上杉鷹山

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上杉 鷹山(うえすぎ ようざん)とは、江戸時代の米沢藩藩主。諱は治憲。圧政で悪名高く、足利義教織田信長と共に「日本三代暴君」に名を連ねている。

藩主になるまでの経緯[編集]

鷹山は母方の祖母が上杉家の姫であるが上杉家の生まれではなく、日向高鍋藩から養子に入った者である。鷹山が養子として上杉家に入った頃、米沢の財政は逼迫しており、義父となる先代藩主上杉重定は所領の返上さえ検討していた。つまり鷹山はとんでもない地雷を踏まされたことになる。

米沢藩の家臣達は、九州の大名から養子を迎えると聞いて、南国育ちの軟弱者は東北の冷涼な気候にまず耐えられずに根をあげるのではないか、などと嘲笑半分に鷹、いやタカをくくっていた。だが10歳で養子として上杉家に入り、17歳になって重定から家督を譲られて藩主になったその男、いや青年は、とんでもない猛禽だったのだ…。

苛烈かつ狡猾な暴政[編集]

米沢藩の悲惨な財政状況を目の当たりにした鷹山は、財政建て直しに心血を注ぐようになる。だがそのやり口は、あまりにも粗暴かつ強引に過ぎた。鷹山は大規模な倹約令を発布し、反発、無視する連中は片っ端から首を刎ねた[1]ただでさえ財政が困窮してまともに飯も食えなかった米沢藩士と民達だが、鷹山の命令でさらに粗食を命ぜられ、皆藁人形のようにやせ衰えた。しかし、彼らは餓死しなかった。狡猾で計算高い鷹山は、藩士や民が餓死しない程度に、ギリギリに計算して食料に制限を課していたのだ。まさしく生かさず殺さずの要諦を鷹山は熟知していた。

また、米沢藩はあの上杉謙信の末裔であるため、謙信公を祭るために毎年荘厳な儀式が執り行われる。しかし鷹山はこれが財政を逼迫する何よりの元凶であると指弾して大幅に簡素化してしまった。その結果、盛大に祭って貰えなくなった謙信公の霊が怒り狂い、米沢に天変地異が続発した。家臣達は謙信公の霊が怒っていると鷹山に言上したが、鷹山は、「祟りなど科学的根拠が何もない」とまるでウィキペディアンのようなことを言って家臣達の諫言を一蹴するばかりであった。

凄惨なる粛清-七家騒動[編集]

こうした鷹山の暴政に耐えかね、ついに色部照長、千坂高敦ら家臣七名が実力行使で鷹山の暴政を食い止めようとした。これに対して鷹山は苛烈な粛清という暴挙をもって当たった。家老七名の殆どは幽閉され、芋川正令須田満主は「鷹山の袖を掴んで食い下がった」というたったそれだけの行為を理由に切腹を言いつけられた

我が物顔で闊歩する鷹山の取り巻き[編集]

この事件によって古くからの良心的な米沢藩家臣はことごとく藩の中枢から排斥された。代わりに中枢に入ってきたのが鷹山の取り立てたどこの馬の骨とも知れない取り巻き連中である。こうして周囲の地盤を体よく固めた鷹山はその後も自身の苛烈な政治を取り巻き連中共々好き放題に推進していった。

その結果[編集]

鷹山の政治は苛烈を極めたが、どういうわけか米沢藩の財政は総合的には回復に転じた。そのため今日鷹山は江戸時代の名君の一人として礼賛されているが、その「改革」の裏側にはドギツいゴリ押し流血、そして財政回復の財源捻出のために搾取された人々がいることを考慮すると、とてもではないが名君とは決して言えない。地元米沢では鷹山は名君として大いに称揚され、にまで祭り上げられているが、これは鷹山の取り巻き連中が鷹山の良い面ばかりを下々に吹聴し、それを下々の民がまともに信じ込んでしまったからである。

精神論万歳[編集]

Quote1.png 為せば成る 為さねばならぬ なにごとも 成らぬは人の 為さぬなりけり Quote2.png

これは上杉鷹山の有名な言葉である。鷹山はこの言葉をスローガンに、強引な改革を推進して家臣や民草に対する苛烈な圧政を行った。後世、数多の人々がこの言葉を名言であると褒めたたえているが、この言葉は要約すれば「根性さえあれば何でも出来る」という、精神論至上主義が発露した野蛮な思想を表した言葉に過ぎない。多くの人々は学校でこの言葉を覚え、鷹山に私淑して為そうとするが、社会に出て、為しても成らないことは往々にしてあるという現実を知って絶望し、鷹山の言葉が単なる乱暴な精神論でしかないことを初めて悟るのである。

ケネディ大統領が最も尊敬する政治家[編集]

  • 第35代米国大統領ジョン・F・ケネディ来日[要出典]した際、日本人記者団[誰?]から「日本で最も尊敬する政治家は誰ですか」と質問され、上杉鷹山と答えた[要出典]
  • ケネディ大統領が来日した記録が無い?じゃあ、大統領就任式の記者会見で日本人記者[誰?]から「日本で最も尊敬する政治家は誰ですか」と質問され、上杉鷹山と答えた[要出典]
  • 大統領就任式の記者会見で日本人記者が「日本で最も尊敬する政治家は誰ですか」とか質問したのか?その記者誰だ?まだ生きてるだろ?
  • 2013年キャロライン・ケネディ駐日アメリカ大使が講演で「父は上杉鷹山を称賛していた」と発言している。ケネディ大統領が発言した内容を記録した文書が存在していることがカート・トン首席公使から大沼瑞穂参議院議員に明らかにされた。文書の写しを大沼氏に渡すことも約束した[2]
  • ケネディ大統領が「尊敬する日本の政治家は上杉鷹山」と発言した内容を記録した公文書が米国で保管されている可能性がある、大使館が調査中と説明した[3]。この件は特定秘密保護法が関わっているためお察しください。アメリカの公文書が日本の特定秘密保護法で特定秘密に指定される訳が無いって?
  • このように、上杉鷹山が「ケネディ大統領が最も尊敬する政治家」であるという事実は国家権力により隠蔽され、都市伝説であるという宣伝工作が行われている。だが、「江戸しぐさを恐れた明治政府軍による江戸っ子大虐殺が行われた」事実が現在に伝わっているように、この事実が未来の米沢市民に正しく伝えられることを願う。

関連項目[編集]

Wikipedia
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脚注[編集]

  1. ^ 鷹山の取り巻き達がその後もみ消したので史料には書かれていない。
  2. ^ 2013年12月18日読売新聞
  3. ^ 2013年12月21日山形新聞