全国こども電話相談室
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
全国こども電話相談室(ぜんこくこどもでんわそうだんしつ)とは、TBSラジオで毎週日曜日の朝に行われていた、大人と子供の禅問答である。
[編集] 概要
本番組は1964年7月13日、長時間ワイド番組「オーナー」の1コーナーとして放送開始。その後紆余曲折を経て、長らくTBS系列で、毎週日曜、10:00~11:00に放送されていたが、子供たちの早熟化による難題の提出や、相談しないで実力行使に訴える子供の続出、そして相談件数自体の減少などのため、2008年9月28日に終了を余儀なくされた。
受け手側は、パーソナリティと3、4名のゲストから構成され、子供からの素朴かつ鋭い質問に対応していた。
子供は大人と異なり「こんな事を訊いても答えられないだろうからやめておこう」とか「質問してもムダだからやめておこう」などとは一切考えないため、その質問は多分野・多岐にわたるものになる。
しかも例え専門家がまともに解説したところで子供に理解できるわけもなく、そこで出演者の大人たちは「いかにして子供を納得させるか」を目標として回答することとなる。こういうプロセスを経て、単なる質問-回答の構図が、禅問答に昇華されるのである。
何故、このような番組が作られたのだろうか。
目次 |
[編集] 歴史
[編集] 番組創設の背景
この番組の始まる前の時代である1950年代後半は、日本の教育制度が、終戦による混乱から脱し、現在の形になるまでの過渡期であった。特に1958年には、学習指導要領について、文部省(当時)が内容の微細に至るまで全てを決定し、官報で告示されるよう改められた。それまでの学習指導要領は、単に教科の標準的な枠組みを示したのみであり、実際の授業で児童・生徒に教える内容の取捨選択については各学校の裁量に広く委ねられていたが、1958年以降は、授業で扱う内容についても文部省が定め、授業内容が日本全国全ての学校で統一されるようになったのである。
この1958年の改定では、新たな教科として「道徳」が設置された。これは終戦前の「修身」に相当する教科である。「修身」は、GHQによって“軍国主義のための教育”と看做されたため、終戦後は強制的に授業停止扱いとされていた(実質的には「廃止」であるとみて良い)。しかし、戦後10年以上が経過すると、日本の再起を期した財界人などから「そろそろ、安価で画一的な労働力の確保のために、挙国一致体制を賛美する思想統制教育がもう一度必要じゃね?」との要請が高まるようになった。また、その当時は戦後最も少年犯罪が多発した時期でもあり、「道徳」は、財界からの要請を世論が後押しして設置された教科である。
「修身」と「道徳」の違いは、おおよそ次のとおりである。
- 日本が軍事的に他国に勝利するための教科が「修身」。日本が経済的に他国に勝利するための教科が「教育」。
- 画一的な思想統制により、軍事的に使える人材を作るための教科が「修身」。画一的な思想統制により、工場の歯車として使える人材を作るための教科が「道徳」。
- 教科書を使用し、○×式の筆記試験などにより問題思想者の洗い出しが行われたのが「修身」。試験は余り行わず、スピーチ・討論や作文の提出などにより問題思想者の洗い出しが行われているのが「道徳」。
何だか、両者とも余り違わない気がするが、実際その通りなのだから仕方ない。
しかし、戦前の教育体制への回帰そのものであるへと繋がりかねない「道徳」について、危機感を抱く勢力も存在した。日本教職員組合(日教組)である。思想教育の内容を国家が決定する、ということ自体に反発した日教組は、学校以外の場で、子供たちに物事を考える力をつける教育ができないかと模索した。そうして、当時既に一般家庭に充分普及していたラジオを利用することが発案された。即ち、NHKが文部省と連動して実施している教育番組とは別に、民放ラジオで、自分たちが意図するような教育番組を放送させるのである。
日教組の面々が交渉した幾つかのラジオ局のうち、当時まだ比較的健全だったTBSラジオがこのアイディアに応じた。TBSラジオとしても、当時NHKがほぼ独占していた子供向け番組の市場に介入することには、一定の旨みがあったのである。こうして、1962年、TBSラジオで「全国こども電話相談室」の放送が開始された。
[編集] 極めて斬新な番組構成
この番組は、開始当初から大成功であった。TBSのスタッフは、NHKの子供向け番組を徹底的に研究し、また日教組の面々とも議論を重ねた上で、「どこの局もまだやっていない斬新な取り組みであり、かつ子供たちが自ら進んで飛びつくような番組」として本番組を考案した。番組自体の特徴は上記#概説で述べたとおりであるが、これを、聴取率対策と教育効果の面から詳しくみると、次のようになる。
- 子供が、出演者と直接電話で会話する。
- 21世紀以降こそ、小学生でも携帯電話を所持していることはごく普通のことになっているが、当時は電話は一家に一台以下であった。子供にとっては、電話で他人と会話すること自体が極めて稀有な体験だったのだ。
