上川あや

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

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上川 あやかみかわ あや 1968年1月25日 - )は日本の総理大臣である。

目次

[編集] 概要

彼女の職業は世田谷区議会議員である、しかし同時に内閣総理大臣であり、プロのオカマ野郎でもある。このことを法学的に理解するにはキリスト教の三位一体を理解するのと同様の難しさがある。

一般的には日本国憲法に基づき以下の職務を行ったことが総理大臣とされている根拠となっている。

  • 「性同一性障害者特例法」という法律の制定を行った。上川は性同一性障害者特例法の成立の際に自民党から裁可を求められたという。日本国憲法には「何人も法律案の起草をすることを得。法律案は内閣総理大臣の裁可を以って成立す。」と書かれている。このため、性同一性障害者特例法成立の奇蹟は上川が総理大臣であることの根拠とされている。
  • 安倍晋三「美しい国へ」麻生太郎「とてつもない日本」などと並ぶ「変えていく勇気」という新書を出版した。政治家が新書を出すことは多々ある。しかし文化人(笑)の巣窟であるはずの岩波書店から選挙前を狙うかのようにこのような出版物を出せる区議会議員はいない。そのためこの奇蹟は上川が安倍や麻生と同様に総理大臣であることの証明とされている。

なお、戸籍上の女性が総理大臣になったのは日本で初めてのことである。

[編集] 経歴

  • 1968年、台東区生まれ。江戸っ子である。
  • 1990年、法政大学を卒業。法政大学は左翼運動の巣窟である。法政大学出身者が設立した政治団体で有名どころというと「革命的非モテ同盟」などが挙げられる。だが上川は著作のなかで高校時代は男にモテたという自慢話をしているため、これらとは違った流れに所属すると考えられている。法政大学の活動家に上川の話をすると「誰それ?」という回答が返ってくることがある。
  • サラリーマンとして働いていた上川は円形脱毛症となっている。この理由については「酒席での男性のエロ話についていけなかった」ということが挙げられている。
  • 1994年ごろに退職。
  • その後、しばらくひきこもる。この期間は謎に包まれている。ただひとつ確実なのは、この期間に上川のちんこがなくなったということである。
  • 1999年にひきこもり生活を脱してOLとして再就職。上川本人は履歴書の空白を「家事手伝いをしていました!」と言ってごまかしたとしている。しかし実際には採用担当者は上川の野太い声で全てを察しており、周囲に「カジ手伝いとは鍛冶屋の手伝いのことです」と説得して上川を採用したという。
  • しばらく女性のドロドロした世界を謳歌する。
  • 2003年、世田谷区議会議員に当選。性同一性障害者特例法の裁可を自民党から求められ総理大臣に就任。
  • 2007年、世田谷区議会議員に再選。上川は2位の得票数だった。なお、1位で当選した森学は学歴詐称問題であっという間に議員辞職に追い込まれた。あるアンサイクロペディアンは「上川に刃向かうとこうなる」とつぶやいた。

[編集] 政治的立場

上川の声はMtF(オカマ)の声を代表するものではない。上川が女性化する過程のなかで、声帯の手術の医療ミスがあったからである。それゆえ上川の声を聞いて「MtFかどうかは声で判断できる」と早合点するのは誤りである。

なお、上川がこの医療ミスに対して裁判を起こしたという話は聞かない。上川は弱者に対する愛情に満ち溢れているが、なんでもかんでも訴えてやると騒ぐ人たちとは一線を画す政治的立場であることが分かる。サラリーマン時代に円形脱毛症で労基署に駆け込んだという話も聞かない。上川のこうした政治姿勢は「医者の不養生」「紺屋の白袴」と褒め称えられている。


[編集] 著作

  • 「変えてゆく勇気」(岩波書店) 本書は「一見さんお断り」というシステムが導入されている。なぜなら一見さんは9割の確率で「変えて"ゆ"く」「変えて"い"く」と間違え、アマゾンで検索できないからである。この違いが分かるかどうかが上川オタクかどうかを選別する重要なファクトである。なぜ台東区生まれの江戸っ子の上川が京都風のやり方にしたのかは不明である。