘密を解き明かし、暗号として隠した』『男性器(まあ、つまりアレである)と女性器(まあ、つまりアレである)が隠されている』『レオナルド自身をモデルにしており、モナ・リザは彼が理想とした容貌』『どこから見ても目があうトリックアート』『例のDQN少年とのBLな関係を暗示している』等々、学者さん達かなりフリーダムである。
洗礼者ヨハネ
レオナルドの遺作。ヨハネを描いた絵の中で一番有名な作品だが、普通青年期のヨハネはガリガリの汚いオッサンとして描かれるのに対し、中性的で色っぽく描かれているのが印象的である。歴史上の人物はアニメゲームでは大抵イケメン化するが、丁度あんな感じだと思えばよい。しかしながら、そのせいでレオナルドの性癖がどうのと言い出す学者さんが後を絶たない。
最後の晩餐
これもやはり学者さん達フリーダムである。『母性至上主義を示す暗号だ』『楽譜が隠されている』『ヨハネ=マグダラのマリアであるというメッセージだ』等々、『ダ・ヴィンチコード』を見た人なら大体ご存じだろう。「ユダのモデルにふさわしい容貌の人物が見つからない」と駄々をこねて散々完成を先延ばしした作品。完成するや否やあっという間に損傷した。のみならず爆撃にも遭った。レオナルド作品は不遇の法則を体現する作品である。

[編集] 関連する人物達

ミケランジェロ
レオナルドのライバルとしてとても有名。筋金入りの風呂嫌い。日常生活からして不潔であり、靴を履いたまま寝るのが普通で、たまに靴を脱ぐと足の皮も一緒にズルッとむけたらしい。奇行が多く、彫刻を掘っていなかったら、というか掘っていてもその姿は気違いそのものだったに違いない。コイツも同性愛者だが、マッチョな肉体にそそられるごくごく一般的なホモだったらしい。レオナルドとは仲が悪かったが、ショタコンホモとは相容れないの法則がここでも健在だったということだろうか。あんまり変人なので後世の人達から「実は自閉症では?」などと提唱されたりするが真偽のほどは定かではない。しかしながら彼の表現力は天下逸品である。『自分で考えなくとも、岩がどこを削ればいいのか教えてくれる』そうで、一度仕事に着手すると驚くほど完成が早かったらしい。絵一枚に何年もかけるレオナルドに比べて大した能力だが、やっぱりアスペルガーかなにかだったのかも…。
ジャン・ジャコモ・カプロット・ディ・オレナ
上述したがレオナルドの愛人にしてDQN。肩書は画家だが絵の才能は皆無である。レオナルドいわく『泥棒。嘘付き。頑固。大食い。』召使いという名目(真の目的がなんだったにせよ)でレオナルド邸に入居するが、入居して二日目でご主人の金を盗むという離れ業を見せつける。さらにその翌日、晩餐会のためある学者さんの家に彼を一緒に連れて行ったら、酒の瓶を三本破壊し、学者さん涙目、その上で二人前の晩飯をたいらげたというのだから只者ではない。つまり、一種の萌えキャラである。その後も幾度となく窃盗や悪戯を繰り返し、ついには窃盗罪で起訴されたりもした。レオナルドに育てられたせいで性癖がゆがんだのか、衣服に散財し、けしからん絵画を残し、色々とネタに尽きない。こんな人間だが、レオナルドは工房を与え、家を与え、最後には財産を与えるという溺愛っぷりだった。本人達が幸せならいいんじゃね?
チェーザレ・ボルジア
少しばかり上述したが、知略と詭計と暗殺とによってヨーロッパのあちこちを征服した僭主。マキャベリズムの体現者である。ジャイアニズムと言った方がより分かりやすいかもしれない。ローマ教皇の息子でもある。そんな立場の人間が悪行三昧で問題ないのか、と突っ込みたくなるが、父親のアレクサンデル6世も暗殺や策謀大好きな悪漢だったらしい。ちなみにこの父親の存在はヴァチカンではほぼ黒歴史化している。茶髪だったらしいが、絵画でも漫画でもゲームでももっぱら黒髪の美男子として描かれる。妹との近親相姦疑惑があったりするが、レオナルド及び上記二人の変人どもに比べれば何でもなく思えてくるから怖い。18歳で大司教となり、20代で要人を暗殺しまくったり、あちこち征服したりして、28歳で零落し、31歳で戦死するという壮絶な人生を送った男。
ニッコロ・マキャベリ
レオナルドの友人。上記のチェーザレ閣下の熱烈な信者である。陽気でお人よしな男だったが、チェーザレ閣下をモデルに『君主論』を著したため、コイツも色々とイメージが悪い。
ラファエロ
8歳で母親を、11歳で父親を亡くし、苦労し過ぎて真面目な性格に育ち、過労死という言葉のない時代に働き過ぎで死んだ可哀想な人。8歳で母親が死亡したのにマザコン作家扱いされるくらい聖母子ばっかり描いた。レオナルドに未完成の『モナ・リザ』を見せられるが、その衝撃が彼の作風に影響を与えたことは容易に想像がつくのである。
セル・ピエロ
レオナルドのお父さん。上述の通り、うっかり愛人を孕ませてレオナルドという子を設ける。50歳から78歳までに12人も子どもを作ったスーパーヤ○チン男。なぜその息子が嫁もめとらず、彼女も作らず、衆道に堕ちてしまったのか。しかもレオナルドは長男だったので親父的には色々と残念だったであろう。

[編集] 研究

レオナルドは、科学・技術などに関する様々な学術的な研究を行った。それらの研究は、全てノートに顔文字で描かれている。以下に、レオナルドの研究ようすをあげる。

  • 解剖実験を行う際、何故か自分も衣服を脱ぎ始めた
  • 勃起のしくみについて研究を行った。しかし、レオナルドは「研究結果などどうでもよく、研究すること自体に意義がある」とオリンピック精神を語りだし、性欲を満たすためだけに勃起の研究を続けた。
  • 精液の流れを研究し、水理学の父と呼ばれた。レオナルドは、「粘り気があるものほど流れにくいが、気持ちいい」と怪しげなコメントを残している。
  • レオナルドはヘリコプターを発明し、見事空を飛ばすことに成功した。その飛行実験のときには、ミニスカの女をガラス製のヘリコプターに乗せ、レオナルド自身は下から眺めていた。「いやーいい眺めですなぁ」とこれまた意味深なコメント。
  • ウィキペディアでは、レオナルドのノートの題を「レオナルド・ダ・ヴィンチ手稿」としているが、これは全くのである。正しくは、「レオナルド・ダ・ヴィンチ手淫」である。サブタイトルは、「ヤル気マンマン」であり、意味が非常に気になる。
  • レオナルドはその他にも、自らの妄想を並べただけのくだらないダヴィンチ・コード、硬くてまずいフライドチキン、飛ぶトイレ、臭くて黄ばんだ下着など数々の役に立たない品々を発明した。

[編集] 関連

以下に、レオナルドと関連する項目を挙げる。

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