京都市

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

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「そうだ、京都、行こう。」
~ 京都市 について、東海旅客鉄道
「京都の観光収入を名古屋が横取りだと? 名古屋は京都の地名や学校を幾つもらってるんだ??上洛大好きの名古屋なんて京都の家来だろ!!豊臣秀吉を筆頭にな!!!」
~ 東海旅客鉄道による京都市の諸種宣伝 について、西日本旅客鉄道

京都市(きょうとし)は、明治維新首都の座を失った都市。当初の都市名は平安京(へいあんきょう)であったが、360年以上も首都の座に就いていた為、「首都」を意味する「」「京都」が都市の固有名詞になった。

目次

[編集] 首都

桓武王が京都に遷都して以来、「永遠の都」と呼ばれている。建都以来1080年間も首都であったが、明治天皇がピクニックの為に江戸(この時、江戸は「東京」に改名された)へ下って以来、曽孫の代になっても天皇が帰って来る気配が無いが、京都と東京の距離を考えれば驚くには値しない。

一方の東京市は、当初は東京府の府庁所在地であった。しかし、第二次大戦中の西暦1943年7月に、東京府は東京市を併合して東京都に改名された。この名称に対して、京都市民は「東京府が東京都だと?『ひがしきょうと』『京都の東』って意味じゃねえか!!」って怒りまくっている。「東京都」を「Eastern Kyoto」「ひがしきょうと」と訳するなら、「東京都」に相当する都市は草津市、若しくは京都市内であれば山科区大津区のはずである。この詳細については東京都 (都市)も参照する事。

又、京都市民は、首都機能を東京から京都へ遷す事を、「都」とは呼ばず、「首都を奪還する」という意味で「都」と呼ぶ。

[編集] 市民の傾向

京都市民は、一見者に対して冷淡に扱い、市街にある店の中には同属の者しか入れない面を持っている。例えば、自動販売機には初めての人及び素人の人お断り、という張り紙がしてあり、IC紹介状をかざさして認証する必要がある。そして、これを無視して強引に中のものを取り出そうとすると、防犯ブザーが鳴って検非違使に通報される。

又、古びた建物を何でも歴史的遺産であるとして残す傾向を持つが、そのお陰で一部の市民は老朽化して使いにくくなった家に住み続けなければならなくなっており、人権の他にバリアフリーなどの観点からしても問題になっている。例えば、手摺りがない、段差が激しい、石畳などが顕著である。別の視点からだと、歩くたびにキュッキュッと音がしている、ろうそくがふっと消えたり、五右衛門風呂があったりといろいろな問題を抱えている。

昨今では、そうした風潮を改め街を明るくしようと、駅前に巨大なローソクを建てたが、これには批判も多い。

街は都として建造されたため街路が東西南北に沿って走っており、理路整然とした構造をなしている。京都市民はこの各通りの名前および南北・東西における位置関係を把握しており、市民同士なら「○○××」(「○○通りと××通りの交差点」の意)と言うだけで瞬時に場所を伝えることが出来る。そのため、京都市民が碁盤の目構造をなしていない街に旅行すると目的地も現在地も全く把握できずに、パニックに陥ってしまう。

来客の帰り際に「ぶぶ漬け」(いわゆる茶漬け)を薦めるという独自の風潮がある。京都市民に「ぶぶ漬けでも食べて行かはったらどうどすか」と言われたら、それはすなわち「さようなら」の意である。「それではお言葉に甘えて」と言って本当にぶぶ漬けが出てくるかどうかは定かではない。

[編集] 街の状況

京都の風景。三重塔が並ぶ。
京都の風景。三重塔が並ぶ。

京都には二つの地下鉄があるが、その十分な乗客数にも関わらず、赤字が続いている。それは、地下鉄建設の際、少し掘る度に何百年もの間地下に閉じ込められていた怨霊の封印を次々と解いてしまい、それを鎮めるために陰陽師を大量に増員する事を余儀なくされ、その名残で累積赤字が大変なことになってしまっているからである。そのため地下鉄の運賃は高い。

夏に五山送り火という、山に放火するイベントがある。この実施理由に関しては、京都市民の鬱憤を晴らすためのイベントであるというのが定説になっているが、環境保護団体からの批判も多い。京都市民は応仁の乱幕末動乱、ガメラ襲来などで火災には馴れているため、余り動じない。

また、祇園祭は後の祭りであることでも知られる。この祭りをやっているときに常に失敗したかもしれないと溜め息がつくそうだ。春に行われる葵祭は牛車や馬車が出てくるため悪臭が耐えない。そして秋に行われる時代祭は旧石器時代から弥生時代の衣装を着た現代人が行列を行うため、京都の時代遅れが著しい。ただ時代遅れをストップしているのが5月1日に行われるメーデーである。それは職を失った完全失業者がハローワークに押し寄せて数kmに及ぶ大行列で交通渋滞が激しい。ただ、暇人が歩いてはないため、そこだけは分かって欲しい。

京都には例年多くの観光客が訪れるが、なかでも修学旅行では定番中の定番の観光地となっている。遠路はるばる上洛してきた旅人は、五重塔や清水の舞台など、都の高層建築に目を丸くして、故郷の人に土産話として語って聞かせるが、想像を絶する高さのあまり、誰も信じようとはしない。

[編集] 交通

[編集] 道路元標

ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディアの専門家気取りたちが「堀川五条」の項目を執筆しています。

京都の道路元標は堀川五条である。堀川五条の行き先表示は、東が名古屋敦賀、西が舞鶴、南が姫路大阪、北が御所(皇居)の方向である。

[編集] 鉄道

詳しくは「京都駅」を参照されたい。

[編集] 姉小路

ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディアの専門家気取りたちが「姉小路」の項目を執筆しています。
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディアの専門家気取りたちが「京都市内の通り」の項目を執筆しています。

姉小路(あねやこうじ)は、京都市にある通りの一つ。正式名称は「姉さん六角タコ錦」。名前とは違っておさんが集まってくることは全く無いが、迷惑なことに「ここに来れば理想のお姉ちゃんに出会える!」と勘違いして、全国のゲテ物好みの愚弟諸君から聖地として崇められている(ちなみに、ゲテ物好みの聖地は他に東京姉島北海道姉体などがある)。

但し運が良ければ巫女かナースに会えるかもしれない。

[編集] その外

平安遷都の前に首都だった平城京は解体されて平安京に移築された為、跡の野原には鹿が多数生息し、のどかに鹿せんべいを食べる光景が見られる。奈良へは速くて快適な近鉄特急をご利用ください。

[編集] 関連項目

[編集] 京都市内

[編集] 連関都市

畿内で首都だった都市
政権所在地
琵琶湖若狭湾友好同盟


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