- また、大人の有名人である出演者が、子供に直接話し掛けてくれることは、大人(=子供の保護者)にとっても充分魅力的であった。この番組に電話をするだけで、自分の子供がラジオに出演することができ、全国ネットで子供の名前が知れ渡る――それは即ち、“ご近所”というコミュニティにおける自らの地位を高めることにもまた繋がっていたのである。
- これにより、子供はこの番組に電話を掛けたがり、大人はそれを容認するという構造が、全国津々浦々で成立した。なお、1970年代前半には電話の世帯普及率はほぼ100%に達したが、これについて、歴史家の間では次のような説も唱えられている。「TBSラジオの『全国こども電話相談室』のような電話参加型番組が無ければ、日本の全ての世帯に固定電話が普及するのは、1980年代まで待たねばならなかっただろう。」[1]
- 大人たちは「いかにして子供を納得させるか」を目標として回答する。
- 上述のように、専門家がまともに解説しても、必ずしも子供を納得させることができるわけではない。その上、出演者の調達に際しては、日教組の協力が全くといって良いほど得られなかった(日教組の構成員の殆どは公立学校の教員――即ち公務員であり、公務員の副業は当然ながら今も昔も禁止
されている筈である)ため、番組開始当初は、TBSは他の番組の出演者をこの番組に抱き合わせの形で出演させていた。タレント、声優、漫画家、作家、音楽家、デザイナー……等々、多様な業種の著名人たちが、この番組に出演し、子供たちの質問の犠牲になっていった。時には大学教授などの学識経験者も出演したが、彼らとて子供から直接質問を受けるのに慣れていないのは同じである。 - 現代のバラエティ番組には、スタッフが出演者に嫌がらせをしてわざと困らせ、視聴者は出演者が困る様子を眺めて楽しむ――という構成のものが多くあるが、本番組は、この流れの端緒であるとされている。即ち、著名人たる出演者が、年端もいかない子供の質問に絶句し、悩まされ、困らされ、挙句に頓珍漢な回答をする――という行為そのものが、一種の娯楽性を有していたのだ。一例を挙げれば、当時から多数の芸能人を顎で使っていた大橋巨泉が、子供からの「コウノトリは、女の人のお腹の中に、どうやって子供を入れるんですか?」という素朴な問いに対し数十秒間絶句し、挙句、彼には珍しく少々吃(ども)りながら「僕は男だからわからないなあ。君のお母さんに訊いてみなさい」とはぐらかした際などは、多くのリスナーから爆笑と激励のお便りが寄せられたという。
- そういった中で、この番組の“禅問答”性を大きく高めていったのは、ひとえに落語家たちの功績によるところが大きい。彼らは元々、大喜利や三題噺などによって、出題者や観客からの無茶なネタ振りに当意即妙の受け答えをするという能力が鍛えられており、それはこの番組でも遺憾なく発揮された。特に有名なのは立川談志の出演回で、彼は子供からの「人間は死んだらどうなるんですか?」との質問に対し、「坊やのおうちに殺虫剤のスプレーはあるかい? (「ある」との子供の答えを聞き)そしたら、それを自分の口に向けて、シューッてやってごらん。すぐわかるから」と回答し、その後の放送において、この子供からの質問を永久に封じることに見事成功したという。談志ならではの見事な回答であると言って良いだろう。(その他、“禅問答”の具体例については後掲する。)
[編集] 番組の盛衰と終焉
こうして、ラジオ番組としての聴取率の高さと、日教組が意図したような教育的効果の高さとの両輪を備えた本番組は、放送期間40年以上に及ぶ長寿番組となった。このような番組を、文部省やNHKが何故放置していたのかは定かではないが、恐らく“ガス抜き”としてわざと放置していたのではないかというのが、現在の通説となっている。実際、本番組が学校教育の場で教材として用いられることはほぼ無く、教材としてのシェアはNHKのテレビ・ラジオの番組がその殆どを占めていた。その点においては、日教組の目論見は結局のところ実現しなかったのである。
しかし、外部からの圧力が殆ど無かったにも関わらず、1990年代後半から本番組の聴取率や電話相談件数は急激に減少し始めた。その影響により、1997年からは、それまで1回30分×週5回=週あたり150分だった放送枠が、1回60分×週1回=週あたり60分と、実に半分以下にまで激減している。
この原因については様々な説があり(日教組の体質の経年変化により、彼らがこの番組に余り関わらなくなった、など)、現在でもなお学会では統一見解が定まっていない。が、2005年にこの番組に出演した川島隆太(東北大学未来科学技術共同研究センター教授)は、番組中で次のような見解を発表している。
「どうして、こども電話相談室は、毎日から週1回になっちゃったんですか?」
「それは、君の脳の鍛え方が足りないからだ。
君は今までこの番組に何回電話したことがある?」
「えーと、10回くらいだと思います。」
「10回か。少ないねえ(笑)。
ねえ××くん、ちょっと前まで、この番組は、平日は毎日放送していたよね?
