今川泰範

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今川 泰範(いまがわ やすのり)は、南北朝時代から室町時代頃の元僧侶今川氏5代当主。今川氏歴代当主の中で最も欲深で恩知らずである。

生涯[編集]

僧侶(?)となる[編集]

4代当主今川範氏の次男として生まれたが、武士としては使えないと判断され、鎌倉建長寺に僧侶として入れられた。まぁ、そこなら使い物になるだろうと少なからず期待していたのである。

ところがどっこい、そこでも使い物にならず、寺で食事の用意が出来た際に「ごはんですよ~!」と寺のみんなを呼ぶだけの、まるで夕方になっても公園で遊んでる子供を呼びに来るオカンか、はたまた桃屋のCM三木のり平かのような役どころを与えられただけであった。しかも、本来子供がするべき仕事であるのだが、泰範はなんと30歳を過ぎてまで担わされたのである。武士にも僧侶にも向いてないとはいえ、さすがにこれはどうなんだと言わざるを得ない・・・つうか、これって僧侶なん?

いきなり当主に[編集]

ところが、そんな閑職に甘んじていた泰範に転機が訪れる。の範氏が死去し、その跡を継ぐはずだったの氏家も早世したのである。

当初、祖父今川範国は、自らの次男で今川氏始まって以来の俊才にしてチート軍人である今川了俊に跡を継がせようとしていた。しかし聖人君子である了俊は、畏れ多いとしてこれを辞退、ならばその嫡男を跡目にという申し出も断り、なんと道義であるからとおバカさんと知りつつも泰範を推薦したのである。これが大失敗であったと気付きもせずに・・・。

ラッキーと思った泰範は32歳にして晴れて武士に、しかも当主になったのである。ただまぁ、やはり使い物にはならないから、お情けで京都を警備する侍所頭人を、叔父の今川仲秋の後任として、ただのコネにより拝命したに留まっている。また、1391年明徳の乱にも出兵しているもののやはり活躍せず、何ら恩賞を賜っていない(叔父の仲秋もこのとき肥前勢を率いて参戦しているが、仲秋は他の武将より数月遅れながら尾張国守護を賜っている)。

欲深発動[編集]

叔父の了俊は九州探題に任命されると、弟の仲秋と共に才能を如何なく発揮し、これまで誰しもが手を拱き果たせなかった九州統一を高々20年ほどで成し遂げた。しかし、体の70%が妬み嫉み、残る30%がわがままで出来ている足利義満が了俊の活躍を嫉んで、突如として探題職を辞めさせたのである。とはいえ、さすがにその才能で反乱を起こされると厄介なので、代わりに了俊を駿河半国の、仲秋を遠江半国の守護に任じた。このとき泰範も駿河半国と遠江半国の守護に任じられた。

しかし、泰範は自らの無能で器量ナシだとの自覚がなかった上に、僧侶だったクセして・・・いや、僧侶だったからこそ鬱積したものがあったのかも知れないが、あらぬ欲を抱くのであった。このころ大内義弘が幕府に対し叛乱を起こしたのをいい機会と、了俊が大内と手を組んでいると義満にウソをつき、了俊と仲秋の守護職が自らのものになるよう謀ったのである。

普通は一度くらい疑ってかかるものだが、同じく無能であったものか義満はこれをあっさりと信じ、了俊と仲秋の守護職を取り上げ、泰範にくれてやるのだった。バカの策略にまんまとひっかかるくらいだから、やっぱ義満もバカなのかも知れない。そして、流石の了俊もこれには激怒、遂に室町幕府に牙を剥こうとした。そのため、義満も了俊追討令を発布する。

しかし泰範、無能ながらここで更にカラスなみの悪知恵を発揮する。なんと、自らが了俊をハメたにも拘らず、義満へ了俊を赦すよう執り成したのである。そうすることで、「叔父を助命したオレ、ちゃんと当主にしてくれた恩を返して男らしいっしょ!」と世間にアピールしたのであった。これが、日本で記録される最古のマッチポンプである。

結局、了俊は赦されたが、後に著した『難太平記』にて、「あんな恥知らずを当主にするくらいだったら、自分がなっとけばよかった。今川の名を汚して御先祖に申し訳が立たない」的なことを書き残している。

そして、二ヶ国守護となった泰範であるが、大した器量は無いわけだから、以降さしたる事跡もないまま、了俊と仲秋より数年早く死んだ。結局、今川家を引っ掻き回しただけの人生であった。

欲深の継承[編集]

血は争えないとは良く言ったものである。泰範の欲深はその子供らに継承され、早死にした10代氏輝の代を除く、6代範政から11代義元の代まで、今川家中は全て家督相続に伴う内乱が発生している。

それが治まったのは奇しくも、泰範の無能の方が隔世遺伝した12代氏真の頃で、またそのときに大名としての今川氏は終焉を迎えたのである。

関連項目[編集]