光仁天皇
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
光仁天皇(こうにんてんのう)は、…えーと…、奈良時代の天皇。諱は白壁。アル中のまま政治を執り続け、その巨漢ぶりからぬりかべとあだ名された。
キャラの濃ゆい天皇がそろっている奈良時代に即位しながら特に目立った事績がないため、とにかく忘れられがちなカワイソスな人である。同じく淡路廃帝も忘れられがちだが、廃帝など忘れられて当たり前なので比較対象にはできない。
なお、光仁天皇とともにアルコール中毒症から抜けようという趣旨の光仁会というアル中患者団体がある。
[編集] 人物
- 天智天皇の血を引いており、これが最大にして唯一の特徴である。誰も他のことは求めていない。
- 本人の意志に反し、藤原永手らによって無理やり天皇にされてしまった。
- 天皇となったことで皇位簒奪騒動に巻き込まれ、家庭がメチャクチャになってしまった。当時の宮中は皇族の粛正事件が多発するキナ臭いところであったため、家族を案じ昇進を望まなかったマイホームパパだったのに…。
- 天皇となったことでスポーツ新聞にアルコール中毒症患者であることをすっぱ抜かれてしまった。
- 光仁天皇の最期はチョンム皇帝の生母である朝鮮人の愛妾・高野ニダ笠とのアーン♥♥の最中に禁則事項です死した。
[編集] 不幸自慢
- 朝鮮人の女の産んだ認知していない子供であるチョンム皇帝に勝手に養子に入られた。
- 同じ時代にチョンム皇帝、藤原百川、和気清麻呂などドス黒い連中がそろっているため、光仁天皇も腹黒だと思われがちである。
- 『万葉集』は光仁天皇の代にはほとんど完成していたらしいが、編者・大伴家持がチョンム皇帝による早良親王廃太子事件に巻き込まれたためそっちばかりが有名。
- イデオロギー論争の激しい近代史が中心となっている昨今では、仁孝天皇(孝明天皇の父)とよく間違えられる。
- 大検が高認へと名称変更され、ますます記憶に残りづらくなってしまった。
[編集] 催馬楽『葛城』
光仁天皇の最期があまりにもあれだったため、巷ではそれを風刺する歌が大流行した。『続日本紀』は皇統簒奪者であるチョンム皇帝の意志が入っているので、この歌はプロパガンダ目的で収録されている。
葛城寺乃前在也 豊浦寺乃西在也 於志止度 刀志止度
桜井爾 白壁之豆久也 好璧之豆久也 於志止度 刀志止度
- 桜井に 白壁しづくや 好璧しづくや おしとど としとど
- →桜のように火照った朝鮮のスケベ女に、白壁王が溺れているよ、好き者のぬりかべが溺れているよ、とどのようだ、とどにしか見えない
然為波 国曽昌由流也 吾家良曽昌由流也 於志止度 刀志止度
- 然してば 国そ栄ゆるや 吾家らそ栄ゆるや おしとど としとど
- →(どうせ光仁天皇に能力はないのだから)そのままでいてくれれば、国も栄えるさ、(不正も見逃してくれるから)我が家も安泰さ、とどのようだ、とどにしか見えない
この歌は平安時代以降も無能なデブ政治家が現れるたびに歌われつづけた。


