古里駅 (東京都)

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古里駅(こりえき)なんて利用するのは、今やくらいのものである。

古里[編集]

当地は古くから里(と言ってもせいぜい5~10世帯、30人程度の小集落)があったため、いつ(おそらく鎌倉時代初期くらい)からか古里(ふるさと)と呼ばれるようになり、小丹波地方における唯一のコミュニティとして分相応の賑わいを見せていた。しかし青梅街道の開拓によって次第に人口流出が進み、また、川井や鳩ノ巣に建設された新興住宅地(多摩川の玉を採掘するためとか)に圧倒されて江戸時代には完全に崩壊。あわや廃村の危機に陥ったところ、村の一人が「狐、狸の移民を受け入れる」ことを提案。かくしてヒトガタに化けることを条件に狐や狸の移民を受け入れた結果、完全に乗っ取られてしまったのであった。村の呼称も「ふるさと」から「こり」に改められて現代に至るのである。

歴史[編集]

そんな古里に鉄道(国鉄御嶽 - 奥多摩線)が開通したのは昭和19(1944)年、多摩川流域から採掘した玉を輸送するための貨物列車に「ついでだから」と客を乗せたのが始まりである。狭苦しい上に危険である事を理由に「乗客の権利を保証せよ!」と主張したものの長らく無視され、乗客の権利が認められて貨物列車が廃止されたのが昭和61(1986)年、実に42年の長きにわたる闘争であった。

その後昭和62(1987)年に国鉄がJRに取って代わられると青梅線と改称されたものの、その運営形態に何ら改善される事はなく、結局誰も気にしないのであった。そして特にエピソードもないまま平成14(2002)年にはICカード、いわゆる「Suica」の供用が始まったものの狐や狸には意味が解らず、あまり普及しなかったと言われている。あまりにも退屈でつまらないという理由で翌15(2003)年には直営駅から簡易委託駅に降格させられ、失意のまま現在にいたるのであった。

利用状況[編集]

当駅の利用者は年々減少傾向にあるが、これは「近隣住民(狐、狸)が『人間ズレ』したことによる観光価値の低下」とされており、平成6(1995)年の467人/日をピークに、平成21(2009)年では322匹/日と大幅にダウンしている。が、狐や狸の利用客は相変わらず多いため、駅自体は繁盛している。

※乗降客が狸だけのため単位に注意

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関連項目[編集]

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