ヴェネツィア

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曖昧さ回避 この項目では、アドリア海に浮かぶ沈没間近の島について記述しています、ARIAの舞台について書きたい人はネオ・ヴェネツィアにどうぞ。
「なめてんのかァーーーーーーッこのオレをッ!イタリア語で呼べ!イタリア語で!チクショーーームカつくんだよ!コケにしやがって!ボケがッ!」
ヴェネツィアを英語でベニスと呼ぶ人 について、ギアッチョ

ヴェネツィア:Venezia,ベネチア・ヴェネティアとも)または、Venice(,ヴェニス・ベニス),Venise(,ヴニーズ),Venedig(,フェネーディヒ),Venecia(西,ヴェネシア・ベネシア)とは、イタリアの豊かなる水たまりことアドリア海に浮かぶ夢の島であり、ペニスとも称することもある。

「アドリア海の真珠」という別名から近年日本人が自由に旅行に出かけられるようになるまで、日本では真珠の一種と思われていた。

目次

[編集] 水の都

ヴェネツィアは、古来には神話の世界にしか登場しない都であり、誰もその姿を見た者がいなかったので、「見ずの都」と呼ばれた。神話というのは、旧約聖書の話であり、そのなかでも有名なかのノアの方舟の話である。おおまかな内容は、神が起こした大洪水が大地をひっくり返し大地の木が全て逆さまになってしまう、そして木の根が土の中から突き出た異様な光景になったのだが、わずかに生き残った人々が大洪水後に干潟と化した大地に定住し、さかさまに突き出た木の根の上にトタンを張り、建物を作ってそこが大変に栄えたという話である。

これはあくまでも神話の世界であり、そのころはヴェネツィア自体実在しなかったのだが、その話を知っていた現地民たちが「水の上に浮かぶ都」という詩的な言葉に感銘し、海上に都市を建設するという一見無茶な計画を立てた。

[編集] 交渉、もとい粛清

まずは、建設予定地の干潟に住むムツゴロウワラスボたちとの交渉から始まった。しかし、ムツゴロウたちの意見と、地元住民たちの意見は真っ向から対立し、交渉は難航した。そこで、住民たちは思いついた。「反論する奴を消せばいいんだ!!」と。

……その日から、住民たちの食事はすべてムツゴロウになった。こうしてすべてのムツゴロウを粛清した後も、干潟のエイリアンことワラスボは生き残っていた。その皮をひん剥いた蛇のような見た目から住民たちが不気味がって食べなかったからである。しかし、早く建設を進めたい住民代表は「ワラスボはうまい!うまいワラスボ!甘いワラスボ、10分あったらワラスボ採ろう。ワラスボは動脈硬化に効果がある!ワラスボワラスボワラスボ……」と大規模にデマを流した。するとムツゴロウを食いつくして飢えていた住民たちが飛びつき、なおかつその見た目からは想像できない美味であったため、ステラー海牛のようにあっという間に絶滅した。ちなみに、現在この2種は日本の瀬戸内海にわずかに残るのみになっている。

[編集] 建設

邪魔者を消した住民たちは神話に従って建設を始める、逆さまの木のくだりの再現には大量の杭と工事の安全を祈って人柱を打ち込むことにした。たまに太った人物を打ち込む際に、うまく地面に刺さらず木槌で頭蓋を打ち砕いてしまうことがあったが、むしろ頭が無い方が土台を置きやすくなったので、それから頭蓋を砕いてから埋めることになった。

そして、大方打ち込んだところでその上にトタンを張り、さらにその上をモルタル、アドリア海の新鮮な魚介類で作ったパテをもってぬり、イタリアの堅パンであるフォカッチャで石畳として完成した。しかし、干潟の上という土壌上湿度が高いために、2ヶ月ほどで腐敗してしまい足場にならなかったため、現在はモルタルの上に石を敷いている。