何故君は、毎日電話してくれなかったのかな?」
「えっと……(数秒無言)」
「――もしかして、質問が思いつかなかったからじゃないかな?」
「あっ、はい。」
「やっぱりそうなんだね。じゃあ、この番組が週1回になったのは、君のせいだ。」
「えっ……?」
「(畳み掛けるように)この番組は毎日放送していたし、何でも質問することができた。
しかし、君は今まで何回も電話するチャンスがあったはずなのに、ほんの10回しか電話を掛けてくれなかった。
それは、君の脳の鍛え方か足りなくて、質問をあんまり思いつけなかったからだ。
君みたいに、脳の鍛え方が足りない子供が増えたから、この番組に掛かってくる電話も減ってしまって、
そのために、この番組の放送回数も減らされてしまったんだよ。」
「……(無言)」
「だから、この番組が週1回になったのは、君のせいだ。わかったかい?」
「えっ……、あ………、はい。」
「じゃあ、もっと脳を鍛えるんだ。
そのためには、君は
『東北大学未来科学技術共同研究センター川島隆太教授監修 脳を鍛える大人のDSトレーニング』
を買わなきゃいけない。これは「大人の」というタイトルだけど、子供にも充分役立つからね。
『東北大学未来科学技術共同研究センター川島隆太教授監修 脳を鍛える大人のDSトレーニング』
を買って、毎日トレーニングをするんだ。
そうすれば、きっと君は、毎回この番組に電話できるくらい、たくさん質問を思いつくようになっているだろう。
いいかい、
『東北大学未来科学技術共同研究センター川島隆太教授監修 脳を鍛える大人のDSトレーニング』
を買うんだ。買って、毎日トレーニングをするんだよ。」
なお、この子供はその後、本番組に電話を掛けてくることは全く無かったという。
そうして2008年9月28日、電話件数の減少を受ける形で、この番組は一旦終了した。そして、その1週間後の10月5日からは、新番組『全国こども電話相談室・リアル!』が同じ時間帯に放送されている。この番組には、既に日教組や他の教育関係者は全く介入していないため、現代のTBS――かつて本番組が開始された頃のTBSとは全く異なってしまっているが――に相応しく、聴取者からの“相談”と回答の全てが、スタッフが用意した緻密な脚本に沿って進行する番組となっている。
[編集] 番組でオンエアされた禅問答の例
- 「ゴキブリは鳴くんですか?」→「鳴きません。ただでさえ不気味なのに鳴くと、怖がられて退治されちゃうからです」
- 「う○ちは何で茶色なのですか?ろ→「う○ちは食べたものの色が付くのですが、標準は茶色と神様が決めたのです」
- 「作文を早く書くにはどうしたら良いですか?」→「手をなるべく早く動かして字を書くと書けます」
- 「新幹線はなぜ飛ばないのですか?」→「翼がないからです。だから翼を付けたらとびます」
- 「お母さんにしかられないようにするにはどうすればよいですか?」→「お母さんの気が立ってる時には近寄らない事です」
- 「かなづちなので泳げません。どうすればよいですか」→「『かなづち』だからいけないんです。『かんな』だったら大丈夫です」
- 「中国とチベットの間には何があったのでしょうか?」→ 「たしか『国境』があった思います。今は中国が壊してしまってありませんので眼で見られません」
- 「ぼくは東京に住んでいるのですが、火山がないのに何で東京に温泉があるのですか?」→「みんなの知らないところでおじさんたちがみんなに分からないようにお湯をわかしています。これでマスコミも沸かしたことがあるんですよ」
- 「ぼくは体重が105キロあります。ダイエット方法があったら教えてください。」→「朝青龍さんの所に弟子入りしてください。痩せられるか、体重が気にならなくなるかどちらかになります」
- 「人間の心は体のどのへんにあるんですか?」→「お腹です。だからお腹の黒い人は心も黒いんです」
[編集] 脚注
- ↑ 『テレコムビジネス年表 1945-2003』(井上照幸、大月書店、2004年、ISBN 9784272140503)より。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 全国こども電話相談室(TBSラジオ)