北九州市

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

「ちゃっちゃちゃっちゃ言うっなちゃ!」
~ 北九州市 について、ラムちゃん
Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディアの専門家気取りたちが「北九州市」の項目を執筆しています。
Wikitravel.png
放浪癖に取り憑かれた人のために、ウィキトラベルのトラベルライター気取りたちが「北九州市」の項目を執筆しています。

北九州市(きたきゅうしゅうし)は、九州北部にある、九州最大の2番煎じ。市としてのネーミングセンスがない。そんなことは北九州市民が一番良く知っているらしい。しかし、そんなことは、外の九州の市町村からすればただの遠吠えである。

目次

[編集] 概要

九州の北東端に位置し、関門海峡本州下関市と対っている。北九州市は九州でも東岸に位置する為、西岸志向の福岡市へのやっかみを持っており、関門海峡で向かい合う下関市との仲が圧倒的に良い。下関市も九州志向で山口市から冷遇されている為、兆が一、道州制が施行される時には、関門海峡で中国州と九州州に分ける霞ヶ関の分断工作を拒否し、下関市と北九州市で「関門特別市」を結成する算段である。

八幡・戸畑・若松は、旧筑前国の気質で官営八幡製鉄所の影響下にあり富裕層が多いのに対し、小倉・門司は、旧豊前国の気質で暴力団の影響下にあり犯罪系の全国ニュースは小倉発のものが多い。若松区は事実上独立国家として現在は偉大なる将軍閣下フジワーラの統治下にある。海は真っ黒で、バイオバザードに出てきそうな松本がいる。

[編集] 歴史

  • 18xx年、日本中国からカツアゲした金をつかまされ、ただひたすらを作ることに。
  • 19xx年、北九州が生んだ鬼才、松本清張松本零士の松本兄弟(堂本兄弟叶姉妹と同じ類)が生まれる。
  • 19xx年、原子爆弾が落とされそうになる。しかし、曇りだったからという理由だけで長崎市と引き換えに何とか助かる。
  • 19xx年、圧力により、小倉・戸畑・若松・八幡・門司の5市が五重合体、北九州市成立。
  • 199x年、北九州工業地帯という記述が、教科書から絶滅する。
  • 200x年、政令指定都市のくせに人口100万人をついに維持できなくなる。現在では堺市が頼みの綱である。ちなみに同市にはかつて人口100万人突破を記念して始まった「わっしょい百万夏祭」なるこれまたネーミングセンスがアレな祭があるが、その名前も人口が100万人を切った今、恥ずかしいなんてものではない
  • 200x年、状況を何とか打破しようと、何とも言えない絶妙な位置空港をつくる。その他、周りの市町を合併しようと必死である。
  • 200x年、子供たちがコムシティという秘密基地を完成させるが、北朝鮮テポドンにより2年も持たずに潰される。200x年に基地を立て直す計画が立ちかけたが、子供たちはムシキングに夢中になったため、コムシティは放置プレーである。

[編集] 北九州工業地帯

上記の通り、国から鉄の生産を「アジア諸国の玄関口であり、小倉には炭田があるから」という大義名分で任され、まんまと騙された北九州市は八幡製鉄所を中心に、北九州市民のと紫川を真っ黒にしながら発展を遂げる。しかし大戦争時代が終わって鉄の需要が下がり、さらに石炭がすっからかんになると国は当初の計画通り北九州を見捨てる。その後廃れに廃れ、長年の努力で得た北九州工業地帯という名称も、現在では皮肉以外の使用用途はなく、北九州工業地域が事実上の正式名称となっている。現在の主力は製鉄ではなく、便器会社である。

そのくせ高校入試では社会科において受験生を悩ませることでも有名である。その理由としては、歴史では「八幡製鉄所で、製鉄を行った」と教えられるのに、地理では「北九州工業地域では、食品の生産の割合が他より高いことが特徴」などとチンプンカンプンなことを言われることがあげられる。

[編集] 観光地

北九州には世界有数の観光地がある。門司港レトロ、皿倉山、戸ノ上山、バナナ、小文字山、チャチャタウン、洞海湾、Daiwahouse(ダイワハウス)などがある。

[編集] 軍事侵攻したことのある地域

現在は下関市に侵攻している。併合して関門特別市を形成し、これを契機として周辺各都市に再侵攻し、果ては大東亜共栄圏の再構築をする構想を練っている。

[編集] テーマパーク

スペースワールドと到津遊園地(現・到津の森公園)など。どちらも経営は赤字をきわめ、何らかの建て直しをしたらしい。どうやら前者のネーミングは、宇宙からではなく、単に東田地区の土地の余り具合を「スペースは、あるど」というどうしようもない洒落でもって嘆いた、実に下らんものであるらしい。また、後者は本当に園内に森しかないので注意。

[編集] 生活保護問題

生活保護申請者に申請書も渡さずに門前払いする「水際作戦」を行なっていたことが、テレ朝にすっぱ抜かれて判明。2007年1月には、放火の前歴がある知的障害者に下関行きの切符を渡し、本州に行くよう指示。この障害者は、同日下関駅を放火し、駅は全焼。北九州市は、放火の共犯にもかかわらず、誰もそのことをつっこまなかった。

また、2007年には、自白強要プロの刑事も真っ青になるようなテクニックで、生活保護受給者に対して、生活保護を打ち切るよう要望する文書を書かせて、生活保護を打ち切った。この受給者は、「おにぎり食べた~い」と言う遺言を残して餓死

このことを反省したのか、2007年の市長選挙では生活保護行政の見直しを訴える候補が当選。しかし、その後、第三者委員会が生活保護行政の見直しを求める文書を提出したにもかかわらず、北九州市は何もしなかった。これにより、市の無能さが露呈した。

本件に鑑み北九州市は、生活保護の支給条件を緩和することを内定したが、そのため生活保護を受給したい者が、近隣地のみならず遠くは北海道沖縄からも大挙して北九州市に転入しつつある。この現象をゲルピン民族大移動と呼び、西洋史におけるゲルマン民族大移動に匹敵する画期的な出来事である。一方で、この事件は、慢性的な人口減少に歯止めを掛け百万都市復活への兆しであると期待する声も大きい。

「ゲルピンだって、いいじゃないか、にんげんだもの」(詠み人知らず

[編集] 関連項目