[編集] 聖人マルコの遺骸

こうして、当時世界最大規模の人工島としての道を歩み始めたヴェネツィアだが、アドリア海という政治上重要な位置にあるため他国の侵攻を受けやすく、ある程度の自衛が必要とされた。ちょうどそのころヨーロッパ全土では、自国の安全を祈願するために重要とされる聖人の遺体の争奪戦が続いていた。聖人とはキリスト教徒であり、なおかつ死後二度以上の奇蹟を起こした者が認定されるものである、簡単にいえばイエス・キリストやその弟子たち(ユダ除く)が聖人とされている。

建設時に埋めた人柱たちだけでは安心しなかったヴェネツィアの人々は、エジプトのアレキサンドリアにあるという聖マルコの遺骸を奪い取ることを画策した。アレキサンドリアに商船を装った船で進行し、まんまとヴェネツィアングラスと金を交換するように見せかけ、聖マルコの遺骸をヴェネツィアに持ち帰ったが、その後は封印され公開はされていない。

しかし、名産品がミイラと砂であるエジプトから強奪したことから、現在では墓泥棒が装飾をとった後のいらないミイラをヴェネツィアに渡したのではないかと専門家などからは推測されているが、今更そんなことを調べ、別人だと認定されれば、今までお前らは何を奉っていたんだ?ということになるので調査はおろか公開されることも無い。聖人ではないミイラなどただの砂っぽい干物に過ぎないのだから。

[編集] 温暖化をモロに受けて

サン・マルコ広場では1日1回特設プールが設けられるようになった。

現代、地球温暖化に伴う海面上昇の影響が大きくメディアに取沙汰されている、海水面の上昇で国土が水没してしまう国はツバルが有名だが、ヴェネツィアもそろそろふやけてきたので危険な状態である。

こう書くと近年に始まった話のように聞こえるが、実は2世紀以上前からヴェネツィアの地盤沈下は進んでおり、元々小さな人工島を無理に繋いで一つの島としていたため、繋ぎ目に海水が浸入し運河ができていた、しかし、ポジティブな彼らは「なんくるないさぁ」とばかりにそこの上に橋を架け、それを生かした文化を発達させた。

それにより、ゴンドラ船などが発達し、警察の警邏、事件発生時などの出動などもそれで行われている。しかし、通報があってからゴンドラ船でゆったりまったり出動するので、ヴェネツィアの検挙率はイタリアの中でワーストワンである。しかも、酔ったまま船に乗り石橋に顔面を激突させたり、運河に落ちたりなど、ここの警察はみなお茶目さんである。その警察曰く「こんな美しい街で犯罪が起こるわけがない、まったくいい街ですよハハハ」とのことであるが、非常にスリが横行している上に、警察の働きも悪いため観光客は自己責任が必要とされる。

近年、急激な海水面の上昇によって、1日2回水没するようになってしまい、長時間水にさらされるため足場がグズグズと沈むようになり、自動車などで走行するとそこから島が瓦解してしまうために、ヴェネツィアへの自動車での浸入を条例で禁止した、しかし、「四輪車を塞ぐなら二輪車、三輪車一輪車の使用も禁止してしまえ!」ということでもれなく自転車と三輪車二輪車の走行も禁止された。これで一時的に解決したかのように見えたが、「だったら車椅子乳母車はどうするんだ!!」という意見が出たため、乳児と車椅子使用者は島の入口のリベルタ橋で乳母車と車椅子を降りてもらい、自らの足で歩いてもらうことになった。

しかし、偶然観光に来ていた肥満体のマイケル・ムーア監督が石畳を踏みぬいてしまったため、「このままでは軽トラックを入場させているようなものだ」ということで今後は島に入場するための体重制限を設ける予定だという。また、マイケル・ムーア監督の次回作はその時の私怨かどうかは不明だが、高齢化、島の瓦解、大気、水質汚染など多数の問題を抱えるヴェネツィアを痛烈に皮肉った作品だという。

