ヴァンゲリス

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ヴァンゲリスは暗闇の中で光り輝くことができ、飛行機の気が散って危ないので、午後6時以降は空港の近くにいることを禁じられています。
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ヴァンゲリスはギリシャのアナログなロックミュージシャンで、哲学的傾向があり、我々がパン屋さんで働かなければならないときに聞き流しているあの音楽を作っています。

ヴァンゲリスは幼くしてすでに大物でしたが、フルーツ・ダイエットを始めてからはすぐスリムになりました。

ヴァンゲリスは4歳にして早くもレゴブロックでロシアの弦楽器バラライカを作りました。 5歳になるまでに、彼はそれをバッテリーにつないで、松明みたいに明るく光るようにしました。6歳のときついに、彼はクローゼットからの脱出に成功しました。これには彼のクラスメート全員が拍手を送りました。

ヴァンゲリスは、自力で作った曲はひとつもないと公言しており、自分の作曲の過程は以下のようであると信じています。

「音楽は天からやってくるなめらかなゼリーで、私の体内を駆け巡ります。私はただの管で、図体のでかい毛だらけの道具にすぎません。私はモーグシンセサイザーにつながったプラスチックの漏斗なのです……」

初期[編集]

ヴァンゲリスは1957年、ギリシャのデルフォイ島に生まれました。ギリシャの伝説にありますが、彼が生まれた日に、ヤギが繰り返し短い鳴き声を発しました。きわどいテレビ番組で修正に使うピー音でした。彼の両親(半ライスとドンタコス)はこれを前兆ととらえ、当時ギリシャでもっとも現代的なコミュニケーション形式であったヤギによるモールス電信の未来を彼に一手に託しました。しかし、若いヴァンゲリスは丘から丘へメッセージを送る代わりに、ヤギを集めてピアノを作りました。

彼らの太った子供の運命が本来あるべき形で実現されると、両親はヴァンゲリスをアテネのふわっとした絶妙で妖精が出てきそうで映画的で良い感じでガスのような亡霊のような羽衣のような天国のような実体のない空虚で無意味でスカスカの軽くて稀有で洗練されていて精神的で崇高で微妙で上品で薄くてぞっとするほど無内容で超俗的で蒸気のようにもやもやとして退屈なサウンドトラックのための学校に入れ、彼はそこでたいへんな才能を示しました。

バンドでの活躍[編集]

ヴァンゲリスこと、本名ヴァンゲリス・パ、パパパパパサナシューは『4人組』なるバンドでデヴューを飾りました。バンド名の由来は無論メンバーが4人いるからですが、ヴァンゲリスはこのことについて多くを語りたがりません。なぜって、大体の人には人格はひとつしかないはずだし、彼は自分がおかしいんじゃないかと思っていたからです。もっとも、お医者さんによれば、そういう時期は誰にでもあるし、それをこじらせて少なからず死ぬのだといいます。

『4人組』はシンフォニックかつスぺーシーでバッタの合唱も入った実験的なロックで、よく道ばたでオッサンがやっているあの感じでした。バンド初のアルバム『長髪にあごヒゲ』は、ギリシャのポップ・チャートで47番に達しました。ヴァンゲリス・パなんとかがクレヨンで描いたチャートですが。しかしこのアルバムはバンドのヒット作『長髪にあごヒゲにスカーフ』への道を切り開きました。ヴァンゲリスはこのアルバムでシンセサイザー2台とヤリマン2人とヤギとトライアングルを担当しています。

イエス[編集]

ヴァンゲリスはジョン・アンダーソンに「やらないか」と誘われてロックバンド『イエス』のキーボード奏者になりました。ヴァンゲリスはジョンがだんだん近づいてきていると思っていましたが、二人がひとつになるかと思いきや、ジョンは遠くに流されていきました。彼は美しく、しかし、男でした。

数年後ジョンは戻ってきて、ヴァンゲリスにデュオとしてアルバムをリリースすべきだと納得させましたが、結果的に大失敗でした。3度以上続けてしくじったあと、ヴァンゲリスはめずらしくキレてジョンに馬乗りになり、以来二人は会っていません。

炎のランナー[編集]

1981年、ヴァンゲリスはイギリス映画『炎のランナー』のサウンドトラックでオスカーを獲りました。オリンピックでそろってナメた走り方をしている若い選手たちの物語です。ヴァンゲリスは今や、ものすごくゆっくりビーチを横切って行く男たちの映画のための、史上最高の音楽を作った人物として賞賛されています。モーツァルトベートーヴェンバッハはみんな、それを試みて失敗しました。

ヴァンゲリスによれば、この分野での彼の成功の秘訣は、実際にビーチを横切ってゆっくりと走っている人々の映像を見ながら作曲することでした。モーツァルトやベートーヴェンやバッハはひじょうに才能がありましたが、誰もテレビを持っていなかったし、ピアノをビーチまで持って行くのはたいへんでした。

ヴァンゲリスはその結果にとても満足していて、すごくゆっくりビーチを横切って走る一人の人物が映画に出てこなくても、その後はあらゆるサウンドトラック制作の際に同じ視覚化技術を使いました。

ブレードランナー[編集]

ヴァンゲリスが風呂場の窓からいつも見ている景色。

1981年、ヴァンゲリスはリドリー・スコット監督の招待を受けて、愉快なコメディー『ブレードランナー』の劇伴を作りました。この作品は将来、ロサンゼルスの公立図書館に収蔵されるでしょう。そのころには司書の半分はレプリカントにとって代わり、残りの半分に追われる身になるでしょう。

ヴァンゲリスは、ほどよく未来的な音を作って、批評家の間やラジオ番組で好評を博しました。しかし1986年に「ギターをいじる猿」誌のインタビューにおいて、作曲中にロバを殺したと認めたことで、動物愛護団体の怒りを買いました。映画の冒頭に流れる深みのある音は、風が吹き抜ける音のように聞こえます。しかし実際には、ロバがひじょうに深い井戸の底にぶつかる音です。ヴァンゲリスは、その音を正確に作り出すためには他に方法はないと主張しました。ミミズとキツネザルでも試みたものの、ほとんど成功しなかったそうです。彼はまた、ふるさとのギリシャの村の家では、交通違反などのちょっとしたことでロバを殺したものだし、自分は数十年後の世代の子どもたちに与えるにふさわしい芸術を創造していたのだと主張しました。

その後[編集]

ヴァンゲリスは、チューブを通して音楽から全ての魂を蒸留し、残ったヘドロを数学に変換するその手法を、科学界から常に高く評価されてきました。カール・セーガン博士はヴァンゲリスの大ファンで、自身の作品『宇宙』シリーズで彼の音楽を数多く使いました。ヴァンゲリスのカールの幸福への多大な貢献を顧みて、NASAは2001年の火星探査ミッションのための音楽を書くよう彼に依頼しました。NASAの予想では、これはお互いに有利な話でした。たとえできあがった音楽がカスみたいな代物でも、誰もそれを宇宙で聞くことができないからです。

ヴァンゲリスが気を落とすことはありませんでした。正直なところ、できたのはカスみたいな音楽でした。彼はいつものように電子音でごまかすのをやめ、これまで試みたことのない新しい楽器として、女性を選びました。 その結果は大惨事であり、NASAは最終的に、カプセルを火星の表面に衝突させて全てを終わらせることに決めました。

科学者たちが彼に怒鳴るのをやめてみんな家に帰ったあと、ヴァンゲリスは音楽プロジェクトに背を向け、今では日がな一日オリーブを収穫してはそのへんの丘にぶちまけています。

この記事は、en:Vangelisから翻訳されたものです。