冬季オリンピック

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冬季オリンピック(とうきおりんぴっく)とは、4年に一度、冬に開催される最も巨大なウィンタースポーツイベント『冬季パラリンピック』のプレ大会である。雪と氷の祭典と形容される。

観戦者は、冬の寒さをしのぐ暖房や服を買えない貧しい人々である。競技者は、彼らに施しを行う大金持ち達である。最も気前よく施しを行った者が勝者となる。よって、メダル争いをする競技者は事実上、白人と東アジア人だけであり、ブルジョワだらけのイヤミな祭典である。ゆえに「投機オリンピック」などとも揶揄される。同じオリンピックでも、黒人など貧しい競技者の活躍が目立つ夏季オリンピックとは全く別物である。

競技[編集]

冬季五輪競技は、大きく分けるとスケート競技、スキー競技、そり系競技の3つである。

スケート競技[編集]

フィギュアスケート[編集]

これは、貧民に囲まれたスケートリンクで競技者が踊りながら札束を振りまき、最も感謝されたものが優勝者となる。また、演技中にジャンプすると加点されるが、転倒すると減点されてしまう。

スピードスケート[編集]

これは、札束を両手に持ちながらスケートリンクをより早く滑りきったものが勝者となる。

ショートトラック[編集]

スピードスケートの小型版で、勝ち抜き方式で行われる。

カーリング[編集]

金塊を氷上で転がし、相手の金塊を弾き飛ばす競技である。

アイスホッケー[編集]

氷上でパックを打ち合い、より多く相手ゴールに叩き込んだ方が勝者となり、賞金を受け取ることができるスポーツである。そのあたりの激しさは想像を絶するものがあり、金のためなら何でもやる現代社会の縮図のような競技である。

スキー競技[編集]

ノルディック[編集]

札束を大量に背負ったまま、スキーで長距離を移動し、ゴール地点の銀行で一番早くカネをマネーロンダリングした者が勝者である。

スキージャンプ[編集]

ジャンプ台から札束を抱えたままジャンプし、最も遠くまで札束を振りまいた者が勝者となる。

ノルディック複合[編集]

ノルディックとジャンプを合わせた競技である。ジャンプでリードした者は後半の距離で銀行に近い地点からスタートすることができる。勝者は「キング・オブ・マネーロンダリング」と呼ばれる。

バイアスロン[編集]

自分の財産を狙う敵を撃ち殺しながら進み、マネーロンダリングに成功したものが勝者である。

アルペン[編集]

預金通帳や札束を持ったまま旗が多く立てられた斜面を滑り降りる競技である。途中でコースアウトすると、貧乏人が群がってきて、全財産を失ってしまう。

フリースタイルスキー[編集]

札束を振りまきながら芸術的なジャンプを行い、その美しさを競う競技である。五輪ではモーグル、エアリアルが行われる。

スノーボード[編集]

スノーボードに乗りながら札束を振りまく競技である。五輪ではハーフパイプ、スノーボードクロスが実施されている。

そり系競技[編集]

金塊で作られたコースをそりで滑り抜け、最も金塊を傷つけずにゴールしたものが金塊を持ち帰ることができる(ただし失敗した者には死が待っている)。五輪ではリュージュ、ボブスレー、スケルトンが実施されている。

日本選手の活躍[編集]

田中角栄[編集]

新潟県の余り裕福ではない家庭に生まれ育った田中角栄は、中卒の学歴しかもっていなかったが、その財力で総理大臣にまで成り上がった。総理の座にあった1972年、札幌で冬季オリンピックが開催されることを知り、ここで名声を得て日本列島改造に役立てようと考えた。その財力は凄まじく、スキージャンプでは角栄本人が金メダルを獲得しただけでなく、派閥のナンバー2とナンバー3も銀と銅を獲得し、日本勢が表彰台を独占し、「金満飛行隊」と呼ばれた。しかし、その2年後には金銭問題で首相の座を追われ、さらに2年後にはロッキード事件が発覚。金満飛行隊は墜落した。

また彼の娘である田中真紀子も冬季オリンピックに参加したがっているが、現在のところ女子ジャンプは五輪種目として採用されていないので参加できない。

堤義明[編集]

