出産

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出産 (しゅっさん) とは、し合う愛し合ったその結晶を、形で得るイベントである。尚、本記事は(父親)視点での記述とする。

注:アンサイクロペディアは、嘘と出鱈目にまみれています。
ここに書かれた内容も嘘や出鱈目である可能性が高いです。
…と、言いたい所ですが、アンサイクロペディアにあるまじき事態なのだが……以下の出産に関わる諸々は全て事実なのである。
そこの童貞! 現実に絶望するんだな。ワハハハハ!

概要[編集]

恋愛結婚等と違い、出産は一部の例外を除き、男女間でのみ起こりうるイベントである。男が居なければ出産には至らないが、子供を産むという、出産そのものは女が行う。種を仕込んでから約10ヶ月前後に行われるが、その間嫁は周りからの「いつ産まれるの?」や、子供による胎内からの蹴り、文字通り身重になり思うように動けぬ体など、ストレスを感じ続けることになり、そのストレスが後述の嫁の変貌へと繋がることになる。

一部の
例外

立ち会い[編集]

出産とは、その子供にとっては一生に一度のことであり、出産時に「居た」か「居なかった」の二つに一つである為、夫としては立ち会わなければならないという強迫観念責任感義務感が生じるが、立ち会うまでや、立ち会い中に様々な問題が生じる。

障害[編集]

出産というものは、大体この日に産まれるだろうという予定日というものがあるが、その予定日通りに産まれるかどうかはまさに予定は未定であり決定では無いであり、前後する可能性が十分にある。また、出産日が平日か休日かなど子供には何の関係も無く、産まれる時に産まれるのである。そう、その出産日が月末や期末の繁忙期であっても子供はそんなことお構いなしに産まれてくる。しかし会社上司モチロンお構いしてくる。 「この忙しい時期に休むのか」、「産まれてから行けばいい」、「どうせ立ち会っても何もすること無い」等と立ち会いを阻止してこようとする。こいつらを黙らせる為に前倒しで仕事を片付けようとしても、子供が前倒しで産まれてこようとすることもあり、もうこうなれば仕事が片付いていようとなかろうと嘘でも詭弁でも方便でも、なんとしてでも行く方法を獲得しておかなければならない。

無力感[編集]

なんとか上司を丸め込め、いざ嫁の下に駆けつけるも、出産まで時間がかかることがある。この際、夫は何も出来ない。分娩室に入り出産準備をしている嫁の獣じみた雄叫びを待合室で聞くだけだったり、自分も分娩室に入り嫁を励ましたりするも所詮は他人事でありその苦痛を分担してやることも出来ない、そして出産に以降してもよいかの検診の為また待合室へ追い出され嫁の雄叫びを聞くだけで本当に何も出来ない。上司が言っていた通り「何もすること無い」んだなと思い知ることになる。

嫁の変貌[編集]

上記の無力感に打ちのめされた後に、ようやく出産へと以降し立ち会いを許され分娩室に入るも、もうそこに居るのは自分の知っている嫁では無い。獣じみたというより獣そのものの叫び声を上げ、とんでもなくブサイク痛みに歪んだ表情、その痛み故か性格は捻じ曲がり周りに当り散らす。何か手助けをしようとすると暴言を吐かれ拒否され、何も出来ずにおたおたしていると何もしないのかとなじられる。ブッサイクな顔しながらの暴言歪んだ表情で痛さを訴えるその姿は、ケガをした野生動物に手当てをしようとしても暴れるその様子に似ている。これを無かった事に出来なければ今後の夫婦生活に亀裂が入る可能性が十二分、いや二十分にある。

こんにちは、赤ちゃん[編集]

上記の問題を解決したり解決できなかったりして子供は産まれてくる。他人の子供は猿顔に見えても、我が子はとんでもなくかわいく見える。子はかすがいとはよく言ったもので、この時夫は、これだけかわいい子を産んでくれたのだからさっきまでの変貌は許してやろう立ち会えてよかったといった心境になる。立ち会わなければ何の問題も生じなかった、嫁のブッサイクすぎる顔を知りえなかったように思えるかもしれないが、将来嫁に「仕事ばっかりで私たちを見てくれない」と緑の紙を渡されるかもしれないのだ。本記事を読んでいる現在子供の読者は是非、立ち会いたくても立ち会えなかったお父さんの為のかすがいとなってあげて欲しい。


関連項目[編集]