こういった対策は取られているものの、町の中心である聖マルコ広場は満潮時になると完全に水没してしまうため、商店などは立ち退きを余儀なくされていて、広場をプールに改築するなどの半ばヤケクソな案が提出されている。また、交通手段が自分の足かゴンドラしかない上に、毎年水没していく建物が多いため、ゴンドラに家財を移動し、生活の拠点をゴンドラにすることも多くなっている。満潮時には水位が2倍になるので、観光客がタンコブを作って水路に浮いているのをよく目にする。

また、著名なヴェネツィア国際映画祭の開催時に、ちょうど高潮の日の満潮時刻であったために、レッドカーペットはゴンドラを何百と連結させた非常に不安定な足場の上に敷かれた。その際に金獅子賞を受賞した監督が金獅子像ごと水面に落下、俳優までも動員した懸命な捜索が続けられたが結局マルコの象徴たる金獅子の像は水が引いた後もあがらなかったという。

このままの勢いで海水面の上昇と地盤沈下、島の分解が進めば、水没した都市アトランティスのように過去の都市としてヴェネツィアが語られるようになってしまうことは想像に難くない。

[編集] ヴェネツィアと日本

1985年、上に記したようなヴェネツィア警察の堕落振りに嫌気が差したのだろうか、日本の警視庁から東京都葛飾区に勤める男性警官2名がヴェネツィアに派遣され、ゴンドラ1隻を借りてそのうちの1名が迅速な漕ぎ振りを披露し、現地人を感嘆させたと言われている。

しかしながら、調子に乗った警官1名(巡査長)がヴェネツィア本島からリド島までの中距離航海をした挙句、帰りに何を間違ったか他国の領海(アドリア海という場所からしておそらくは分裂前のユーゴスラヴィア)を侵犯し、イタリア北部で紛争をあわや勃発させそうになったため、現在ではこのときの逸話は日本・イタリア両国で禁句となっている。

[編集] ヴェネツィアの将来

ヴェネツィアの郵便船(中央郵便局前)。現地での郵便制度の略称である「PT」の文字が見える

2000年代に日本で発見された全12巻の『詠唱』という予言書によると、ヴェネツィアは21世紀の中旬ごろまでには海中に没し、まさしく現在のアトランティスとして地球中で語り継がれるようになると言われている。

しかしながら、同書内ではヴェネツィアはいずれ地球化改造がされたはいいが陸地が表面の1割しか得られなかった惑星へ、水ばかりの星には水の都がもっともふさわしいとばかり、再建されるに違いないともかかれている。その時期は刊行から200ないし300年後になるとも明記されている。

だが、再建に要する費用を負担するのは、どうやらもとヨーロッパの土地であるのにヨーロッパ人ではなく、ロスチャイルド家に象徴されるユダヤ人系の資本家でも、アメリカ合衆国の新興富裕者でも、アラブのオイルマネーで潤った人間でもなく、なぜか20世紀末から国際的な地位を落とし続けている日本とされている。その証拠に、現地における郵便局のマークが、現在のヴェネツィアを含むイタリア全土で用いられている「PT(郵便局を意味するPostaの略)」ではなく、日本の郵便局で19世紀から使用されている「(当時郵便を担当していた逓信省のカタカナ書きによる頭文字)」となっていることや、現地で用いられている言語のほとんど(おそらく公用語)が日本語となっていることを示す記述が見られる。

また日本主導の開発を象徴してか、上記した東京都葛飾区の交番に勤めるイタリア北部で紛争を勃発させかけた某警官が、この地での外地勤務をすることになるらしい。彼がヴェネツィアに派遣されてから300年以上が経過しているにもかかわらずにである。この警官は不老不死ということになっているようだ。

このような荒唐無稽な描写がみられることから、当該予言書はヴェネツィアに陶酔した日本人が書いた可能性が高く、その信憑性はほとんどないと現在ではみなされている。

[編集] 関連項目

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