西武グループの支配者であった堤義明は、ウィンタースポーツの愛好者であり、1970年代から80年代にかけて、自身の経歴に新たな一ページを加えるべく、フィギュアスケートやアイスホッケーに参加した。また、自分自身ではなく、愛人関係にある渡辺絵美八木沼純子を女子シングルに参加させたこともあった。それに費やした金額は天文学的なものだった。しかし、彼が余りにも下品で低脳な人物であったため、大衆の支持を得ることはできず、結局メダルは獲得できなかった。何しろ、脱税の常習犯であった自分自身のことは棚に上げて、待遇改善を要求したプロ野球選手に対し、「自分の好きなことでメシを食っているのに文句を言うとは」などと暴言を吐くような見下げ果てた男だったのだから仕方がない。2005年、証券取引法違反で逮捕。

橋本龍太郎[編集]

田中角栄の流れを汲む橋本龍太郎は、1990年代にノルディック複合で「宇宙人」と形容されるほどの強さを誇った。その戦術は、前半ジャンプで大量の札束を振りまき、そのアドバンテージで後半距離を逃げ切るというものだった。勝負弱さが欠点で、個人戦金メダルはついに獲得できなかったが、派閥の仲間と共に出場した団体戦で、アルベールビル五輪リレハンメル五輪と連覇を達成した。橋本の余りの財力に、欧州勢は伝統競技がこれ以上汚されるのを防ぐため、ルール改正で対抗した。晩年は次々と権力を失い、2006年死去。

渡辺恒雄[編集]

渡辺恒雄(ナベツネ)は、1998年長野五輪のスピードスケートに出場し、500メートルで金、1000メートルで銅を獲得した。また、2002年のソルトレーク五輪でも500メートルで銀を獲得した。その力は全盛期からはかなり衰えているが、現在も現役を続けている。ただのサラリーマン社長であるはずの彼に、なぜメダルを獲得できるほどの財力があるのかは謎に包まれており、警察が動く気配もない。そのことを問題提起した週刊文春は訴訟を起こされて敗訴した。

堀江貴文[編集]

堀江貴文(ホリエモン)はIT企業家として身を立て、その財力はスピードスケート男子500メートルで世界記録を打ち立てるほどで、「金メダルは金で買える」と豪語した。トリノ五輪直前の2006年1月、証券取引法違反で逮捕されるが、裏金を使って出所し、トリノ五輪に出場した。彼は優勝候補の本命と見られていたが、彼の直前に韓国選手が転倒し、競技が長期中断。その間に堀江は会場に来ていた美人とS○Xをしてしまったため、腰に疲労を抱えてしまった。このために一回目に出遅れ、メダルには届かなかった。2007年、韓国のイ・カンソクによって彼の世界記録は更新されたが、「想定の範囲内ですから。2010年バンクーバーでは必ず僕が勝つ」と述べている。

今井メロ[編集]

大阪の余り裕福ではない家庭で育った今井メロは、トリノ五輪スノーボードハーフパイプに挑戦した。ブルジョワが集まる冬季五輪では、彼女も彼女の兄も、場違い感が否めなかったが、決勝進出を目指し、自身が考案した大技、メロフリップに挑んだ。しかし、着地することはできず、腰を痛めて哀れな姿のままゴールラインを切った。その姿はネット上で「妊娠すべり」などと揶揄されたが、メロは棄権しなかった理由について、「ズルズルと滑りながら社会の低層で生きるものの苦しみを表現したかった。」と話した。

細木数子[編集]

占い師の細木数子は、2006年トリノ五輪の女子フィギュアスケートに出場した。前半のショートプログラムでは、大量の札束を振りまいたにもかかわらず、3位に終わった。逆転を果たすため、彼女は強い影響下にあるフジテレビに命じ、美人女子アナを使って会場のイタリア男を懐柔する戦術に出た。これが功を奏し、彼女はフリープログラムで逆転し、金メダルを獲得した。世界中のマスコミは、「日本の女子アナは誰にでも股を開く」などと散々に評したが、強い規制下にある日本のメディアは「細木、見事なイナバウアー」などと報じた。