北条政子
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
北条 政子(ほうじょう ま○こ、保元2年(1157年) - 嘉禄元年7月11日(1225年8月16日))は、平安~鎌倉時代辺りに勇名を轟かせた女傑。源頼朝の妻で通称鬼嫁。北条時政の長女。自称:尼将軍・女将軍。前漢の高祖の嫁・呂后の生まれ変わりと揶揄される女性でもある。
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[編集] 人物
非情なサディストで、頼朝の代理で好き放題に権力を握り、実父時政や義弟源義経を筆頭に対立する人間十数名を闇に葬った影の極悪女でもある(新田義重は飼い殺し程度で済んだ)。その一方、足利義兼(義重の甥、頼朝の母方のいとこ)を可愛がった。
「ねぇ…来て。」と頼朝公を誘惑するツンデレ政子女史。
[編集] 概要
- 幼い頃北条家の資金稼ぎの為父時政から水商売を強いられていた。しかし政子は拒絶し頼朝と行為に及ぶまで処女を守り続けたと言われる(実はヤリ○ンだったのではないか、と唱える学者もいるが、無理矢理事に及ぼうとした客の神器をちょん切った所からして信憑性は極めて低い)。
- 20ぐらいの頃、政子の職場で泣く泣くタダ働きをさせられていたイケメンの流浪人頼朝と出会い、一目惚れをする。この時政子の妄想が拡大して、自分のアーン♥♥を頼朝にアーン♥♥してもらう事を誓う。
- 政子は嫌がる頼朝を引きずって、父の北条時政の元に連れて行き紹介するが、あまりにも頼朝が憐れだったので時政は二人の結婚を拒否。政子は最早手段は選んでいられないという事で、既成事実獲得の為に頼朝を逆レイプして処女を卒業した。これを見た時政はあまりの政子の気迫に逆らえず、政子は頼朝の意思を無視して間もなく結婚する事となった。
- 以降頼朝の妻として、また北条家筆頭として辣腕を振るう。
- 上記の経緯から「エロ妻」と言う異名があるが、淫乱なヤ○マンやアーン♥♥だったと言う訳ではなく、愛する頼朝のためなら常軌を逸した行動も厭わないと言うヤンデレだったからと言う理由である。
- 嫉妬深い一面があり頼朝の側室達をド派手にいびった。妻に疲れた頼朝が亀の前という女性を愛人とした際は、彼女の家に直接乗り込んでは家の周りをプラスチック爆弾で取り囲み、中にいた亀の前ごと家を破壊した。
- 亀の前の家に乗り込む前の凄いセリフは今も記録に残っており、歴史のテストでは必ず出る……というわけではない。むしろあの日の恐ろしい出来事は誰しも忘れたがっているようだ。頼朝はショックのあまり亀の前の記憶を一切失ってしまった。
- 静御前に対し温情を見せたといわれるが、むしろ『修羅の刻』での陰険振りが彼女の実像に近い。
- 老害と化したロリコンの父時政を追い出すなど血も涙も無い一面があったため反対派からは『鬼嫁』と揶揄された(実はこれは時政の許可を得て、弟義時と打ち合わせした芝居だとか)。
- そんな政子ではあったが、それは夫と家族を守ろうとするがゆえの行動であった。だから、当然のことながら夫や息子達への愛情は深く(嫌っていた頼家とその子供達は例外。)、特に末っ子の実朝が孫の公暁(頼家の次男)に鶴岡八幡宮で殺された時は御家人たちも震撼する激怒ぶりであった。その時、弟義時が「後鳥羽上皇が実朝を殺した」と嘘をつき、上皇を討てと政子に命令させることに成功する。このときの政子の剣幕はすさまじいものであり、恐れをなした御家人たちはあっという間に京都まで攻め上げ、上皇をフルボッコにして隠岐に流してしまった。なお、このときの演説の「故右大将(頼朝)の恩は山よりも高く、海よりも深い」という一節は、政子の亡き夫頼朝に対する愛情について述べたものとされる。
- 義時も政子をだましおおせるわけはなかった。3年後に義時は急死したが、政子が呪殺したということは言うまでもない。そもそも北条家に政子にかなう人間がいようはずもなく、そこら辺をわきまえて伯母に楯突くことをしなかった泰時ほど義時は賢くなかったと言えるだろう。
- 実朝の死後、九条頼経を四代将軍にしたのは頼朝の妹の曾孫だったからだと言う
- 実は頼朝を独占するために、発作的に頼朝を毒殺したとか。
- 博学で物知りな一面があった。御家人達は何か政子に尋ねる際に「教えてエロい人」と言ったという。
- 巴御前、静御前と並んで源氏三大美女を自称したと言われる。敵となった義経や義仲の愛妾を入れる辺りバファリンの半分は政子の母乳で出来ているのかも知れない、と帰ってきた源頼朝は語っている。
[編集] 名言
- 「平清盛がやってくるわ……!!その時はみんな無力なゴミ…全てが消えるわ……」
- 身内に清盛の脅威を説き、基地外扱いされる切っ掛けとなった台詞
- 「図書カード?何それ?そんなん持ってないわよ」
- 兄・宗時が図書カードを紛失した際に言った台詞
- 「誰がイカレ女だって、この両生類」
- 弟・義時と喧嘩した時に言った台詞
- 「ステキな人ね…☆」
- 頼朝と出会った時の台詞
- 「助けてよ…ッ」
- 頼朝が平氏打倒を決意する切っ掛けとなった台詞
- 「死んだら、絶対に許さないからね」
- 「石橋山の戦い」直前、頼朝に向かって
- 「これは、私の所為じゃないよ…ぅ…」
- 頼朝軍の敗走を聞いて
- 「あんたの見る夢って、最低だわ」
- 平氏滅亡後の頼朝の寝言を聞いて
- 「浮気したのね?そーなのね?あんた、自分が取り返しの付かない事したの全然分かって無い?どうしてよ!?」
- 頼朝が亀の前と浮気した事が判明した時の台詞
- 「骨すら残さないからね」
- 亀の前の家の襲撃直前に言った台詞
- 「あの後どうなったかって?教えてあーげ、ないっ」
- 襲撃後、亀の前について聞いた人への返答
- 「何故二度言う?」
- 「曾我兄弟の仇討ち」の後、動揺した源範頼が同じ台詞を二度言った為
- 「今日、私と過ごす約束したでしょ?」
- 休日、頼朝に向かって
- 「…きゃらめる?きゃらめるがわたしたちに何の用?」
- 早起きした時に呟いた台詞
- 「部屋に極大の穴を穿たれたこの母に謝らないの?」
- 頼家と実朝の喧嘩で部屋に穴を開けられた時に言った台詞
- 「頼朝様は私の物よ!誰にも渡さないッ!」
- 頼朝の死を聞いて
- 「おはよう。起きれて良かったね」
- 息子・頼家が病から回復した時に
- 「じゃ、ここ(修禅寺)にいなよ。永久に…」
- 頼家と喧嘩した時に
- 「仁義を失ったら人はどこまでも外道になれる。そんな危険な事に実朝を巻き込まないでよ!」
- 修禅寺に幽閉された頼家に実朝と会わせようとする人に対して
- 「さっきはもう少しだったよ、もう一度頑張ろう」
- 流鏑馬で失敗した実朝に対して
- 「さようなら爬虫類さん。屑として生きるならイカレている方がマシ」
- 父・時政と牧の方を追放する時に
- 「あんたは覚悟を決めれば良い」
- 「承久の乱」の時、甥・泰時に向かって

